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大切なもの
第90話 厭悪 ~サム 1~
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ふと気づいたとき、サムは自分がどこにいるのかわからなかった。
目に入ったのはエリックの顔だ。
辺りはだいぶ暗くなってきている。
「私は……ここは一体……?」
「意識が戻られましたか? ここは泉翔の中央部です」
「……そうか! 術を放ったあと、私は気を失っていたのか。あれからどのくらい時間が経っている?」
「すでに六時間は過ぎています」
「そんなに? それじゃあ、もう術は……」
「使えます。先ほどから、上将と笠原さんへ、泉翔の術師たちの手を借りて回復術を」
体を起こして初めて自分が車の後部席にいることに気づいた。
周辺は色とりどりの葉をたたえた木が、穏やかな風に揺れている。
いくつかのテントが並び、泉翔の戦士たちやジャセンベル兵が行き来をしていた。
夜に備えてか、あちこちに松明が焚かれはじめている。
「梁瀬さんも回復術を……? 状態は……?」
サムはもうなんの問題もないほど体が軽い。
最初の術を放ったときに感じた疲労感もない。
恐らく梁瀬はサムほど疲労していないとは思っても、回復術を受けているということで、僅かな不安を覚えた。
「はい、笠原さんは無事に回復されて、今はあちらのテントで泉翔の方々と打ち合わせをしています」
エリックの指さしたテントへ視線を向けると、ちょうどクロムが出てきたところだ。
車から降りてクロムのもとへと向かう。
「クロムさん」
「やあ、サムくん。疲労は抜けたかな?」
「ええ。私はもう大丈夫です。梁瀬さんは?」
「梁瀬くんも、さっき回復してね。今は中で泉翔の方々と打ち合わせをしているよ」
エリックと同じ答えにホッとため息がこぼれた。
テントを振り返ったクロムは、穏やかな笑顔を浮かべている。
「爺さま……祖父は今、どこへ?」
「ハンスさんなら、鴇汰くんや穂高くんの隊員たちと一緒に、北の浜で後処理をしてくれているよ」
「そうですか」
反同盟派の仲間たちもほとんどが一緒らしい。
暗示に掛けられた仲間たちも、どうやら無事でいるようでホッとした。
それでもやはり、多少の犠牲は出ているようだ。
それも仕方のないことだと納得していても、到底許せるものではない。
マドルへの嫌悪の感情が湧きたってくる。
「クロムさん!」
背後から大勢の人の気配と、中村の声が響いた。
長谷川やレイファー、上田も一緒だ。
「おかえり。首尾はどうかな?」
「はい! 抜かりなく。あいつもさすがに麻乃さんから離れたと思います!」
状況の理解が追いつかず、レイファーに詳細を聞くと、マドルは藤川と同調していたようだ。
あの痣の暗示は、そのおかげで解けずにいたらしい。
「それで長谷川がマドルを撃ち、どうやら藤川の干渉を外したそうだ」
「なるほど……」
あの術が藤川のための術だとは、考えてもみなかった。
それでも、マドルが藤川への干渉を解いたことで、術は通ったようで安心する。
「今までは城を拠点に立てこもっていたようだが、ヤツも回復をして出てくるだろう」
「でしょうね。ですが、これまでのように好き勝手させるわけにはいきません」
「ああ。俺たちも今はいったん退いたが、泉翔側とともに再度、一掃に出る」
レイファーにうなずいて返し、エリックを呼ぶと、反同盟派にも泉翔に従うよう指示を出した。
クロムを見ると、神妙な面持ちの上田と話しをしている。
聞き耳をたてると、どうやらマドルの意識が抜けたあと、藤川が目を覚まさないらしい。
ずいぶん長く干渉されていたようだ。
それに加えて暗示まで掛けられていたのならば、通常の人間なら精神が崩壊していてもおかしくはない。
上田もそのあたりを危惧しているようだ。
