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外伝:笠原梁瀬 ~馴れ初め~
第6話 再会
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十四歳になり、しばらくたったころから、急に夢を見ることがなくなった。
不思議に思いながらも、梁瀬はノートに書き記した術式を、相変わらず一人でひっそりと試し続けていた。
もうほとんどの術式を使えるようになっている。
どの術で、どんな効果がでるのか、それらすべてを書き込んでいき、使い込まれたノートはあちこちが破れてかすれている。
そろそろ新しいノートにきちんとまとめたほうが良いのかも……。
そんなことを考えていた。
「ゼフィロス・キャロル」
道場からの帰り道、歩きながら術をつぶやく。
緩やかな風が歌うように流れてくる。
この術を、梁瀬はとても気に入っていて、一人でどこかへ行くときや、こうして道場からの帰り道に唱えていた。
ヒューヒューと吹き抜け、草木を揺らして心地よい音を奏でるのが、気持ちを穏やかにしてくれるようだった。
飛び立つ鳥の鳴き声に合わせるように、鼻歌まじりに手にした杖を軽く振りながら歩く。
家の敷地から出てきた母の姿が見えて、梁瀬は鼻歌をやめて杖を後ろ手に隠した。
「あら……帰ったんですか」
「はい、戻りました。母さんは……買いものですか?」
「ええ。柳堀まで出てきますが……」
母が怪訝な表情で梁瀬を見つめている。
術を使っていたことがバレてしまっただろうか……?
両親に教わった術式じゃないとわかったら、どんなに叱られるのか、想像しただけで怖い。
数秒、梁瀬をみつめていた母は、フッと表情を緩めるとそのまま買いものへと出かけていった。
咎められずに済んでホッとしたけれど、これからは術を使うのにも気をつけなければいけないと感じた。
自分では老人の夢を見るようになってから、格段に術師として使えるようになった気がしている。
だから最近は、夢に見なくなったんだろうか?
でも、できるようになったとはいえ、老人が本当に賢者だとしたら、その足もとにも及ばないレベルのはず。
まだまだ術を教わりたいし、夢という不確かなものではなく、面と向かって師事を仰ぎたい。
術のことだけじゃあなく、どんな生活を送っているのか、杖はどう選んでいるのか、知りたいことは山ほどだ。
直接会う、となると、梁瀬はまず泉翔をでなければならない。
堂々と大陸へ行くには、どうやら洗礼で『蓮華』の印を受けなければならないようだ。
現在、蓮華は八人いる。
過去の文献を読んだ限りでは、これまで八人を超えたことはない。
今年は欠員が出て新たに蓮華の印を受けた人がいたようだけれど、梁瀬が洗礼のときに欠員がなければ、梁瀬は蓮華の印を受けられない。
けれど、欠員が出るということは、八人の誰かが戦士として機能できない怪我や病になるか、命を落とすかのどちらかだ。
さすがに欠員が出るのを願うのは、人としてどうなのか……。
ジレンマを感じながら家に入ると、来客があったようで、居間から父の笑い声が響いてきた。
「ただいま戻りました」
素通りするわけにもいかず、梁瀬は居間に顔をだして来客へ挨拶をしようとした。
こちらを振り返った来客は、泉翔から逃げてくる船で出会った、鴇汰が『クロムおじさん』と呼んだ人だった。
あれからもう三年が過ぎたけれど、鴇汰はどの区で暮らし、どうしているんだろうか?
「息子の梁瀬です。梁瀬、こちらは長田さんだ」
父に紹介され、挨拶を交わした。
「泉翔へくるときに、船で一度会っているね? ずいぶん大きくなって……」
「はい。あの……鴇汰くんは……」
「元気にしているよ。キミのおかげでとても明るくなった」
クロムにお礼を言われて照れくささを感じながらも、あのとき、術を使ったことを話されてしまうんじゃあないかとヒヤヒヤしていた。
幸い、父とクロムはほかに用があったようで、術の話しにはならず、梁瀬はそのまま部屋へと戻った。
この日、クロムは夕食前に帰っていったようだった。
ただ、この日を境にたびたびクロムは梁瀬の家へ顔を出すようになった。
西区には暮らしていないようなのに、頻繁に通ってくることに疑問を感じる。
そしてそれは一年以上も続いていた。
あるとき、クロムが帰ってから、母がロマジェリカにいたころに巫者さんから預かった桐の箱を手にしているのをみた。
確か中身は古い伝承だったはずだ。
両親とクロムは、それを読み解こうとしているんだろうか?
