蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第102話 決着 ~麻乃 2~

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『私たちにとっては、貴女は希望だ』

『貴女は大陸に暮らす私たちの希望だ。貴女がしようとしていることは正しいのです』

 泉翔がジャセンベルと組んで大陸へ侵攻して来ると。
 大陸に暮らす人たちを救えるのは麻乃の選択次第だと。
 修治にさえ否定されたと思っていた麻乃に、マドルはそういった。

 鬱々うつうつとした思いを抱えた中で、自分が誰かを救えるのなら……。
 禁忌を犯す泉翔を止めるのは正しいと、そう思っていた。

「全部、嘘だったなんて思いもしなかったよ。うまく騙してくれたものだ」

 炎魔刀の炎を構え、右から横へ流すように斬りつける。
 手にしたロッドで防いだマドルは、ふらりと体を揺らした。

 術師も術を使うことで消耗するのは知っている。
 街のはずれで大きな術を何度も使い、ここへ来るまでも攻撃や金縛りの術を繰り出している。
 疲労しないはずがない。

 攻めどころはここだ。
 素早く刀を引き肩口で切り返すと、詰め寄る勢いのままマドルの腹部を刺した。

「――っ!」

 刺したのは麻乃のほうだったはずなのに、肩に激痛が走った。
 マドルの握った短剣が、左肩に突き立てられている。

「麻乃っ!」

 鴇汰と穂高が麻乃を呼んだ。
 刺されたことでマドルの術の効力が途絶えたのか、金縛りは解けたらしい。

「そいつは回復術が強い! とどめを刺さなければ回復されるぞ! 退け! 藤川! 俺がとどめを刺す!」

「レイファーやめろ! そこからじゃあ麻乃も危ない!」

 麻乃の位置からは見えないけれど、レイファーが攻撃しようとしているようだ。
 鴇汰が止めようとしているのを考えると、刺しに来るのか。
 マドルの両腕が力強く麻乃の背中に回った。

 退きようがない――。

 ふと顔を上げると、間近でマドルと目が合った。
 薄っすらと笑いを浮かべている。

(共倒れを望んでいるのか――)

 それもいいのかも知れない。
 こんな事態を引き起こしておきながら、マドルを倒したからといって許されるものではないだろう。
 命の一つも差し出さなければ、けじめもつきやしない。
 フッと小さくため息をつき、麻乃はそのまま目を閉じた。

「藤川! 退けと言っている!」

「――麻乃!」

 背後から鴇汰が駆けてくるのがわかる。
 最後に聞くのが鴇汰の声なら、上出来じゃあないか。

 そう思った瞬間、背中に回った腕が解かれ、肩を掴んだマドルの手が思いきり麻乃を突き飛ばした。
 転げるように倒れ、駆け寄ってきた鴇汰に抱き起こされた麻乃の目に入ったのは、背中からレイファーの剣で胸を貫かれたマドルの姿だった。

「なんで……あたしだけを……」

 マドルの唇が動き、レイファーがなにかを答えている。
 二人がなにを話しているのか、麻乃のところまでは聞こえてこない。
 数十秒、そうしていたあと、マドルの体ががくりと崩れた。

「……くっ!」

 刺された肩が焼けるように痛む。

「鴇汰、これを」

「麻乃、ちょっと痛むけど我慢できるか?」

 城門から駆けつけてきた穂高が鴇汰にタオルを差し出し、それを受けとった鴇汰が短剣に触れた。
 黙ったままうなずくと、鴇汰は短剣を手早く引き抜き、傷口をタオルで押さえた。

「ううっ……!」

「――――たまえ」

 思った以上の痛みに声をあげたのと同時に鴇汰はなにかをつぶやいた。
 直後、傷口に燃えるような熱を感じ、さらに強い痛みに襲われた。

「悪い。俺がまだ弱いせいで、痛みまで取れないらしい。もう少し我慢してくれよな」

「鴇汰……あんた術は使えないはずじゃ……」

 鴇汰は少し困ったような表情で笑うと、麻乃の頬に手をあてた。

「まあ、細かいことは気にすんな。それより……無事に戻ってきてくれて良かった」

「でも……あたしは鴇汰を刺して……」

「俺を刺したのは麻乃じゃあない。マドルだ。それに、細かいことは気にすんなって言ったろ? 修治のやつもきっとそう言うと思うぜ」

 鴇汰は立ちあがると、おもむろに両手を広げて空を仰いだ。
 そのまま胸の前で両手を合わせ、レイファーの腕の中で息絶えたマドルを見つめた。

「――悪いな。本物の蒼き月の皇子は、俺だ」

 ハッとして鴇汰をみた。
 麻乃を振り返って苦笑いをしてみせた鴇汰の瞳は、いつもの琥珀色より色濃い。
 木々を揺らす風に乗って、巫女たちの唱和が微かに聞こえてくる。

「生命の泉、神秘の森、我が手に力を。癒しの風が心と身体に流れ込み、傷を癒し給え……」

 豊穣の儀で、祠に上げる祝詞のような文言を鴇汰は口にした。

「一つ風、一つ雲、一つ雫。我らに潤いと清らかなる流れを与え給え」

 星空にいつの間にか薄く雲がかかり、ポツポツと雨粒を落とし始めた。
 風が吹き、雨粒は細かな霧雨に変わり、しっとりと体を濡らしていく。
 降り注ぐほどに傷の痛みが引いていくようだ。

 麻乃はもちろん、穂高もレイファーも、この場にいるすべての兵たちも、突然の雨に打たれたまま空を見上げた。
 おおよそで数分程度、そうしていただろうか?
 わずかな時間だったのに、傷の痛みも感じなくなり、穂高も小さな傷が癒えているといって驚いている。

 雨が上がり、雲は風に流されて消えた。
 月明かりに照らされ、合掌したままの鴇汰が揺れた。

「鴇汰――!」

「嘘……! なんで? 鴇汰? 鴇汰!」

 崩れる鴇汰を抱きとめ、穂高と二人で呼びかけても反応がない。
 穂高が鴇汰を運ぶため、周囲のジャセンベル兵に拠点へ戻る準備をさせているあいだも、麻乃は鴇汰に呼びかけ続けた。
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