657 / 780
大切なもの
第107話 潜伏 ~レイファー 2~
しおりを挟む
藤川が大陸へ来たいという。
それが本当ならば、レイファーとしては願ってもない申し出だ。
とはいえ、あんなにも躍起になって藤川を探している連中はどう思うのか。
それに、長田のこともある。
「唐突だな。本気で言っているのか?」
「もちろん。冗談でこんなことを言えるわけがないじゃあないか」
軽くレイファーを睨んでそういう。
「長田のことはいいのか?」
レイファーの問いかけに、一瞬こちらをみると、すぐに目をそらした。
「鴇汰はね、あれで意外とモテるの」
クスリと笑った藤川は、長田が島内の女性に人気があるといった。
自分がいなくても、いい人がすぐに見つかるだろうし、きっとそのほうが幸せになる。
だからなんの問題もないんだと笑う。
「……まあ、鴇汰が幸せでいてくれれば、それが一番っていうか……あたしにとっても幸せかな、って」
「綺麗ごとだな……」
本当は藤川自身が一番そばにいたいんじゃあないのか、そう思いながらも、レイファーは先に続く言葉を飲み込んだ。
「そうかもしれない。けど実際、そう思っちゃったんだからしょうがないじゃない」
本音を悟られたくないのか、張り付いたような笑顔を崩さず答えた。
長田を諦めるというのなら、大陸へ来るのが本気だというのなら、今がチャンスなのかもしれない。
「そうだな……連れていくのは構わないが……条件がある」
「……条件?」
「ああ。難しいことじゃあない」
「なにをすればいいのさ?」
警戒した顔で藤川が問いかけてくる。
これからレイファーが言うことを聞いて、どう思うだろうか。
それを考えると、僅かに胸が痛み、手に汗を握った。
「俺の妻になれ。妃としてジャセンベルに迎え入れる。それが条件だ」
「妻? あたしがあんたと一緒になるってこと?」
藤川は素っ頓狂な声をあげたあと、周囲の気配を探るようにぐるりと辺りを見渡した。
「不服か?」
「不服もなにも……そんな馬鹿な話しありやしないよ。だいいち、なんであたしなのさ?」
「俺は初めて会ったときから、妻にするなら藤川、あんただと決めている」
「決めているって……そんなこと勝手に決められたって困る。っていうか、あの人……マドルもそうだけどさ、あんたたちは伝承に踊らされすぎなんだよ。大昔の伝承に縛られて、あたしになにを期待しているのか知らないけど、あたしにはなにもできやしないんだから」
若干の怒りを含み一気にまくしたてると、うなだれて大きなため息をついた。
最初から色よい返事が戻ってくるとは思っていない。
とはいえ、伝承云々という話しを持ち出されるのは心外だ。
「俺が藤川と初めて会ったときは、伝承のことなど知りもしなかった。縛られてこんなことを言っているわけじゃあない」
「だとしても、無理だね。無理。あり得ないよ」
「だいいち、それをいうなら長田も同じだろう?」
「そんなことは……言われなくてもわかってるよ。だからこそ、無理だといっている」
「考える余地もないか?」
「ないね。あたしは……いや、いい。この話しはもう終わりだ。なかったことにしよう」
もう忘れて、そういって藤川は立ちあがった。
話しを切り上げたあと、恐らく今度はサムのところにでも行くのだろう。
泉翔を出るつもりでいるのが本気ならば、それしか方法がない。
「……そういって次はヘイトに頼み込むか?」
立ち去りかけた藤川の足がとまった。
「ヘイトはきっと断るだろう」
「なんでさ?」
「これから泉翔と友好的に関わっていこうとしているのに、泉翔の士官を連れ帰るなどリスクしかないだろう?」
足もとに視線を落とし、少し考える仕草を見せた藤川に、レイファーは畳みかけるように言葉を継いだ。
「それに、ヘイトには断るように、俺からも進言する」
「邪魔をしようっていうの?」
「あんたが他国へ行こうとするのを、俺が指をくわえてみていると思うか?」
藤川はキッとレイファーを睨んだ。
実際、広い大陸でジャセンベル以外に行かれるのは厄介だ。
居どころがわからなくなり、二度と会えなくなってしまう可能性も出てくる。
来るというのなら、それはジャセンベル一択で、必ずレイファーの目の届くところでなければならない。
「密航を考えたとしても無駄だぞ。俺たちは泉翔を発つ前に、ネズミ一匹連れ帰ることのないようチェックをしている」
「……だったらもういい。正当な手段で渡れるようになるまで待つ」
だからそれが困るというのに。
どこへ行くのかわからないまま、放ってはおけない。
まずはジャセンベルへ迎えるために、方法を変えることにした。
立ち去ろうとした藤川の肩をつかんで引き留める。
「わかった。あんたがそうまで言うのなら、力になると約束しよう」
「妻になるって話しならもういいよ。それだけは受けられないんだから」
「ああ。その条件はなしで構わない。その代わり、新たに二つの条件を提示する」
「ろくな条件じゃあない気はするけど……まあいいよ。一応、聞こうじゃない。今度はなんだっていうのさ?」
指を二本立てて告げたレイファーに、藤川は腕を組んで向き直った。