梁瀬は十五歳になり、昨年からは地区別演習にも参加している。
十六歳の子どもたちは、この演習と収穫祭が終わった時期に、神殿で洗礼を受けることになる。
戦士を目指している十六歳組のみんなは、入れ込み方が全然違う。
泉翔では多くの子どもが戦士を目指す反面、家の仕事を手伝うことや、様々な職業を目指す子どもたちも多い。
最初は道場を継ぐつもりでいた梁瀬自身も、今は密かに蓮華になりたくて戦士を目指している。
だから今では、術だけではなく武術も上位に食い込めるほど腕が上がった。
昨年の洗礼前には欠員があって蓮華の印をもつ新たな戦士がでたけれど、今年は欠員はなかったようだ。
来年、梁瀬が洗礼を受けるときにはどうなっているのか、ただそれだけが気になる。
地区別演習では各地区ともみんな強く感じ、梁瀬はつい何度か強い術を使ってしまった。
反則行為をしているような気持になるから、可能な限り演習では使わないようにしていたのに。
自分で思う以上に気力も体力も消耗していたせいか、梁瀬は演習が終わると体調を崩し、発熱で寝込むことになった。
不思議に思いながらも、梁瀬はノートに書き記した術式を、相変わらず一人でひっそりと試し続けていた。
もうほとんどの術式を使えるようになっている。
どの術で、どんな効果がでるのか、それらすべてを書き込んでいき、使い込まれたノートはあちこちが破れてかすれている。
そろそろ新しいノートにきちんとまとめたほうが良いのかも……。
そんなことを考えていた。
「ゼフィロス・キャロル」
道場からの帰り道、歩きながら術をつぶやく。
緩やかな風が歌うように流れてくる。
この術を、梁瀬はとても気に入っていて、一人でどこかへ行くときや、こうして道場からの帰り道に唱えていた。
ヒューヒューと吹き抜け、草木を揺らして心地よい音を奏でるのが、気持ちを穏やかにしてくれるようだった。
飛び立つ鳥の鳴き声に合わせるように、鼻歌まじりに手にした杖を軽く振りながら歩く。
家の敷地から出てきた母の姿が見えて、梁瀬は鼻歌をやめて杖を後ろ手に隠した。
「あら……帰ったんですか」
「はい、戻りました。母さんは……買いものですか?」
「ええ。柳堀まで出てきますが……」
母が怪訝な表情で梁瀬を見つめている。
術を使っていたことがバレてしまっただろうか……?
両親に教わった術式じゃないとわかったら、どんなに叱られるのか、想像しただけで怖い。
数秒、梁瀬をみつめていた母は、フッと表情を緩めるとそのまま買いものへと出かけていった。
咎められずに済んでホッとしたけれど、これからは術を使うのにも気をつけなければいけないと感じた。
自分では老人の夢を見るようになってから、格段に術師として使えるようになった気がしている。
だから最近は、夢に見なくなったんだろうか?
でも、できるようになったとはいえ、老人が本当に賢者だとしたら、その足もとにも及ばないレベルのはず。
まだまだ術を教わりたいし、夢という不確かなものではなく、面と向かって師事を仰ぎたい。
術のことだけじゃあなく、どんな生活を送っているのか、杖はどう選んでいるのか、知りたいことは山ほどだ。
直接会う、となると、梁瀬はまず泉翔をでなければならない。
堂々と大陸へ行くには、どうやら洗礼で『蓮華』の印を受けなければならないようだ。
現在、蓮華は八人いる。
過去の文献を読んだ限りでは、これまで八人を超えたことはない。
今年は欠員が出て新たに蓮華の印を受けた人がいたようだけれど、梁瀬が洗礼のときに欠員がなければ、梁瀬は蓮華の印を受けられない。
けれど、欠員が出るということは、八人の誰かが戦士として機能できない怪我や病になるか、命を落とすかのどちらかだ。
さすがに欠員が出るのを願うのは、人としてどうなのか……。
ジレンマを感じながら家に入ると、来客があったようで、居間から父の笑い声が響いてきた。
「ただいま戻りました」
素通りするわけにもいかず、梁瀬は居間に顔をだして来客へ挨拶をしようとした。
こちらを振り返った来客は、泉翔から逃げてくる船で出会った、鴇汰が『クロムおじさん』と呼んだ人だった。
あれからもう三年が過ぎたけれど、鴇汰はどの区で暮らし、どうしているんだろうか?
「息子の梁瀬です。梁瀬、こちらは長田さんだ」
父に紹介され、挨拶を交わした。
「泉翔へくるときに、船で一度会っているね? ずいぶん大きくなって……」
「はい。あの……鴇汰くんは……」
「元気にしているよ。キミのおかげでとても明るくなった」
クロムにお礼を言われて照れくささを感じながらも、あのとき、術を使ったことを話されてしまうんじゃあないかとヒヤヒヤしていた。
幸い、父とクロムはほかに用があったようで、術の話しにはならず、梁瀬はそのまま部屋へと戻った。
この日、クロムは夕食前に帰っていったようだった。
ただ、この日を境にたびたびクロムは梁瀬の家へ顔を出すようになった。
西区には暮らしていないようなのに、頻繁に通ってくることに疑問を感じる。
そしてそれは一年以上も続いていた。
あるとき、クロムが帰ってから、母がロマジェリカにいたころに巫者さんから預かった桐の箱を手にしているのをみた。
確か中身は古い伝承だったはずだ。
両親とクロムは、それを読み解こうとしているんだろうか?
梁瀬は十五歳になり、昨年からは地区別演習にも参加している。
十六歳の子どもたちは、この演習と収穫祭が終わった時期に、神殿で洗礼を受けることになる。
戦士を目指している十六歳組のみんなは、入れ込み方が全然違う。
泉翔では多くの子どもが戦士を目指す反面、家の仕事を手伝うことや、様々な職業を目指す子どもたちも多い。
最初は道場を継ぐつもりでいた梁瀬自身も、今は密かに蓮華になりたくて戦士を目指している。
だから今では、術だけではなく武術も上位に食い込めるほど腕が上がった。
昨年の洗礼前には欠員があって蓮華の印をもつ新たな戦士がでたけれど、今年は欠員はなかったようだ。
来年、梁瀬が洗礼を受けるときにはどうなっているのか、ただそれだけが気になる。
地区別演習では各地区ともみんな強く感じ、梁瀬はつい何度か強い術を使ってしまった。
反則行為をしているような気持になるから、可能な限り演習では使わないようにしていたのに。
自分で思う以上に気力も体力も消耗していたせいか、梁瀬は演習が終わると体調を崩し、発熱で寝込むことになった。
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