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大切なもの
第85話 計略 ~岱胡 1~
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鴇汰たちが出ていったあとも、岱胡はテントに残り、遥斗とともに城内の地図に目を向けていた。
侵入するルートはもう決めた。
戻るルートも同様だ。
ただ、実際に行動してみてどうなるかはわからない。
遥斗の勧めで戻るルートは複数の選択をした。
一番いいのは、侵入する用具入れに戻れることだけれど、不測の事態が起きたときには、城門脇の見張り台に出るルートを使う。
「この場所ならば、上田や中村が敵兵に対応しているはずだ。戦闘の最中に紛れることになるけれど……」
「それは大丈夫っス。むしろ一人きりで敵兵を相手にするより安全です」
「そうか。それならば早速、移動してくれ。おもてに野本が控えている」
「皇子はどうするんスか?」
「私はイツキさまとサツキさまを神殿までお送りするよ。いいかい? くれぐれも慎重に……皆で武運を祈っている」
皇子の言葉に岱胡は大きくうなずき、徳丸のもとへ向かった。
テントの外には、南浜から引き揚げてきた徳丸と巧の隊員たちが揃っている。
岱胡の隊員たちも何人かみえた。
修治たちが戻ってくる前には、麻乃の隊の豊浦たちと一緒に茂木もいて、砦での状況も聞けた。
今は泉の森で医療所の方々に手当てを受けているはずだ。
「岱胡、用意はいいか?」
「はい」
「よし。じゃあ行こう」
カバンをたすきに掛けライフルを肩に担ぐと、スコープを確認した。
姿をみつけたら、近づきすぎない辺りで対処したい。
撃つ場所は決めてある。
ただ、マドルがどんな状態でいるかによっては、思う場所を撃てないだろう。
花丘の脇を通り過ぎ、城へと向かうルートにはわずかに敵兵が残っていて、各部隊の隊員や予備隊が相手をしている。
襲撃を受ける前には、中央へは敵兵の一人も通さないつもりでいたけれど、蓋を開ければ、まあまあな数を通してしまった。
それは岱胡がいた南浜だけでなく、北浜も西浜も同じだった。
不甲斐ない気持ちに苛まれるけれど、やっぱりあの規模で攻めてこられては、どうにも立ち行かない。
ただ、今のところは一般の人たちに被害がないのが救いだ。
ぽつぽつと街なかに潜んでいる敵兵を倒しながら、徳丸が指をさす。
「岱胡、あれが皇子の言っていた民家の用具入れだ。手順はしっかり認識しているな?」
「はい。経路もちゃんと頭に叩き込んであります」
「よし。あそこへ侵入しようなんて野郎はいねぇだろうが、この周辺に敵兵は寄せつけない。安心して行ってこい」
「わかっています。それじゃあ、行ってきます」
日が暮れ始めた空は、薄い雲がやけに濃いオレンジ色に染まっている。
これから暗くなっていくことを考えると、城内はもうすでに暗いかもしれない。そうでなくても、隠し通路には明かりはないだろう。
用具入れの壁をコツコツと叩き、入り口を確認して侵入する。
場所が特定されないように、中に入ってすぐに扉を閉めた。
「……思ったより暗いな」
明かりをつけても問題はないだろうけれど、万が一にも通路の外へ漏れることになってはマズイ。
首に下げたスコープをつけ、夜間仕様に切り替えた。
石段を下りて先へと延びる通路を歩む。
両手を真横に目いっぱいに広げて、指先が軽く壁に触れるくらいの広さがある。
地図で見たときには、もっと狭いと思っていた。
けれど、急いで逃げようというときに、あまり狭いと進みにくい。
「そう思うと、このくらいの広さがあって当然か……」
誰にいうともなしに、一人つぶやく。
腕時計で時間を確認する。間もなく十七時になろうとしている。
どうりで暗いはずだ。
十七時半には、また術が使えるようになるとのクロムの見立てだ。
足を速めて先へと進む。
右へ左へと何度か曲がり、覚えた地図上ではそろそろ城内になるはずだ。
次の角を曲がると、石段が現れ、それを上った。
「ここから城内か……」
いくつもの分かれ道を国王さまの私室へ向かって進んだ。
私室には三つほど隠し通路への扉があって、二つは恐らくマドルがいるだろう場所に近すぎて使えない。
残る一つは、入り口脇にある振り子の大時計の裏だという。
時計自体が偽物で、動かすのはたやすいと皇子は言っていた。
目的の扉の前までたどり着き、ゆっくりと静かに深呼吸をした。
もう一度、時計を見る。
(そろそろ術も使えるころだな)
扉を引いて振り子の隙間から部屋を見渡した。
部屋の奥にある国王さまの椅子に腰をおろし、ひじ掛けに頬杖をついたまま、目を閉じている。
一瞬、眠っているのかと思ったけれど、そうではないようだ。
きっと、麻乃を動かすのに集中しているんだろう。
明かりもつけないまま、人払いでもしているのか、このあたりには人の気配もない。
(偉そうに……そうやってふんぞり返っていられるのも今のうちだけだ)
一旦、扉を閉めて通路で待った。
マドルの位置は、ほぼ正面で、あのポーズなら、岱胡が思った場所を撃てる。
