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外伝:上田穂高 ~馴れ初め~
第4話 日常
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「こんにちは!」
数カ月、毎日毎日通い続けたおかげで、鴇汰とはすっかり仲良くなれた。
ときどきは、紅葉池沿いにある食料品屋さんまで、買い出しに付き合ったりもする。
「ああ、穂高くん。今日もきてくれたんだね」
鴇汰の叔父のクロムが玄関先の掃き掃除をしていた。
「今日は道場が休みなんだ」
「おうちの手伝いはしなくてもいいのかい?」
「ううん。夕飯の買いもの、頼まれてて。鴇汰と一緒に市場に行くんだ」
「……そういえば、私も泉翔の食材に興味があるんだよ。一緒に行ってもいいかな?」
「もちろん!」
そう答えて、ふと、クロムも鴇汰ももう泉翔に越してきて一年以上が経っていることを思い出した。
普通に暮らしていれば、大抵の食材は見ているはずなのに、今ごろになって……?
そういえば、最初に穂高の家で話しているのを盗み聞きしたとき、家を空けることが多いと言っていた気がする。
(だから、買いものとか普段は鴇汰がしてるのかな? そしたら、見たことない食材が多いのもわかる)
でも……。
穂高が鴇汰と仲良くなって、家に遊びに来るようになってから、クロムが家にいることが多い。
今は出かける機会が少ないだけなんだろうけれど……。
「鴇汰くん! 穂高くんがきているよ!」
家の中に声をかけたクロムは、掃除道具を片付けてからいったん家の奥へと引っ込み、鴇汰と一緒に外へ出てきた。
三人で市場にいくと、穂高は姉に持たされたメモを手に、買うものを探したけれど、鴇汰とクロムは今、実際に食材をみて今夜の献立を決めているようだった。
野菜を買い終えて魚屋さんの前までくると、魚屋のおじさんに呼び止められた。
「穂高、さっき、お袋さんがきて、どじょうを買っていったんだ。代金はいただいてあるから、持って帰ってくれ」
「はーい。あ、あと、姉ちゃんに鮭の切り身を七枚って言われてる」
おじさんは切り身を包んで渡してくれたあと、厚手のビニール袋に水を入れて、どじょうを持たせてくれた。
プクプクと泡が立っていて、元気そうに動いている。
これをお母さんが買ったんだとしたら、今日はお父さんが帰ってくるんだ。
次の買いものはなんだっけ?
手にしたメモをポケットから出そうとしたとき、鴇汰とクロムが穂高を不思議そうな顔でみているのに気づいた。
「……? なに?」
「いや……穂高くんの持っているそれは、魚で間違いないよね?」
穂高の持っているどじょうのことを言っているようだ。
「うん……どじょうだけど、見たことないの?」
「それ、うなぎの子ども?」
鴇汰にそう聞かれて戸惑った。
違う……はず……?
穂高が困っていると、魚屋のおじさんがクロムに説明をしてくれた。
鴇汰もそれに聞き入っている。
調理の仕方まで聞いたクロムは、少し迷いながらもどじょうを買った。
「ロマジェリカにどじょうはいなかったの?」
「うーん……どうなのかな? いたのかも知れないけれど、少なくとも私はみたことがないな」
「ふうん……じゃあ、鴇汰もみたことないんだ?」
「うん。俺、川にはほとんど行かなかったし、海からは遠かったから、魚はあまり知らなかった」
「へぇ……」
二人とも、南区で海の魚や貝の種類は覚えたけれど、淡水の魚はまだあまり見たことがないという。
ロマジェリカの魚とは、似ていても種類が違うんじゃあないかと、クロムはいった。
「やっぱり穂高くんの買いものにつき合ってよかったな。今日はありがとう」
「ううん。俺も二人が一緒で買いものが楽しかったし、また一緒にこようよ」
「そういってくれると嬉しいな。次の道場が休みの日、お昼をごちそうするから、遊びにくるといい」
穂高の家族には、クロムのほうからも話をしてくれるそうで、穂高は思わず「やった!」と声をあげた。
クロムの料理は何度かごちそうになっているけれど、本当に美味しい。
鴇汰も簡単な食事は自分で用意しているようで、手伝っている手際が良くて、穂高はびっくりした。
なんとなく、負けていられない気がして、最近は穂高も家で率先して家事の手伝いをしている。
本当はそんなことより、鴇汰を道場に誘いたいのに。
毎朝、鴇汰の家の前を通り過ぎ、帰りには寄っていく。
あるとき、道場帰りに鴇汰の家の呼び鈴を鳴らしても、誰も出てこないことがあった。
「あれ……? この時間はいつもいるのに……」
クロムとどこかに出かけているんだろうか?
