蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
704 / 780
外伝:笠原梁瀬 ~馴れ初め~

第6話 再会

しおりを挟む
 十四歳になり、しばらくたったころから、急に夢を見ることがなくなった。
 不思議に思いながらも、梁瀬はノートに書き記した術式を、相変わらず一人でひっそりと試し続けていた。
 もうほとんどの術式を使えるようになっている。

 どの術で、どんな効果がでるのか、それらすべてを書き込んでいき、使い込まれたノートはあちこちが破れてかすれている。
 そろそろ新しいノートにきちんとまとめたほうが良いのかも……。
 そんなことを考えていた。

「ゼフィロス・キャロル」

 道場からの帰り道、歩きながら術をつぶやく。
 緩やかな風が歌うように流れてくる。
 この術を、梁瀬はとても気に入っていて、一人でどこかへ行くときや、こうして道場からの帰り道に唱えていた。

 ヒューヒューと吹き抜け、草木を揺らして心地よい音を奏でるのが、気持ちを穏やかにしてくれるようだった。
 飛び立つ鳥の鳴き声に合わせるように、鼻歌まじりに手にした杖を軽く振りながら歩く。
 家の敷地から出てきた母の姿が見えて、梁瀬は鼻歌をやめて杖を後ろ手に隠した。

「あら……帰ったんですか」

「はい、戻りました。母さんは……買いものですか?」

「ええ。柳堀まで出てきますが……」

 母が怪訝な表情で梁瀬を見つめている。
 術を使っていたことがバレてしまっただろうか……?
 両親に教わった術式じゃないとわかったら、どんなに叱られるのか、想像しただけで怖い。

 数秒、梁瀬をみつめていた母は、フッと表情を緩めるとそのまま買いものへと出かけていった。
 咎められずに済んでホッとしたけれど、これからは術を使うのにも気をつけなければいけないと感じた。

 自分では老人の夢を見るようになってから、格段に術師として使えるようになった気がしている。
 だから最近は、夢に見なくなったんだろうか?
 でも、できるようになったとはいえ、老人が本当に賢者だとしたら、その足もとにも及ばないレベルのはず。

 まだまだ術を教わりたいし、夢という不確かなものではなく、面と向かって師事を仰ぎたい。
 術のことだけじゃあなく、どんな生活を送っているのか、杖はどう選んでいるのか、知りたいことは山ほどだ。

 直接会う、となると、梁瀬はまず泉翔をでなければならない。
 堂々と大陸へ行くには、どうやら洗礼で『蓮華』の印を受けなければならないようだ。

 現在、蓮華は八人いる。
 過去の文献を読んだ限りでは、これまで八人を超えたことはない。
 今年は欠員が出て新たに蓮華の印を受けた人がいたようだけれど、梁瀬が洗礼のときに欠員がなければ、梁瀬は蓮華の印を受けられない。

 けれど、欠員が出るということは、八人の誰かが戦士として機能できない怪我や病になるか、命を落とすかのどちらかだ。
 さすがに欠員が出るのを願うのは、人としてどうなのか……。
 ジレンマを感じながら家に入ると、来客があったようで、居間から父の笑い声が響いてきた。

「ただいま戻りました」

 素通りするわけにもいかず、梁瀬は居間に顔をだして来客へ挨拶をしようとした。
 こちらを振り返った来客は、泉翔から逃げてくる船で出会った、鴇汰が『クロムおじさん』と呼んだ人だった。
 あれからもう三年が過ぎたけれど、鴇汰はどの区で暮らし、どうしているんだろうか?

「息子の梁瀬です。梁瀬、こちらは長田さんだ」

 父に紹介され、挨拶を交わした。

「泉翔へくるときに、船で一度会っているね? ずいぶん大きくなって……」

「はい。あの……鴇汰くんは……」

「元気にしているよ。キミのおかげでとても明るくなった」

 クロムにお礼を言われて照れくささを感じながらも、あのとき、術を使ったことを話されてしまうんじゃあないかとヒヤヒヤしていた。
 幸い、父とクロムはほかに用があったようで、術の話しにはならず、梁瀬はそのまま部屋へと戻った。

 この日、クロムは夕食前に帰っていったようだった。
 ただ、この日を境にたびたびクロムは梁瀬の家へ顔を出すようになった。

 西区には暮らしていないようなのに、頻繁に通ってくることに疑問を感じる。
 そしてそれは一年以上も続いていた。

 あるとき、クロムが帰ってから、母がロマジェリカにいたころに巫者さんから預かった桐の箱を手にしているのをみた。
 確か中身は古い伝承だったはずだ。
 両親とクロムは、それを読み解こうとしているんだろうか?

 梁瀬は十五歳になり、昨年からは地区別演習にも参加している。
 十六歳の子どもたちは、この演習と収穫祭が終わった時期に、神殿で洗礼を受けることになる。
 戦士を目指している十六歳組のみんなは、入れ込み方が全然違う。

 泉翔では多くの子どもが戦士を目指す反面、家の仕事を手伝うことや、様々な職業を目指す子どもたちも多い。
 最初は道場を継ぐつもりでいた梁瀬自身も、今は密かに蓮華になりたくて戦士を目指している。
 だから今では、術だけではなく武術も上位に食い込めるほど腕が上がった。

 昨年の洗礼前には欠員があって蓮華の印をもつ新たな戦士がでたけれど、今年は欠員はなかったようだ。
 来年、梁瀬が洗礼を受けるときにはどうなっているのか、ただそれだけが気になる。

 地区別演習では各地区ともみんな強く感じ、梁瀬はつい何度か強い術を使ってしまった。
 反則行為をしているような気持になるから、可能な限り演習では使わないようにしていたのに。
 自分で思う以上に気力も体力も消耗していたせいか、梁瀬は演習が終わると体調を崩し、発熱で寝込むことになった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

処理中です...