蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第99話 決着 ~麻乃 1~

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 父さんと母さんにいわれた通り、左手を目一杯に伸ばした。
 指先に触れたのは、麻乃のすぐ横に膝をついた修治が帯刀している炎魔刀えんまとうごくだ。
 グッと力を込めて柄を握り、飛び起きた勢いのまま、獄を引き抜いた。

(炎魔刀が……抜けた!)

 身動きが取れないのか、立ちつくしたままの鴇汰の前に飛び出すと、鴇汰に向けて放たれたほのおごくで弾く。
 この術を繰り出したのは、マドルだ。
 目を見開いて麻乃を見つめている。

 麻乃は目の前の車を飛び越え、マドルの前に立ち、右手で炎魔刀のえんの柄を握った。
 いつもの腕の痛みは感じない。
 軽い力でするりと抜けたえんは、ごくと同じく真っ白な刀身に街灯の灯りを受けて輝いている。
 そのまま切っ先をマドルに向け、次々と放たれる術を炎魔刀で弾いた。

 炎魔刀で術を防ぐことができるなど、これまでは考えたこともない。
 それでも二刀を掲げた瞬間、鴇汰や修治たちを守るためになにをすべきか、どうすればいいのかがすべてわかった。
 弾いた術が、本来誰のものであるのかも、すべて。

「……馬鹿な! そんなやつらをなぜかばう! 貴女の血筋を一番有効に使えるのは私だと、なぜわからない! 貴女が添うべきは私だ! 蒼き月の皇子である私の……」

 ――有効に使う?
 あたしを――?

 麻乃を大陸の希望だといったその口で、まるで麻乃を道具であるかのように「使」といった。
 これがマドルの本音か。
 完全に信用していたわけではなかったけれど、こんな男の口車に乗って、泉翔の大陸侵攻などと言う馬鹿げた妄言を信じた自分が情けない。
 それに、蒼き月の皇子とは一体――。

「それは違うよ。キミは蒼き月の皇子ではない」

 聞き覚えのある声が背後から届いた。
 振り返ると、鴇汰の背後に上背のあるロマジェリカ人が立っている。
 彼に否定をされたことに納得がいかないのか、マドルは強く憤っている。

 青き月の皇子、賢者、いにしえの術、それらがなんであるか麻乃にはわからないけれど、かつてあった古い伝承のことだと言うのは理解できた。
 その詳細がどうであれ、麻乃のすべきことは一つだ。
 鴇汰を……泉翔を守る。
 それが大陸も守ることにつながるはずだから――。

 鴇汰の後ろのロマジェリカ人が放った術が、マドルの金縛りをすべて解いた。
 動けるようになった鴇汰と修治が車を飛び越え、麻乃の隣に立った。
 周囲では徳丸や巧、麻乃の隊員たちも動けるようになり、敵兵を次々に拘束している。
 マドルは慌てた様子でロッドを振り続けているけれど、その術は一つも放たれない。

「残念ながらキミの奪った術はすべて、本来の使い手である彼らに返してもらったよ」

「だったらこれでどうだ!」

 悪あがきをするように、こちらに向けていくつもの術を放ったマドルは、最後に馬を出して城のほうへ駆けていった。
 放たれた術は炎魔刀ですべて弾き飛ばす。
 受けた術は、さっきのものとは比べものにならないくらいに弱い。

「あの野郎――! 逃げやがった!」

「鴇汰さん! 僕の式神を使って! これならすぐに追いつける!」

 梁瀬が車の脇に大きな鳥の式神を出した。
 みたことのない大きさに、思わず後ずさりした。

「麻乃、追うぞ!」

 鴇汰が構えた虎吼刀を背に収めて鳥へ飛び乗ると、麻乃を振り返って手を差し出した。
 鳥が大きく羽を広げる。

 マドルを逃がすわけにはいかないけれど、今、この場の混乱も放ってはおけない。
 麻乃はどうしたらいいかわからず、修治をみた。

「行ってこい、麻乃。行ってこれだけのことをさせた落とし前を、自分できっちりつけてこい」

 修治は炎魔刀の鞘を外し、麻乃に差しだしてそう言った。
 えんを収め、ごくの鞘を受けとると、それも収めながら大きくうなずいた。

「うん。行ってくるよ……」

「こい! 麻乃!」

 鳥が羽ばたきをはじめ、浮き上がっていく。
 麻乃は差し出された鴇汰の手をしっかりつかみ、引きあげられて鳥の背にまたがった。

 暗闇の空を羽が空を切る音が響く。
 眼下に広がる中央の街は、街灯のおかげでその通りをはっきりと浮き上がらせている。
 城へ続く通りを、マドルが馬で駆けているのをみつけた。

「いやがったな。城へ逃げ込まれる前につかまえねーと……」

「鴇汰! 城門前に誰かいるよ!」

 城門の前に立ちふさがっているのは、穂高とジャセンベル人だ。
 左右の通りには、ジャセンベル兵と戦士たちが逃げ道をふさぐように控えている。
 スウッと鳥が高度を下げ、門の真正面の通りで鴇汰とともに鳥から飛び降りた。

 手綱を引いて馬から降りたマドルに、ジャセンベル人が剣を抜いて掲げた。

「この期に及んで逃げてどうなる? 決着をつけようじゃあないか。たった今、ここで……」
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