仕方なく帰ろうとしたとき、鴇汰が紅葉池のほうから戻ってくるのがみえた。
「鴇汰!」
「穂高、待っててくれたの?」
「ううん。道場の帰りで、今きたところ」
「そっか。今日から叔父さん、いなくてさ。夕飯のおかず、買ってきたんだ」
「え? じゃあ、今夜は一人?」
「うん、そう」
「夜とかさ……怖くない?」
家族が多いから、一人きりで夜を迎えるなんて、想像もつかない。
出やしないんだろうけど、お化けが出るんじゃないかと思ってしまう。
「う~ん……もう慣れたかな」
「……そうなんだ」
今夜、鴇汰が一人なら……。
いつもはクロムがいて、道場へ誘いにくかったけど、堂々と誘える。
「ねえ、俺さ、今夜、鴇汰んちに泊ってもいい?」
「うちに? でも、穂高んちのおじさんとおばさん、駄目っていうんじゃない?」
「聞いてくる! いいって言われたら、いい?」
「……そりゃあ、いいけど」
「じゃあ、急いで聞いてくる!」
戸惑った顔をみせた鴇汰をそのままに、穂高は家に駆け戻った。
数カ月、毎日毎日通い続けたおかげで、鴇汰とはすっかり仲良くなれた。
ときどきは、紅葉池沿いにある食料品屋さんまで、買い出しに付き合ったりもする。
「ああ、穂高くん。今日もきてくれたんだね」
鴇汰の叔父のクロムが玄関先の掃き掃除をしていた。
「今日は道場が休みなんだ」
「おうちの手伝いはしなくてもいいのかい?」
「ううん。夕飯の買いもの、頼まれてて。鴇汰と一緒に市場に行くんだ」
「……そういえば、私も泉翔の食材に興味があるんだよ。一緒に行ってもいいかな?」
「もちろん!」
そう答えて、ふと、クロムも鴇汰ももう泉翔に越してきて一年以上が経っていることを思い出した。
普通に暮らしていれば、大抵の食材は見ているはずなのに、今ごろになって……?
そういえば、最初に穂高の家で話しているのを盗み聞きしたとき、家を空けることが多いと言っていた気がする。
(だから、買いものとか普段は鴇汰がしてるのかな? そしたら、見たことない食材が多いのもわかる)
でも……。
穂高が鴇汰と仲良くなって、家に遊びに来るようになってから、クロムが家にいることが多い。
今は出かける機会が少ないだけなんだろうけれど……。
「鴇汰くん! 穂高くんがきているよ!」
家の中に声をかけたクロムは、掃除道具を片付けてからいったん家の奥へと引っ込み、鴇汰と一緒に外へ出てきた。
三人で市場にいくと、穂高は姉に持たされたメモを手に、買うものを探したけれど、鴇汰とクロムは今、実際に食材をみて今夜の献立を決めているようだった。
野菜を買い終えて魚屋さんの前までくると、魚屋のおじさんに呼び止められた。
「穂高、さっき、お袋さんがきて、どじょうを買っていったんだ。代金はいただいてあるから、持って帰ってくれ」
「はーい。あ、あと、姉ちゃんに鮭の切り身を七枚って言われてる」
おじさんは切り身を包んで渡してくれたあと、厚手のビニール袋に水を入れて、どじょうを持たせてくれた。
プクプクと泡が立っていて、元気そうに動いている。
これをお母さんが買ったんだとしたら、今日はお父さんが帰ってくるんだ。
次の買いものはなんだっけ?