きっと動くこともないだろう。
逸る気持ちをゆっくりと深呼吸しながら収め、タイミングを待った。
侵入するルートはもう決めた。
戻るルートも同様だ。
ただ、実際に行動してみてどうなるかはわからない。
遥斗の勧めで戻るルートは複数の選択をした。
一番いいのは、侵入する用具入れに戻れることだけれど、不測の事態が起きたときには、城門脇の見張り台に出るルートを使う。
「この場所ならば、上田や中村が敵兵に対応しているはずだ。戦闘の最中に紛れることになるけれど……」
「それは大丈夫っス。むしろ一人きりで敵兵を相手にするより安全です」
「そうか。それならば早速、移動してくれ。おもてに野本が控えている」
「皇子はどうするんスか?」
「私はイツキさまとサツキさまを神殿までお送りするよ。いいかい? くれぐれも慎重に……皆で武運を祈っている」
皇子の言葉に岱胡は大きくうなずき、徳丸のもとへ向かった。
テントの外には、南浜から引き揚げてきた徳丸と巧の隊員たちが揃っている。
岱胡の隊員たちも何人かみえた。
修治たちが戻ってくる前には、麻乃の隊の豊浦たちと一緒に茂木もいて、砦での状況も聞けた。
今は泉の森で医療所の方々に手当てを受けているはずだ。
「岱胡、用意はいいか?」
「はい」
「よし。じゃあ行こう」
カバンをたすきに掛けライフルを肩に担ぐと、スコープを確認した。
姿をみつけたら、近づきすぎない辺りで対処したい。
撃つ場所は決めてある。
ただ、マドルがどんな状態でいるかによっては、思う場所を撃てないだろう。
花丘の脇を通り過ぎ、城へと向かうルートにはわずかに敵兵が残っていて、各部隊の隊員や予備隊が相手をしている。
襲撃を受ける前には、中央へは敵兵の一人も通さないつもりでいたけれど、蓋を開ければ、まあまあな数を通してしまった。
それは岱胡がいた南浜だけでなく、北浜も西浜も同じだった。
不甲斐ない気持ちに苛まれるけれど、やっぱりあの規模で攻めてこられては、どうにも立ち行かない。
ただ、今のところは一般の人たちに被害がないのが救いだ。
ぽつぽつと街なかに潜んでいる敵兵を倒しながら、徳丸が指をさす。
「岱胡、あれが皇子の言っていた民家の用具入れだ。手順はしっかり認識しているな?」
「はい。経路もちゃんと頭に叩き込んであります」
「よし。あそこへ侵入しようなんて野郎はいねぇだろうが、この周辺に敵兵は寄せつけない。安心して行ってこい」
「わかっています。それじゃあ、行ってきます」
日が暮れ始めた空は、薄い雲がやけに濃いオレンジ色に染まっている。
これから暗くなっていくことを考えると、城内はもうすでに暗いかもしれない。そうでなくても、隠し通路には明かりはないだろう。
用具入れの壁をコツコツと叩き、入り口を確認して侵入する。
場所が特定されないように、中に入ってすぐに扉を閉めた。
「……思ったより暗いな」
明かりをつけても問題はないだろうけれど、万が一にも通路の外へ漏れることになってはマズイ。
首に下げたスコープをつけ、夜間仕様に切り替えた。
石段を下りて先へと延びる通路を歩む。
両手を真横に目いっぱいに広げて、指先が軽く壁に触れるくらいの広さがある。
地図で見たときには、もっと狭いと思っていた。
けれど、急いで逃げようというときに、あまり狭いと進みにくい。
「そう思うと、このくらいの広さがあって当然か……」
誰にいうともなしに、一人つぶやく。
腕時計で時間を確認する。間もなく十七時になろうとしている。
どうりで暗いはずだ。
十七時半には、また術が使えるようになるとのクロムの見立てだ。
足を速めて先へと進む。
右へ左へと何度か曲がり、覚えた地図上ではそろそろ城内になるはずだ。
次の角を曲がると、石段が現れ、それを上った。
「ここから城内か……」
いくつもの分かれ道を国王さまの私室へ向かって進んだ。
私室には三つほど隠し通路への扉があって、二つは恐らくマドルがいるだろう場所に近すぎて使えない。
残る一つは、入り口脇にある振り子の大時計の裏だという。
時計自体が偽物で、動かすのはたやすいと皇子は言っていた。
目的の扉の前までたどり着き、ゆっくりと静かに深呼吸をした。
もう一度、時計を見る。
(そろそろ術も使えるころだな)
扉を引いて振り子の隙間から部屋を見渡した。
部屋の奥にある国王さまの椅子に腰をおろし、ひじ掛けに頬杖をついたまま、目を閉じている。
一瞬、眠っているのかと思ったけれど、そうではないようだ。
きっと、麻乃を動かすのに集中しているんだろう。
明かりもつけないまま、人払いでもしているのか、このあたりには人の気配もない。
(偉そうに……そうやってふんぞり返っていられるのも今のうちだけだ)
一旦、扉を閉めて通路で待った。
マドルの位置は、ほぼ正面で、あのポーズなら、岱胡が思った場所を撃てる。
きっと動くこともないだろう。
逸る気持ちをゆっくりと深呼吸しながら収め、タイミングを待った。
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