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大切なもの
第103話 決着 ~梁瀬 1~
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鴇汰と麻乃を式神で送り出したあと、梁瀬はクロムとサムとともに修治や徳丸、巧、七番の戦士たちに回復術を施していた。
今、この場にいない戦士たちにも、手分けをして怪我の手当をするようにと梁瀬の隊員たちに指示を出したところだ。
鴇汰たちはマドルが城へ入り込む前に追いついている。
城門前に穂高とレイファーがみえた。
城内に残った敵兵を捕えていたようだ。
あの場に全員が揃うとは……。
嫌な予感が過る。
マドルはまだ自分が危ういと思っていないようだけれど、梁瀬たちが術を取り戻した今、もうできることはないだろう。
とはいえ、油断はできない。
泉の森からは、相変わらず唱和が響いてくる。
中央へ戻ってきたときに聞こえていたものとは少し違う気がする。
葬儀の折に聞くものと近いだろうか……?
敵兵はもとより、戦士たちも皆が無事ではないだろう。
誰が亡くなってもおかしくない状況だったし、命はあっても、もう戦えないほどの傷を負ったものもいるはずだ。
それでも、一般の人たちが無事であればまだ良しとすべきなのだろうか。
不意に誰かに呼ばれた気がして、サムを振り返った。
「呼んだ?」
「呼んだのは梁瀬さんのほうでは?」
サムは眉をひそめて梁瀬をみている。
梁瀬は呼んだ覚えなどない。
クロムをみると、花丘の大門の下で、城のほうを眺めていた。
声をかけようと口を開きかけたのと同時に、杖を持つ梁瀬の手が空へ引き寄せられた。
サムも梁瀬と同じように杖を空に向けている。
「クロムさん! これは……」
「鴇汰くんだな。まったく仕方のない子だな……」
そう言いながら大きくため息をつき、クロムも杖を掲げた。
頭の中に、術式ではなく祝詞が流れ込んできた。
今、それを唱えなければならないと、唐突に理解する。
マドルから取り戻したとき、攻撃の術式だったのは、マドルが本来の使いかたを知らなかったからなのか。
巫女たちの唱和に重ねるように祝詞を唱えた。
「自然の声、風の囁き、集い、舞い上がり、風の力を解き放ち給え」
「雲の精霊、集い、私の声に応え、雲の群れを集め給え」
「嵐の囁き、集い、一言と一つの願いで、雨を降らせ給え」
梁瀬のあとを継ぐようにサムとクロムも祝詞を唱える。
途端に全身から力が吸い取られるような感覚に陥った。
風が凪ぎ、空に薄く雲がかかっていく。
サラサラと霧雨が降りそそぎ、それがやけに心地よい。
「これは蒼き月の皇子と私たち賢者とで扱う術の一つなんだよ」
雲と風を呼び、雨を降らせて広範囲に回復を施す術だとクロムは言った。
失った命や体の一部は戻りはしないけれど、ほとんどの傷や心の疲弊を癒す、と。
「もっとも、使う側である私たちや鴇汰くんは、大きな力を削がれてしまうけれどね」
「それじゃあ、やっぱり鴇汰さんが蒼き月の皇子なんですか?」
クロムがうなずく。
「そうか……鴇汰が麻乃と同じ、伝承の一人だったのか」
修治が城のほうへ目を向けたまま、小さくつぶやいた。
雨はほんの数分で上がり、穏やかな風が吹き抜ける。
それと同時に梁瀬は目眩を覚え、サムは疲労からその場に腰を落とした。
今、鴇汰がこの術を使ったのならば、マドルとの決着はついたということか。
鴇汰と麻乃はどうしているのか。
穂高とレイファーのことも気がかりだ。
この場にいるロマジェリカ兵たちもすっかり戦意を失くしたようで、大人しくジャセンベル兵たちに拘束されている。
徳丸の指示で、戦士たちとともにジャセンベル軍の待つ西浜へと連行されていった。
クロムがマルガリータを出し、サムを支えさせた。
梁瀬もサムも、もうなんの術も使えないほど疲弊しているというのに、まだ人型の式神を出せるほどとは。
底知れないクロムの力を目の当たりにして、梁瀬は本当に追いつくことができるのか、少しばかり不安を覚えた。
今、この場にいない戦士たちにも、手分けをして怪我の手当をするようにと梁瀬の隊員たちに指示を出したところだ。
鴇汰たちはマドルが城へ入り込む前に追いついている。
城門前に穂高とレイファーがみえた。
城内に残った敵兵を捕えていたようだ。
あの場に全員が揃うとは……。
嫌な予感が過る。
マドルはまだ自分が危ういと思っていないようだけれど、梁瀬たちが術を取り戻した今、もうできることはないだろう。
とはいえ、油断はできない。
泉の森からは、相変わらず唱和が響いてくる。
中央へ戻ってきたときに聞こえていたものとは少し違う気がする。
葬儀の折に聞くものと近いだろうか……?