それが本当ならば、レイファーとしては願ってもない申し出だ。
とはいえ、あんなにも躍起になって藤川を探している連中はどう思うのか。
それに、長田のこともある。
「唐突だな。本気で言っているのか?」
「もちろん。冗談でこんなことを言えるわけがないじゃあないか」
軽くレイファーを睨んでそういう。
「長田のことはいいのか?」
レイファーの問いかけに、一瞬こちらをみると、すぐに目をそらした。
「鴇汰はね、あれで意外とモテるの」
クスリと笑った藤川は、長田が島内の女性に人気があるといった。
自分がいなくても、いい人がすぐに見つかるだろうし、きっとそのほうが幸せになる。
だからなんの問題もないんだと笑う。
「……まあ、鴇汰が幸せでいてくれれば、それが一番っていうか……あたしにとっても幸せかな、って」
「綺麗ごとだな……」
本当は藤川自身が一番そばにいたいんじゃあないのか、そう思いながらも、レイファーは先に続く言葉を飲み込んだ。
「そうかもしれない。けど実際、そう思っちゃったんだからしょうがないじゃない」
本音を悟られたくないのか、張り付いたような笑顔を崩さず答えた。
長田を諦めるというのなら、大陸へ来るのが本気だというのなら、今がチャンスなのかもしれない。
「そうだな……連れていくのは構わないが……条件がある」
「……条件?」
「ああ。難しいことじゃあない」
「なにをすればいいのさ?」
警戒した顔で藤川が問いかけてくる。
これからレイファーが言うことを聞いて、どう思うだろうか。
それを考えると、僅かに胸が痛み、手に汗を握った。
「俺の妻になれ。妃としてジャセンベルに迎え入れる。それが条件だ」
「妻? あたしがあんたと一緒になるってこと?」
藤川は素っ頓狂な声をあげたあと、周囲の気配を探るようにぐるりと辺りを見渡した。
「不服か?」
「不服もなにも……そんな馬鹿な話しありやしないよ。だいいち、なんであたしなのさ?」
「俺は初めて会ったときから、妻にするなら藤川、あんただと決めている」
「決めているって……そんなこと勝手に決められたって困る。っていうか、あの人……マドルもそうだけどさ、あんたたちは伝承に踊らされすぎなんだよ。大昔の伝承に縛られて、あたしになにを期待しているのか知らないけど、あたしにはなにもできやしないんだから」
若干の怒りを含み一気にまくしたてると、うなだれて大きなため息をついた。
最初から色よい返事が戻ってくるとは思っていない。
とはいえ、伝承云々という話しを持ち出されるのは心外だ。
「俺が藤川と初めて会ったときは、伝承のことなど知りもしなかった。縛られてこんなことを言っているわけじゃあない」
「だとしても、無理だね。無理。あり得ないよ」
「だいいち、それをいうなら長田も同じだろう?」
「そんなことは……言われなくてもわかってるよ。だからこそ、無理だといっている」
「考える余地もないか?」
「ないね。あたしは……いや、いい。この話しはもう終わりだ。なかったことにしよう」
もう忘れて、そういって藤川は立ちあがった。
話しを切り上げたあと、恐らく今度はサムのところにでも行くのだろう。
泉翔を出るつもりでいるのが本気ならば、それしか方法がない。
「……そういって次はヘイトに頼み込むか?」
立ち去りかけた藤川の足がとまった。
「ヘイトはきっと断るだろう」
「なんでさ?」
「これから泉翔と友好的に関わっていこうとしているのに、泉翔の士官を連れ帰るなどリスクしかないだろう?」
足もとに視線を落とし、少し考える仕草を見せた藤川に、レイファーは畳みかけるように言葉を継いだ。
「それに、ヘイトには断るように、俺からも進言する」
「邪魔をしようっていうの?」
「あんたが他国へ行こうとするのを、俺が指をくわえてみていると思うか?」
藤川はキッとレイファーを睨んだ。
実際、広い大陸でジャセンベル以外に行かれるのは厄介だ。
居どころがわからなくなり、二度と会えなくなってしまう可能性も出てくる。
来るというのなら、それはジャセンベル一択で、必ずレイファーの目の届くところでなければならない。
「密航を考えたとしても無駄だぞ。俺たちは泉翔を発つ前に、ネズミ一匹連れ帰ることのないようチェックをしている」
「……だったらもういい。正当な手段で渡れるようになるまで待つ」
だからそれが困るというのに。
どこへ行くのかわからないまま、放ってはおけない。
まずはジャセンベルへ迎えるために、方法を変えることにした。
立ち去ろうとした藤川の肩をつかんで引き留める。
「わかった。あんたがそうまで言うのなら、力になると約束しよう」
「妻になるって話しならもういいよ。それだけは受けられないんだから」
「ああ。その条件はなしで構わない。その代わり、新たに二つの条件を提示する」
「ろくな条件じゃあない気はするけど……まあいいよ。一応、聞こうじゃない。今度はなんだっていうのさ?」
指を二本立てて告げたレイファーに、藤川は腕を組んで向き直った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる