蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:安部修治 ~生い立ち~

第6話 決意

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 気が大きくなっていた。
 自分がまだ子どもであることを、忘れていた。

 この日も演習で、麻乃と一緒にノルマをこなし、大銀杏へ向かった。
 防衛戦はもう始まっていて、敵はヘイトだった。
 戦士たちの数十倍はいる敵兵を、次々に倒していく姿に、修治も麻乃もすっかり魅了されていた。

 いつもとは違う様子の戦士たちの動きに疑問を持ちながら、麻乃と二人で眺めていたところに、堤防を抜けてきた敵兵をみつけた。

 麻乃と二人ならきっと倒せる――。

 なぜ、そんなにも簡単に、こんな大それたことを思ってしまったんだろう。
 敵兵は先生や年長組の仲間たちとは違う。
 怪我をしているとはいえ、訓練された兵隊だというのに。

 安易な気持ちで手を出した修治と麻乃は、あっさりと反撃をされ、敵兵を追ってきた麻乃の両親は、修治と麻乃を助けるために敵兵に命を絶たれてしまった。

 錯乱した麻乃は、麻乃のお母さんの刀を取ると、その場にいた敵兵たちを驚くほどの速さで全滅させ、修治にまで斬りかかってきた。
 脇腹を斬られ、咄嗟に麻乃のお父さんの刀でそれを受けた瞬間、刀を握った手に強い痛みを感じ、麻乃は気を失って倒れた。

 敵兵を探していたほかの戦士たちが駆けつけてきて、修治と麻乃はすぐに医療所へ運ばれた。
 修治の傷は深くはなかったけれど、何針も縫うほどだった。

「修治! あんた一体なにをしていたの!」

「お父さん、お母さん……ごめんなさい! 俺、俺……ねえ、麻乃は? 麻乃は無事?」

「麻乃には怪我はなかったよ。だけどまだ目を覚まさないの」

 震えるほど怖かった。
 麻乃まで死んでしまったら……。
 こんなことになるとは思ってもいなかった。

 両親は強く怒らなかったけれど、麻乃の両親が亡くなってしまったことで、修治はどうしようもない後悔に襲われ、ただ泣いた。
 病室で横になっていても、考えるのは麻乃の両親のことと麻乃のことばかりで、涙が止まらなくなる。
 ついこのあいだまで、一緒にご飯を食べて笑いあっていたのに。

 麻乃は両親が死んでしまって、これからどうなるんだろう。
 泣いていやしないか、気になって日に何度も麻乃の病室を訪ねてみるけれど、一向に目を覚まさない。

 目を閉じたままの麻乃の髪が、うっすらと赤っぽく変わっている。
 麻乃が斬りかかってきた瞬間、目が赤く光ったようにみえた。
 あれは一体、なんだったんだろう。

 何日目かのときに、相変わらず目を覚まさない麻乃を見舞い、部屋を出たところで呼び止められた。
 顔を上げると、大きな男の人が立っていた。

「私は蓮華の高田たかだという。少しだけ話しを聞かせてもらえるかな」

 高田は麻乃の両親がいた部隊の隊長だといった。
 この人が蓮華なんだ……。
 道場の小幡先生や師範の先生たちよりも若いようにみえた。

 修治は高田に連れられて病室へ戻り、砦であったことを問われた。
 蓮華であり、麻乃の両親の部隊で隊長を務めている人ならばと、信用してすべてを話した。
 麻乃の髪と瞳が、やけに赤くみえたことも。

「そうか……隆紀……麻乃の父親から話しは聞いていたんだが、本当にそうだったか……」

「あの……麻乃になにかあるんですか?」

「修治くんは、鬼神きしんの伝承をしっているかね?」

「詳しくはしりません」

 そう答えた修治に、高田は鬼神の伝承の話しを聞かせてくれた。
 麻乃のお父さんが、その血筋であることも。
 そんなこと、修治は知りもしなかった。

「隆紀は麻乃がその血を受け継いでいるといっていたが、私は半信半疑だった」

 けれど、今の修治の話しを聞いて確信したという。

「どうして麻乃が鬼神だなんて思うんですか?」

「鬼神の姿は、紅い瞳と紅い髪だといわれているんだよ」

「でも麻乃の目も髪も紅くはなっていません!」

「それは完全に覚醒しなかったからだろう」

 いずれ相応の歳になれば、必ず覚醒すると高田は言う。
 対応を考えなければならないからといって帰っていく高田を見送った。

「麻乃が鬼神……」

 だから修治よりも小さいのに、急に強くなったんだろうか?
 覚醒してしまったら、麻乃はどうなってしまうんだろうか?
 麻乃の両親は知っていたんだと思う。
 でも、修治の両親は……?

 わからないことばかりで、修治は自分がなにをしたらいいのか悩んだ。
 ただなんとなく、麻乃より強くならなければならないことだけはわかる。

 強くなって、必ず麻乃を守ってやらなければいけない。
 麻乃の両親を死なせてしまったからには、それは修治がやらなければならないことだ。
 もう一度、麻乃の病室に向かい、目を閉じたままの麻乃の頭をそっと撫でた。

「俺が必ず守るから。強くなって、絶対に俺が守るからね」

 届かないとわかっていても、修治は麻乃の両親にも、それを誓った。


-完-
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