手にしたメモをポケットから出そうとしたとき、鴇汰とクロムが穂高を不思議そうな顔でみているのに気づいた。
「……? なに?」
「いや……穂高くんの持っているそれは、魚で間違いないよね?」
穂高の持っているどじょうのことを言っているようだ。
「うん……どじょうだけど、見たことないの?」
「それ、うなぎの子ども?」
鴇汰にそう聞かれて戸惑った。
違う……はず……?
穂高が困っていると、魚屋のおじさんがクロムに説明をしてくれた。
鴇汰もそれに聞き入っている。
調理の仕方まで聞いたクロムは、少し迷いながらもどじょうを買った。
「ロマジェリカにどじょうはいなかったの?」
「うーん……どうなのかな? いたのかも知れないけれど、少なくとも私はみたことがないな」
「ふうん……じゃあ、鴇汰もみたことないんだ?」
「うん。俺、川にはほとんど行かなかったし、海からは遠かったから、魚はあまり知らなかった」
「へぇ……」
二人とも、南区で海の魚や貝の種類は覚えたけれど、淡水の魚はまだあまり見たことがないという。
ロマジェリカの魚とは、似ていても種類が違うんじゃあないかと、クロムはいった。
「やっぱり穂高くんの買いものにつき合ってよかったな。今日はありがとう」
「ううん。俺も二人が一緒で買いものが楽しかったし、また一緒にこようよ」
「そういってくれると嬉しいな。次の道場が休みの日、お昼をごちそうするから、遊びにくるといい」
穂高の家族には、クロムのほうからも話をしてくれるそうで、穂高は思わず「やった!」と声をあげた。
クロムの料理は何度かごちそうになっているけれど、本当に美味しい。
鴇汰も簡単な食事は自分で用意しているようで、手伝っている手際が良くて、穂高はびっくりした。
なんとなく、負けていられない気がして、最近は穂高も家で率先して家事の手伝いをしている。
本当はそんなことより、鴇汰を道場に誘いたいのに。
毎朝、鴇汰の家の前を通り過ぎ、帰りには寄っていく。
あるとき、道場帰りに鴇汰の家の呼び鈴を鳴らしても、誰も出てこないことがあった。
「あれ……? この時間はいつもいるのに……」
クロムとどこかに出かけているんだろうか?
仕方なく帰ろうとしたとき、鴇汰が紅葉池のほうから戻ってくるのがみえた。
「鴇汰!」
「穂高、待っててくれたの?」
「ううん。道場の帰りで、今きたところ」
「そっか。今日から叔父さん、いなくてさ。夕飯のおかず、買ってきたんだ」
「え? じゃあ、今夜は一人?」
「うん、そう」
「夜とかさ……怖くない?」
家族が多いから、一人きりで夜を迎えるなんて、想像もつかない。
出やしないんだろうけど、お化けが出るんじゃないかと思ってしまう。
「う~ん……もう慣れたかな」
「……そうなんだ」
今夜、鴇汰が一人なら……。
いつもはクロムがいて、道場へ誘いにくかったけど、堂々と誘える。
「ねえ、俺さ、今夜、鴇汰んちに泊ってもいい?」
「うちに? でも、穂高んちのおじさんとおばさん、駄目っていうんじゃない?」
「聞いてくる! いいって言われたら、いい?」
「……そりゃあ、いいけど」
「じゃあ、急いで聞いてくる!」
戸惑った顔をみせた鴇汰をそのままに、穂高は家に駆け戻った。
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