蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:安部修治 ~生い立ち~

第5話 目指すもの

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 おクマに見てもらうようになってから、目に見えて上達した。
 麻乃のお父さんも、感心したように褒めてくれるようになった。

 そうなると、今度は麻乃のほうが面白くないと思うのか、これまで以上に稽古に身を入れている。
 修治も追いつかれないように必死だ。
 八歳を迎える前には、十歳までの年少クラスなら、多少の体格差があっても勝てるようになった。

 さすがに十五、十六歳組にはそうそう勝てないし、大人の先生たちにも打たれることは多い。
 それでも、何度かは勝てるようになってきた。

「急に上達したなぁ……とはいえ修治、まだまだだぞ。俺に勝てるくらいにならないと……」

「も~。おじさん、俺が麻乃をお嫁に貰うころには、おじさんはおじいちゃんだよ。俺が勝つに決まってるでしょ」

 修治がため息をつきながらそういうと、麻乃のお母さんが大声で笑った。

「修治、良く言ったね! そうよね、そのころには隆紀はおじいちゃんだ」

「ばっ……か……! おじいちゃんなワケがないだろう!」

 怒る麻乃のお父さんを、麻乃のお母さんがなだめている。
 修治は麻乃に見送られながら、家に戻った。

 演習も楽にこなせるようになってきた。
 ときどき、早くノルマを済ませて森を抜け出し、海岸をみにいった。
 以前、十歳組の子たちに連れられてきたことがあったからだ。

 その日、たまたま敵襲があって、防衛戦を目にした。
 戦士たちの戦う姿をみながら、自分たちも絶対に戦士になろうと、十歳組と一緒に盛りあがったんだ。

 また戦士たちを見られるんじゃあないか、そう思いながら大銀杏の木に登る。
 そうそう戦争が起こるわけでもなく、今日は空振りで、十分ほど海岸を眺めてから、演習の行われている森に戻った。

 昼間は道場で、帰ってからは麻乃の両親か、自分の家でおクマに見てもらいながら、稽古をするのは楽しい。
 やれなかったことが、できるようになるのも嬉しくてたまらなかった。
 休むことも必要だと、家の掃除や手伝いをするように、おクマに言い含められてはいる。

 麻乃の両親が持ち回りで帰って来なくなると、修治の家に泊まりに来る麻乃も一緒に、おクマに稽古をつけてもらうようになった。
 麻乃ももう六歳になり、演習にも出るようになっている。

 少し……ほんの数日しか離れていなくても、麻乃の腕が上がってきているのはすぐにわかる。
 修治の家で一緒におクマの稽古を請けるようになってから、どんどん修治に近づいてくるようだ。

「あたしも修治と一緒に戦士になるの。お父さんとお母さんみたいになるの」

 そう言われると嬉しくてキュッと胸が痛くなるけれど、同じくらいに焦りを感じてならない。
 麻乃にだけは、先を越されてはいけないという思いでいっぱいになる。
 抜け駆けをするような後ろめたい気持ちになりつつも、修治はひたすら鍛錬に励んだ。

 何度か、演習で麻乃と一緒になったとき、ノルマをこなして砦へ向かうのを見られてしまったらしい。
 それからは、麻乃も意地になってノルマを早くこなし、修治についてくるようになった。

 二人でこっそり大銀杏の木に登り、海岸の様子を窺うのが日課のようになったころ、庸儀の襲撃を防衛している現場に遭遇した。

「見た? ときどきしか見れないのに、今日はラッキーだったね」

「うん……凄かった! あたしも早く戦士になって、あんなふうに敵兵を倒せるようになりたい!」

「そのときは一緒の部隊になりたいね」

 枝を飛び降り、麻乃の手をとって演習場へ戻りながら、二人で戦士になることを夢見た。
 麻乃は高揚した様子だ。

「麻乃、先生たちにバレたら、もう二度と見られなくなるから、このことは絶対に秘密。いい?」

「うん、わかった!」

「お父さんとお母さんにも、だよ?」

「うん、言わない!」

 繋いだ手を大きく振って、二人で走って戻った。
 演習の終了ギリギリの時間だ。
 先生たちのもとに駆けていき、組紐を提出して道場へ帰った。

「早く戦士になりたいな……なれるかな?」

「なれるさ。俺も麻乃も」

 家までの帰り道、麻乃は不安そうにつぶやく。
 毎年の洗礼のあと、戦士を目指していても、力が足りなくて印を受けられなかった子たちをみることがある。

 どんなに頑張っても、駄目だったら……。

 そんな不安がよぎることもあるけれど、今はとにかく、ひたすらに鍛錬を続けるしかない。
 最近はさらに腕が上がっているのを感じている。
 先生たちとの稽古でも、勝てることが増えてきた。

 麻乃も同じように、このごろは先生たちも驚くほど強くなっている。
 二人なら、麻乃と一緒なら、十六歳組であっても誰にも負けないんじゃあないか。
 そんなふうに感じ始めていた。
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