蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第117話 告白 ~レイファー 1~

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 最後の荷を乗せ、それぞれの船が動き出した。
 出航の合図の鐘が鳴り響く。

「ピーター、上田か笠原からなにか連絡は?」

「特にはありません」

「そうか……」

 先の船が順に沖へと進んでいくなか、レイファーの船は最後尾にいるため、動き出すのはこれからだ。
 中央部へ向かう道を眺めていても、車が現れる気配もない。
 長田はまだ目を覚ましていないのだろうか?

 波が大きくうねり、船体が揺れる。
 ついに船が動きだした。

 まあいいだろう。
 これはレイファーに運があったということだ。
 わざわざ時間まで伝えてやっているんだから、感謝こそすれ非難されるいわれはないはずだ。

 双子島の大きい島を通り過ぎ、小島へ差し掛かる。
 いつかサムと訪れたときに、この砂浜で安部や長谷川と会った。
 あのときには、まさか長田が伝承の一人だなどと思いもしなかった。

 藤川にしてもサムにしても、こんなに近しい場所にそれぞれがいるものなのか。
 それとも、ことが起こるべくして起きるように、こんなにも自然に繋がっていくものなのか。

「レイファーさま、先頭の船団が外海へ出ました。特に問題はないようですが、我々もこのまま進めますか?」

 船尾に立ち、遠ざかっていく島を双眼鏡で眺めていたレイファーは、ピーターの声掛けに少し考えた。
 時計はもうすぐ十時を過ぎる。

「そうだな……中ほどまではそのまま進め。我々後方は一時間程度、停泊して様子をみてくれ」

 ピーターが各船と連絡を取り合っている横で、双眼鏡を手にもう一度、泉翔の本島を眺め見た。
 サムは南側からの出航だけれど、もう外海へ出ただろうか。
 向こうへは長田の叔父である賢者も同行しているから、特に問題もなくヘイトへ戻れるだろう。

 北側から出た反同盟派の船は、先頭と一緒に島を離れ、途中で航路を変えてサムたちと合流するようだ。
 ヘイト軍を多く乗せているから、そのほうが都合がいいらしい。

 小島の付近で停泊をしてから三十分が過ぎたころ、ピーターに藤川を呼ぶように指示をした。
 眠っていたのか、船室をでるのを渋っていたのか、しばらく待ってようやく藤川が姿をみせた。

「全然外の景色が変わらないと思ったら、止まってるの? 故障かなにか?」

「いや。外海の様子をみているんだよ。あまりにも荒れていたら危険だからな」

「ふうん……でも、先の船は出ているよね?」

「すべての船がでてからなにかあっては全滅になるだろう?」

「ああ……なるほどね」

 レイファーは支柱の一つに手をかけると、船尾のへりに上って立ち、藤川に手を差し伸べた。
 眉をしかめた藤川は「なに?」と少し不機嫌な顔つきで見上げてくる。

「こんな場所から島を見ることなど、そうないんじゃあないか?」

「そりゃあ……こんなところまで出るのなんて、年に一度だけだからね」

「まもなくここを離れる。これが最後になるんだ。生まれた島をよく見ておいたほうがいいんじゃあないか?」

 藤川はなにを考えているのか、うつむいている。
 まさか高いところが苦手なわけもないだろう。

「見ないまま離れると、あとで後悔するぞ」

「……わかったよ」

 手を掴んで引きあげてやると、レイファーの隣に立った藤川は島へと目を向けた。
 揺れる波の光に目を細めて泉翔をみている横顔は、どこか寂し気にみえる。
 後悔はしていないだろうけれど、なにを思っているのか薄っすらとわかった。

 フッと表情が変わり、険しい目をした藤川は、そのままデッキに飛び降りようとした。
 その腕を掴んで引き寄せると、抱きしめて口づけをした。

「いきなりなにを――!」

 振りほどかれた直後に飛んできた平手を手首を取って避ける。

餞別せんべつくらい貰っても文句はないだろう?」

 そういってレイファーは藤川を海へと突き落とした。

「ちょっと――! これじゃあ約束がちがう――!」

 船の間下まで近づいたボートから長田が飛び込んだのを確認すると、ピーターを呼んだ。

「荷物は?」

「はい、準備しました」

 藤川が持ち込んだリュックと刀をピーターから受け取り、防水の袋へ詰め込むと、浮きを付けて海へと投げ込んだ。

「長谷川! それは藤川の持ちものだ! うまく引きあげろ!」

 ボートからこちらを見あげている長谷川にそう伝えると、長谷川はうなずいてオールを手に荷物を引き寄せている。
 長田は無事に藤川を助けられたようで、二人そろって水面に顔を出した。

「レイファー! なんで――」

「藤川! 長田に見切りをつけたときには、いつでも俺を呼ぶといい。そのときこそ正式にジャセンベルへ迎え入れよう!」

「ふざけるな! ジャセンベルに……おまえになんか麻乃を渡すわけがねーだろうが!」

 長田が叫んだ直後、波が二人を飲み込み、長谷川が浮き輪を投げ入れた。
 藤川を抱えて浮いてきた長田がそれを掴み、ボートに引き上げられるまで見守ってから、もう一度叫ぶ。

「長田! 精々、藤川に愛想を尽かされないように励むことだな!」

 それもしっかり聞こえたようで、ボードから長田が悪態をついてわめいている。

「ピーター、外海へでる。すぐに準備を」

「はい」

 悔いがないわけではない。
 ただ、このまま藤川をジャセンベルに連れていったところで、藤川は消化しきれない思いを抱えたままになると思った。
 だから今は、帰しただけだ。
 ひょっとすると、本当に長田に愛想を尽かし、今度こそなんの未練もなく迎えられる可能性もあるのだから。

 無事に二人を乗せたボートは長谷川の舵で船から離れていく。
 動き出した船からしばらくその影を追ったあと、ピーターに呼ばれて船首へと移動した。
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