敵兵はもとより、戦士たちも皆が無事ではないだろう。
誰が亡くなってもおかしくない状況だったし、命はあっても、もう戦えないほどの傷を負ったものもいるはずだ。
それでも、一般の人たちが無事であればまだ良しとすべきなのだろうか。
不意に誰かに呼ばれた気がして、サムを振り返った。
「呼んだ?」
「呼んだのは梁瀬さんのほうでは?」
サムは眉をひそめて梁瀬をみている。
梁瀬は呼んだ覚えなどない。
クロムをみると、花丘の大門の下で、城のほうを眺めていた。
声をかけようと口を開きかけたのと同時に、杖を持つ梁瀬の手が空へ引き寄せられた。
サムも梁瀬と同じように杖を空に向けている。
「クロムさん! これは……」
「鴇汰くんだな。まったく仕方のない子だな……」
そう言いながら大きくため息をつき、クロムも杖を掲げた。
頭の中に、術式ではなく祝詞が流れ込んできた。
今、それを唱えなければならないと、唐突に理解する。
マドルから取り戻したとき、攻撃の術式だったのは、マドルが本来の使いかたを知らなかったからなのか。
巫女たちの唱和に重ねるように祝詞を唱えた。
「自然の声、風の囁き、集い、舞い上がり、風の力を解き放ち給え」
「雲の精霊、集い、私の声に応え、雲の群れを集め給え」
「嵐の囁き、集い、一言と一つの願いで、雨を降らせ給え」
梁瀬のあとを継ぐようにサムとクロムも祝詞を唱える。
途端に全身から力が吸い取られるような感覚に陥った。
風が凪ぎ、空に薄く雲がかかっていく。
サラサラと霧雨が降りそそぎ、それがやけに心地よい。
「これは蒼き月の皇子と私たち賢者とで扱う術の一つなんだよ」
雲と風を呼び、雨を降らせて広範囲に回復を施す術だとクロムは言った。
失った命や体の一部は戻りはしないけれど、ほとんどの傷や心の疲弊を癒す、と。
「もっとも、使う側である私たちや鴇汰くんは、大きな力を削がれてしまうけれどね」
「それじゃあ、やっぱり鴇汰さんが蒼き月の皇子なんですか?」
クロムがうなずく。
「そうか……鴇汰が麻乃と同じ、伝承の一人だったのか」
修治が城のほうへ目を向けたまま、小さくつぶやいた。
雨はほんの数分で上がり、穏やかな風が吹き抜ける。
それと同時に梁瀬は目眩を覚え、サムは疲労からその場に腰を落とした。
今、鴇汰がこの術を使ったのならば、マドルとの決着はついたということか。
鴇汰と麻乃はどうしているのか。
穂高とレイファーのことも気がかりだ。
この場にいるロマジェリカ兵たちもすっかり戦意を失くしたようで、大人しくジャセンベル兵たちに拘束されている。
徳丸の指示で、戦士たちとともにジャセンベル軍の待つ西浜へと連行されていった。
クロムがマルガリータを出し、サムを支えさせた。
梁瀬もサムも、もうなんの術も使えないほど疲弊しているというのに、まだ人型の式神を出せるほどとは。
底知れないクロムの力を目の当たりにして、梁瀬は本当に追いつくことができるのか、少しばかり不安を覚えた。
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