蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:上田穂高 ~馴れ初め~

第7話 珍しいもの

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「やあ、穂高くん。今日も元気だね」

 道場の休みの日、穂高は朝から鴇汰の家にやってきた。
 クロムに頼まれて、東区の調理器具を売っている店に案内するためだ。
 南区に住み始めてからそんなに間を置かずに東区へ越してきたせいで、いろいろと足りていないものがあるという。

 商業区のほうへは、まだ行ったことがないといって案内を頼まれたけれど、穂高も市場はそれなりにわかっていても、生活用品の店にはそんなに詳しくなくて、今日はあらかじめ母から聞いた店を訪ねた。

 店に入ると、クロムだけじゃなく鴇汰まで目を輝かせて、あれこれ眺めている。
 あまりにも二人が熱心に見入っているから、穂高は声をかけ辛く、店内に並べられた鍋を、興味もないのに眺めていた。

 鴇汰のほうが家にいることが多いせいか、クロムは鴇汰が扱いやすいものを選んでいるようだ。
 結構な数を買い込んだようで、店員さんに配達を頼んでいる。

「穂高くん、ありがとう。今日は助かったよ」

「ホント。俺用の包丁まで買ってもらえたしさ!」

 こんなに喜んでいる鴇汰をみたのは初めてだ。
 そのあとは、大通りから細い路地まで、あちこちを見て歩く。
 掃除の道具だの洗濯のなんだのと、まだ買い込んでいた。

「そんなに足りないものがあったの?」

 思わず聞いた穂高に、クロムはバツの悪そうな顔で笑ってみせた。

「足りないものが多かったのは本当なんだけどね、私が欲しくなったものもちょっとだけ……ね」

「ロマジェリカで使ってたものと、いろんなものが違うから、俺も叔父さんも、見てて面白かったんだよな」

「そんなに違うの? 俺、大陸のものは見たことがないから全然ピンとこないよ」

 一瞬、クロムの目がキラリと光った気がした。

「そうか……穂高くんは大陸のものを知らないか……でもそうか……交流がないんだからそうなるか……」

「泉翔のほとんどの人が、そうだと思うよ?」

「穂高くん、このあとはなにか予定あるのかな?」

「ううん……別になにもないけど……」

「それじゃあ、うちでお茶でも飲んでいくといいよ。ちょっと珍しいお菓子もあるからね」

 クロムはそう言って、なんだか嬉しそうに両手の荷物を大きく振りながら歩いた。
 その姿が、穂高や鴇汰みたいな子どものようで、つい笑ってしまう。

 鴇汰の家に戻ると、クロムはさっそく買ってきた道具を出しては、それぞれを、それぞれの場所へ収納していった。
 その姿をみて、鴇汰とクロムの動きが似ているな、と思った。

「さて……と。調理の道具が届くのは明日だけれど、今日は凝ったものを作るわけじゃあないからね」

 といって、穂高と鴇汰にお茶を入れてくれた。
 泉翔で良く飲む煎茶のような、黄みがかった緑色のお茶だ。
 でも、香りがいつも飲むお茶と違う。

 なんの匂いだろうか?
 なんとなく、香草みたいな感じだけれど。
 戸惑っている穂高の目の前に置かれた真っ白な蒸しパンには、鮮やかな緑のほうれん草みたいなものが挟まれている。
 蒸しパンのほんのりした甘さは、穂高は大好きだった。

「これがね、さっき話したお菓子なんだよ。お茶もね、実は大陸で良く飲まれているお茶なんだ」

「へぇ……どうりで嗅いだことがない香りだと思った……」

 恐る恐る口をつける。
 鴇汰もこのお茶を飲むのは初めてだといった。
 飲みやすいようにしてくれたのか、温度はそんなに高くない。
 思いきって一口すする。

「ぶへぇっ! なにこれ! 苦い!!!」

 渋柿を口にしたときよりも口の中が委縮する。
 慌てて今度は甘味を求めて蒸しパンに手を出した。

「ぐあ! こっちも苦いぃ!!!」

「うえぇ!!! ホントだ!!!」

 鴇汰が叫ぶ。
 穂高も悶絶した。

 鴇汰が走って水を汲みに行き、穂高のぶんも持ってきてくれた。
 二人で勢いよく水を飲んで、口の中のものを胃袋に流し込んだ。

 外にまで響いているんじゃあないかと思うほど、クロムは大笑いをした。
 どれほど面白かったのか、目もとを拭っているところをみると、涙がでるほど笑ったんだろう。

「ひどい! 叔父さん! なんだよこれ!!!」

「全然お菓子じゃないよ! うえええ……まだ口の中が苦いぃ……」

「実はそれ、どっちも薬草を使っているんだよ。疲れをとるのにいいんだ。それにちょっとだけ、頭もよくなる」

 あっはっは、と笑って、ちょっとした悪戯だと、クロムはいう。
 ちょっとどころか、とんでもない悪戯だ。
 こんなことをする人だとは、思っていなかった。

「穂高くん、毎日の稽古で疲れているだろう? 今夜はきっと、ぐっすり眠れるよ」

 確かに少しは疲れるけれど、動けないほどじゃあないし、毎日のことだからそこまで疲れやしない。
 だいいち、今日は休みだ。

 このあと、お昼をごちそうになったけれど、いつまでも口の中と胃袋に苦味が残っている気がして、せっかくのクロムの料理を半分も味わえなかった気がした。
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