蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第95話 奪還 ~梁瀬 3~

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「車では目立ってしまうから、式神で移動しよう」

 テントを出ると、クロムはフクロウを出した。
 梁瀬もそれにならって鳥を出す。

「……またそれですか?」

 サムだけが憂鬱な声で言う。
 クロムと梁瀬を交互にみてから、サムは気怠けだるそうにクロムの後ろへ乗った。

「さあ、行こう」

 二羽の大きな鳥が羽を広げ、梁瀬たちは西浜のほうへ向かって飛び立った。
 距離はそう遠くない。
 暗闇の中、街灯の灯りを頼りに鴇汰たちを探すと、数分で眼下に姿が見えてきた。
 クロムの合図で梁瀬たちはマドルのいる通りの一本隣へ降り立った。

「もうマドルが出てきていますね……」

「うん。でも、そのほうが都合いいでしょ。クロムさん、手順はどうしますか?」

「この場所では彼の口の動きがわからない。ここから移動して、鴇汰くんたちの後ろへ回り込もう」

 三人でうなずき合い、慎重に移動した。
 ちょうど花丘の大通り入り口にある、大門の柱の陰に身を寄せた。
 この位置からだと、斜め前にマドルがみえる。

 車に隠れるように腰をおろしている鴇汰と、横たわっている麻乃の姿。
 倒れている杉山の脇で、修治が立ちあがった。

「おまえ、描くヴィジョンに麻乃は欠かせないといったな? こいつになにをさせる気だ?」

「そんなことを聞いて、一体なにになると? 正直に話せば、麻乃を渡すとでも?」

 マドルの声もハッキリと聞き取れる。
 サムをみると、サムも梁瀬をみて黙ったままうなずいた。

「――いいから答えろ!」

 修治の叫び声が響く。
 直前に一体なにがあったのか、梁瀬はここまで怒りをあらわにしている修治をみたことがない。
 杉山が倒れているのは、マドルがなにかしたからだろう。
 マドルは冥途のみやげだといって、話しを始めた。

「私はこの世界の偏りをなくしたいのですよ。すべてを消し去り、この先は私がすべてを創る……」

 マドルは一度すべての国をなくし、真っ新にしたうえで新たな国を自分の手で作るという。
 もちろん、人々をめっしては生活がとどこおる。
 だから下働きとして、一定の人数は確保するといった。

「争うばかりのものなど不要なんですよ。これからは私の血族がすべてを取り仕切るのです」

「……おまえ……まさか……」

「麻乃には私の子を……残るのは私と麻乃の血筋だけあればいい……」

 もしも残した人々が反乱を起こしたり、思うような世にならなければ、鬼神の血筋を使ってまた世界を作り直せばいいという。
 とんでもない物言いに、梁瀬は絶句した。
 きっと修治も同じで、黙ったまま立ちつくしている。

「ふざけたことを言うな! そんなことのために麻乃を使うっていうのかよ!」

 鴇汰が麻乃を庇うように後ろ手に隠し、そう叫んだ。

「ふざけたこと? 今のこの世こそふざけた状況じゃあないですか? なぜ私だけが苦しまなければならない? なぜこの島ばかりが恵まれる?」

「それはおまえたちがいつまでも土地を育むこともしないで、争ってばかりいるからだろーが! 泉翔が恵まれているとしたら、それはこの島の人たちがそれだけの努力をしているからだ!」

 マドルのロッドが鴇汰に向いた。
 射るような目つきで鴇汰を睨んでいる。
 その唇が動いた。

「――金縛りだ! 鴇汰さんが危ない!」

 梁瀬は握りしめた杖で、金縛りを解く術を繰り出そうとした。
 その手をクロムがつかむ。

「梁瀬くん、今しばらく様子をみてくれ」

「ですが――!」

 確かにマドルが金縛りを繰り出したのに、鴇汰の勢いは止まらない。

「それに……麻乃におまえの子を……? それがおまえの描くヴィジョンだっていうのか! そんなことは俺が絶対にさせねーぞ! 麻乃を物のように扱いやがって……俺はロマジェリカでのあのときから、おまえだけは絶対に許せねーんだよ!」

 そう叫んで虎吼刀を構えている。

「……効いていない? 長田は術が効きにくい?」

「そんなはずは……むしろ、鴇汰さんは術に弱い……」

「ですが、長田は以前にも私の金縛りが効かなかったんですよ?」

 サムは不満げな表情でそう言った。
 そんなはずはないと思いながら、鴇汰から目を離せずにいた。
 マドルの顔も、金縛りが効いていないことに驚いているようにみえる。

「許せなかったらなんだというのです? どれだけ抵抗したところで……無駄に足掻いたところで、どうにもならないこともあると知ればいい!」

 マドルは語気を強めてそういうと、またロッドを手に鴇汰に向けて術を放った。
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