「穂高くん、麻乃ちゃんは大丈夫。このまま鴇汰くんと修治くんに任せておけばいい」
クロムの背後の森から、薄っすらと歌うような声が聞こえてきた。
独特のリズムで流れてくる歌声は、不安な思いを消し去るかのようにやけに胸の奥に沁みる。
クロムの視線がサムのほうへと向いた。
「サムくん、ロマジェリカの軍師が出てくるようだ。梁瀬くんを呼んで、私たちも向かおう」
「向かうとは……マドルのところへ、ですか?」
「もちろん」
テントの中にいる梁瀬に声をかけ、三人で隣のテントへ身を寄せた。
「彼には、キミたちの継ぐべきだった術を返してもらわなければならない」
「返してもらう……といっても、私たちにはそれがどんなものかわかりませんが……」
「術式さえもわからないのに、可能なんですか?」
サムと梁瀬の問いかけに、クロムは大きくうなずいた。
「それがどんな術なのか、私にもおおよそでしかわからない。けれど、彼は必ずそれらを使う」
「なぜそれがわかるんですか?」
「ここが、最終局面だからだ」
眉間にしわを寄せ、うつむいた梁瀬はなにを考えているのか、黙ってしまった。
「それに……返してもらうといっても、私にはその方法すらわかりませんが……」
「キミたちは、彼がその術を使った時点で、それが自分のものであるとわかるはずだ」
マドルが唱えた術式を、そのまま繰り返せばいいという。
それがサムと梁瀬に戻ると、マドルは二度とその術を使えなくなるそうだ。
あまりにも単純なことで、サムは肩透かしを食らった気分になった。
そんなことで本当に秘術をも取り戻すことが可能なんだろうか?
「彼は秘術の本当の使いかたを知らない。だから攻撃に必ず使ってくる。もともと彼の持つ自身の術で特別なものは一つだ。キミたちがそれぞれの術を返してもらうだけで、彼の武器はすべてなくなることになる。だからキミたちは、彼の唱える術に集中してくれればいい」
たとえ途切れ途切れにしか聞こえなかったとしても、耳に入った時点ですべてを理解するだろうと、クロムははっきりと言いきった。
目に入ったのはエリックの顔だ。
辺りはだいぶ暗くなってきている。
「私は……ここは一体……?」
「意識が戻られましたか? ここは泉翔の中央部です」
「……そうか! 術を放ったあと、私は気を失っていたのか。あれからどのくらい時間が経っている?」
「すでに六時間は過ぎています」
「そんなに? それじゃあ、もう術は……」
「使えます。先ほどから、上将と笠原さんへ、泉翔の術師たちの手を借りて回復術を」
体を起こして初めて自分が車の後部席にいることに気づいた。
周辺は色とりどりの葉をたたえた木が、穏やかな風に揺れている。
いくつかのテントが並び、泉翔の戦士たちやジャセンベル兵が行き来をしていた。
夜に備えてか、あちこちに松明が焚かれはじめている。
「梁瀬さんも回復術を……? 状態は……?」
サムはもうなんの問題もないほど体が軽い。
最初の術を放ったときに感じた疲労感もない。
恐らく梁瀬はサムほど疲労していないとは思っても、回復術を受けているということで、僅かな不安を覚えた。
「はい、笠原さんは無事に回復されて、今はあちらのテントで泉翔の方々と打ち合わせをしています」
エリックの指さしたテントへ視線を向けると、ちょうどクロムが出てきたところだ。
車から降りてクロムのもとへと向かう。
「クロムさん」
「やあ、サムくん。疲労は抜けたかな?」
「ええ。私はもう大丈夫です。梁瀬さんは?」
「梁瀬くんも、さっき回復してね。今は中で泉翔の方々と打ち合わせをしているよ」
エリックと同じ答えにホッとため息がこぼれた。
テントを振り返ったクロムは、穏やかな笑顔を浮かべている。
「爺さま……祖父は今、どこへ?」
「ハンスさんなら、鴇汰くんや穂高くんの隊員たちと一緒に、北の浜で後処理をしてくれているよ」
「そうですか」
