蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第121話 告白 ~岱胡 2~

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 鴇汰にボートから突き落とされ、ひと言多いといわれた。
 真っ当なことをいったせいで、腹いせに突き落とされたんだと思ったら、鴇汰はボートを走らせて遠ざかっていく。

「うっそ!!! 鴇汰さん! 待って!」

 慌てて泳いで追いかけるも、着ている服が重くて邪魔でうまく泳げない。
 仮に泳げたとしても、ボートのスピードに追い付けるはずもない。
 ホントに置いていかれるのかと、ゾッとした。

 必死に泳ぎながら、ときどきボートの位置を確かめる。
 かなり離れたところにいるけれど、さっきから遠ざかる様子をみせないと気づいた。
 停泊しているんだろうか?

 二人の姿は岱胡からはみえない。きっといろいろな話しをしているんだろう。
 鴇汰のことだから、岱胡に聞かれるのが恥ずかしくて、海へ突き落としたんじゃあないだろうか。

 だとしたら、あまり早く追いついても申し訳ない。
 それに、話しが済めば引きあげてくれるだろう。

 とはいえ、このまま泳ぎ続けるのはしんどい。
 可能なかぎり近づいておいて、すぐに上げてもらえるようにしておきたい。

 気持ちを伝えるだけの告白に、そこまで時間はかからないだろうし。
 そう思ってふと顔を上げると、オールを持って振りかぶっている麻乃の後ろ姿が目に入った。

「え……? なんか揉めてる?」

 鴇汰がまた文句でもいい始めて喧嘩になったんだろうか?
 ことによっては止めに入らなければと、急いでボートへ向かって泳ぎだした。
 止まっていたはずのエンジンが動き、また遠ざかっていく。

「うわぁ! 嘘でしょ! なんで!」

 大慌てで追うも、手足どころか体じゅうが重い。
 いっそ服を脱ぎ捨ててしまいたいけれど、引きあげてもらったときに真っ裸なのはどうなのか。
 どうにかボートの近くまできたところで、ようやく浮き輪が投げ込まれ、必死にすがりついた。
 縄梯子を上がる余裕もなく、鴇汰と麻乃に引き上げてもらう。

 鴇汰は帰ったらおいしいものを作ってくれるというけれど、一回くらいじゃあ納得いかない。
 一週間は食べさせてほしいというと、あっさりと了承してくれた。
 失敗した。
 一ヵ月といっておけば良かったか。

「気休め程度だけど、体拭きなよ」

 麻乃に手渡されたタオルで全身を拭き、ホッと一息つく。
 鴇汰が操縦しているのを確認してから、コソッと麻乃に聞いてみた。

「……鴇汰さん、ちゃんと言ってくれました?」

「ん……岱胡、ありがとうね。あんたがいってくれなかったら、ずっと聞けないままだったかも……」

「さすがにそれはないでしょうけど……でもまあ、良かったッス。泳がされた甲斐があったってものですよ」

「ごめんね、えらい目にあわせちゃったね。溺れたりしなくて良かったよ」

「トクさんと違って泳ぎは得意ッスからね」

 麻乃は穏やかに笑う。
 まだ燻ぶった思いを抱えてはいるだろうけれど、とりあえず帰る気になってくれたようで良かった。
 これからのことは、鴇汰と話し合って決めるという。

「まあ、残ってくれればいいんじゃあないですか? みんなもそう思っていますよ」

「でも……あたしがいることで、嫌な気持ちになる人も多いだろうし……」

「そんなの、麻乃さんだけの話しじゃあないっしょ。だいいち、万人に好かれたり良く思われたりなんて、無理な話しなんですから」

 ずっと人の目を気にしてきて、これからもっと気にして生きていくなんて、疲れるだけだ。
 誰からも愛され好かれる人なんて、きっとどこにもいやしないんだから。
 どこかで気持ちに折り合いをつけて、生きていくしかない。

「うん、そうだね……きっと岱胡のいう通りなんだと思う」

 そういって前を向く麻乃の目は、確かに以前よりは紅い。
 髪も紅くはあるけれど、ジェとは違って深く濃い紅だ。
 派手で目立つような色には見えないし、もうずっと前からこうだったかのように思える。

 能力や腕前はともかくとして、内面はなにも変わっていないから、なんの違和感もない。
 ほとんどの人がそう思うに違いないけれど、麻乃にとっては不安でしかないのか。
 周りの反応をみて、少しずつ気づいていくしかないんだろう。

「浜がみえてきたぞ――ってか、あいつら結局みんな来てるんじゃんか」

 鴇汰がこちらを振り返る。
 立ちあがってみると、桟橋に修治と梁瀬、穂高がいるのがみえる。砂浜には巧や徳丸のほかに隊員たちもいた。
 桟橋に着く直前に、麻乃は勢いよく桟橋に飛び移り、その勢いのまま修治に抱きついた。

「……ったく。結局こーなるんだよな」

 鴇汰が舌打ちしながらエンジンを切るとそういった。
 岱胡は苦笑しながらボートをロープで繋ぐ。

「まあ、仕方ないッスよね~」

「麻乃にとって修治は特別だからな」

 いつものように苛立っている様子はみえない。
 互いの気持ちを確認し合った今は、鴇汰にとって修治はイラつく存在じゃあなくなったんだろうか。
 ごめんと謝って泣く麻乃の背中を軽くたたいた修治は、やんわりと麻乃を離すとボートを降りた鴇汰のほうを向かせた。

「これからは、おまえが真っ先に抱きつくのはあっちだろう? 鴇汰、麻乃を頼む。おまえに任せたことを後悔させるなよ」

「わかってるよ。さっきもいったろ? 麻乃を幸せにするのは俺だ」

 そう言い切った鴇汰は、しっかりと麻乃の手を握った。
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