蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第107話 潜伏 ~レイファー 2~

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 藤川が大陸へ来たいという。
 それが本当ならば、レイファーとしては願ってもない申し出だ。
 とはいえ、あんなにも躍起になって藤川を探している連中はどう思うのか。
 それに、長田のこともある。

「唐突だな。本気で言っているのか?」

「もちろん。冗談でこんなことを言えるわけがないじゃあないか」

 軽くレイファーを睨んでそういう。

「長田のことはいいのか?」

 レイファーの問いかけに、一瞬こちらをみると、すぐに目をそらした。

「鴇汰はね、あれで意外とモテるの」

 クスリと笑った藤川は、長田が島内の女性に人気があるといった。
 自分がいなくても、いい人がすぐに見つかるだろうし、きっとそのほうが幸せになる。
 だからなんの問題もないんだと笑う。

「……まあ、鴇汰が幸せでいてくれれば、それが一番っていうか……あたしにとっても幸せかな、って」

「綺麗ごとだな……」

 本当は藤川自身が一番そばにいたいんじゃあないのか、そう思いながらも、レイファーは先に続く言葉を飲み込んだ。

「そうかもしれない。けど実際、そう思っちゃったんだからしょうがないじゃない」

 本音を悟られたくないのか、張り付いたような笑顔を崩さず答えた。
 長田を諦めるというのなら、大陸へ来るのが本気だというのなら、今がチャンスなのかもしれない。

「そうだな……連れていくのは構わないが……条件がある」

「……条件?」

「ああ。難しいことじゃあない」

「なにをすればいいのさ?」

 警戒した顔で藤川が問いかけてくる。
 これからレイファーが言うことを聞いて、どう思うだろうか。
 それを考えると、僅かに胸が痛み、手に汗を握った。

「俺の妻になれ。妃としてジャセンベルに迎え入れる。それが条件だ」

「妻? あたしがあんたと一緒になるってこと?」

 藤川は素っ頓狂な声をあげたあと、周囲の気配を探るようにぐるりと辺りを見渡した。

「不服か?」

「不服もなにも……そんな馬鹿な話しありやしないよ。だいいち、なんであたしなのさ?」

「俺は初めて会ったときから、妻にするなら藤川、あんただと決めている」

「決めているって……そんなこと勝手に決められたって困る。っていうか、あの人……マドルもそうだけどさ、あんたたちは伝承に踊らされすぎなんだよ。大昔の伝承に縛られて、あたしになにを期待しているのか知らないけど、あたしにはなにもできやしないんだから」

 若干の怒りを含み一気にまくしたてると、うなだれて大きなため息をついた。
 最初から色よい返事が戻ってくるとは思っていない。
 とはいえ、伝承云々という話しを持ち出されるのは心外だ。

「俺が藤川と初めて会ったときは、伝承のことなど知りもしなかった。縛られてこんなことを言っているわけじゃあない」

「だとしても、無理だね。無理。あり得ないよ」

「だいいち、それをいうなら長田も同じだろう?」

「そんなことは……言われなくてもわかってるよ。だからこそ、無理だといっている」

「考える余地もないか?」

「ないね。あたしは……いや、いい。この話しはもう終わりだ。なかったことにしよう」

 もう忘れて、そういって藤川は立ちあがった。
 話しを切り上げたあと、恐らく今度はサムのところにでも行くのだろう。
 泉翔を出るつもりでいるのが本気ならば、それしか方法がない。

「……そういって次はヘイトに頼み込むか?」

 立ち去りかけた藤川の足がとまった。

「ヘイトはきっと断るだろう」

「なんでさ?」

「これから泉翔と友好的に関わっていこうとしているのに、泉翔の士官を連れ帰るなどリスクしかないだろう?」

 足もとに視線を落とし、少し考える仕草を見せた藤川に、レイファーは畳みかけるように言葉を継いだ。

「それに、ヘイトには断るように、俺からも進言する」

「邪魔をしようっていうの?」

「あんたが他国へ行こうとするのを、俺が指をくわえてみていると思うか?」

 藤川はキッとレイファーを睨んだ。
 実際、広い大陸でジャセンベル以外に行かれるのは厄介だ。
 居どころがわからなくなり、二度と会えなくなってしまう可能性も出てくる。
 来るというのなら、それはジャセンベル一択で、必ずレイファーの目の届くところでなければならない。

「密航を考えたとしても無駄だぞ。俺たちは泉翔を発つ前に、ネズミ一匹連れ帰ることのないようチェックをしている」

「……だったらもういい。正当な手段で渡れるようになるまで待つ」

 だからそれが困るというのに。
 どこへ行くのかわからないまま、放ってはおけない。
 まずはジャセンベルへ迎えるために、方法を変えることにした。
 立ち去ろうとした藤川の肩をつかんで引き留める。

「わかった。あんたがそうまで言うのなら、力になると約束しよう」

「妻になるって話しならもういいよ。それだけは受けられないんだから」

「ああ。その条件はなしで構わない。その代わり、新たに二つの条件を提示する」

「ろくな条件じゃあない気はするけど……まあいいよ。一応、聞こうじゃない。今度はなんだっていうのさ?」

 指を二本立てて告げたレイファーに、藤川は腕を組んで向き直った。
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