反同盟派の仲間たちもほとんどが一緒らしい。
暗示に掛けられた仲間たちも、どうやら無事でいるようでホッとした。
それでもやはり、多少の犠牲は出ているようだ。
それも仕方のないことだと納得していても、到底許せるものではない。
マドルへの嫌悪の感情が湧きたってくる。
「クロムさん!」
背後から大勢の人の気配と、中村の声が響いた。
長谷川やレイファー、上田も一緒だ。
「おかえり。首尾はどうかな?」
「はい! 抜かりなく。あいつもさすがに麻乃さんから離れたと思います!」
状況の理解が追いつかず、レイファーに詳細を聞くと、マドルは藤川と同調していたようだ。
あの痣の暗示は、そのおかげで解けずにいたらしい。
「それで長谷川がマドルを撃ち、どうやら藤川の干渉を外したそうだ」
「なるほど……」
あの術が藤川のための術だとは、考えてもみなかった。
それでも、マドルが藤川への干渉を解いたことで、術は通ったようで安心する。
「今までは城を拠点に立てこもっていたようだが、ヤツも回復をして出てくるだろう」
「でしょうね。ですが、これまでのように好き勝手させるわけにはいきません」
「ああ。俺たちも今はいったん退いたが、泉翔側とともに再度、一掃に出る」
レイファーにうなずいて返し、エリックを呼ぶと、反同盟派にも泉翔に従うよう指示を出した。
クロムを見ると、神妙な面持ちの上田と話しをしている。
聞き耳をたてると、どうやらマドルの意識が抜けたあと、藤川が目を覚まさないらしい。
ずいぶん長く干渉されていたようだ。
それに加えて暗示まで掛けられていたのならば、通常の人間なら精神が崩壊していてもおかしくはない。
上田もそのあたりを危惧しているようだ。
「穂高くん、麻乃ちゃんは大丈夫。このまま鴇汰くんと修治くんに任せておけばいい」
クロムの背後の森から、薄っすらと歌うような声が聞こえてきた。
独特のリズムで流れてくる歌声は、不安な思いを消し去るかのようにやけに胸の奥に沁みる。
クロムの視線がサムのほうへと向いた。
「サムくん、ロマジェリカの軍師が出てくるようだ。梁瀬くんを呼んで、私たちも向かおう」
「向かうとは……マドルのところへ、ですか?」
「もちろん」
テントの中にいる梁瀬に声をかけ、三人で隣のテントへ身を寄せた。
「彼には、キミたちの継ぐべきだった術を返してもらわなければならない」
「返してもらう……といっても、私たちにはそれがどんなものかわかりませんが……」
「術式さえもわからないのに、可能なんですか?」
サムと梁瀬の問いかけに、クロムは大きくうなずいた。
「それがどんな術なのか、私にもおおよそでしかわからない。けれど、彼は必ずそれらを使う」
「なぜそれがわかるんですか?」
「ここが、最終局面だからだ」
眉間にしわを寄せ、うつむいた梁瀬はなにを考えているのか、黙ってしまった。
「それに……返してもらうといっても、私にはその方法すらわかりませんが……」
「キミたちは、彼がその術を使った時点で、それが自分のものであるとわかるはずだ」
マドルが唱えた術式を、そのまま繰り返せばいいという。
それがサムと梁瀬に戻ると、マドルは二度とその術を使えなくなるそうだ。
あまりにも単純なことで、サムは肩透かしを食らった気分になった。
そんなことで本当に秘術をも取り戻すことが可能なんだろうか?
「彼は秘術の本当の使いかたを知らない。だから攻撃に必ず使ってくる。もともと彼の持つ自身の術で特別なものは一つだ。キミたちがそれぞれの術を返してもらうだけで、彼の武器はすべてなくなることになる。だからキミたちは、彼の唱える術に集中してくれればいい」
たとえ途切れ途切れにしか聞こえなかったとしても、耳に入った時点ですべてを理解するだろうと、クロムははっきりと言いきった。
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