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大切なもの
第82話 計略 ~鴇汰 1~
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クロムを中心にテントの簡易机を囲んだ。
おもてでざわめきが聞こえ、穂高と巧、レイファーが加賀野の案内でテント内に入ってきた。
加賀野と尾形だけが、中央にまだ潜んでいるかもしれない敵兵をさらうため、指揮に出るといって席を外した。
今、テント内にいるのはクロムと蓮華の七人のほかに、高田とレイファーだけだ。
現状でマドルが麻乃の中にいることは確定している。
それを踏まえたうえで、クロムたちが放った術は効いていないと想定して話しを進めるといった。
「本来であれば、あの術で解けるはずの暗示は、やつが麻乃の中にいたことで解けていないと考えて間違いはないだろう」
「やっぱり……術を放つタイミングに、もっと慎重になるべきだったのかもしれない」
梁瀬が沈痛な面持ちでうつむいてつぶやいた。
「いや。あの術はあのタイミングで間違いはなかったよ」
「クロムのいうとおりだ。どんなに慎重になったとしても、やつが同調しているかどうかまで確認のしようはなかったのだからな」
クロムと高田はそういってうなずき合っている。
「それに、さっきも言ったけれど、あの術はまだ生きているはずだからね」
「なんでそれがわかるのよ? それに生きてるったって確認のしようもないんじゃねーのか?」
「それはあの術が紅き華のためにあるからなのですよ」
鴇汰が口をはさんだとき、背後から声が聞こえて驚いて振り返った。
「イツキさま……サツキさままで……」
テントの入り口に、巫女のイツキとサツキが立っていた。
徳丸が折り畳みの簡易椅子を広げてイツキにすすめた。
サツキはともかく、イツキはシタラやカサネ同様、高齢だ。
立ったままで話しを進めるのは酷だろう。
「紅き華のため……ということは、現時点では麻乃のため、ということですか?」
修治が問う。
それにうなずいたイツキの説明によると、まだ大陸と一つだったころから伝わる伝承の中でも、何度か紅き華への干渉が窺える表記があり、いつのころにか、賢者たちと泉翔の巫女たちの手でそれを解く術が生み出されたそうだ。
それが今まで密やかに伝わって残っているという。
にわかには信じがたい話しだ。
「ですが、この泉翔では大陸と離れてからの伝承しか残っていないはずでは……?」
徳丸も同じ思いなのか、イツキにそう問いかけた。
その横で岱胡もうなずいている。
「表に出している伝承がすべてではないのですよ」
「文献などの保管庫に出していない伝承もあるということですか?」
「ええ……古すぎて多数の手には触れさせにくいものや、表記の薄れたもの、ほかには巫女のみに伝わる口伝《くでん》もあるのです」
「口伝……」
泉翔が大陸から離れてからは、紅き華は一度も生まれていない。
なぜかその血筋に生まれてくるのは男ばかりで、そのほとんどは目覚めても防衛のために注力するにとどまった。
けれど一度だけ、国が誤った方向へ流れそうになり、恐ろしい力を見せつけたことも……。
「それらはやがて『鬼神』と呼ばれることとなり、皆の目にする文献として現存しています」
「確かに、僕たちが読んだ鬼神の文献はそれです」
「大陸と交わることもなく、このまま紅き華の伝承は風化して消えてゆくものだと、私たちは認識していたのですが……」
「しばらくのあいだ、鬼神の血筋からも能力の出るものはなく、私たちも忘れかけていたころ、その血筋から女の子が生まれてきたのです」
イツキとサツキの語り口調は穏やかで、妙に鴇汰の胸に沁みた。
麻乃の父親は、早い段階で麻乃がその能力を持っていることに気づき、思い悩んでいたという。
「――確かに、当時の隆紀はひどく神経質になっていた。麻美ともそれで良く揉めていたな」
高田が当時を思い出すようにつぶやき、一人うなずいている。
「鬼神の血筋として口伝があったのでしょう。麻乃が生まれてから、隆紀は頻繁にシタラさまのところへ通ってきましたから」
シタラの助言もあって、麻乃を巫女の道へ進ませることが決まりかけていた。
ただ、それが決定する前に両親ともに麻乃の目の前で命を失う事態となり、しかも麻乃は一時的に目覚めてしまった。
それでも泉翔から出ることのない身であれば、そう心配することもないのかとシタラは考えていたという。
早いうちに巫女の道へ進ませ、落ち着いたころに覚醒を促せば問題はなかろう、と。
ところが麻乃は意に反して戦士を目指し、自らを鍛えることのみに没頭するようになってしまった。
鴇汰はそっと修治の横顔をみた。その表情は険しい。
きっとこれは大人たちの中で決まっただろう話しで、修治はなにも知らなかったに違いない。
ともに戦士を目指して鍛え続けてきた相手に、こんな事情があったなどと、修治でなくても思いもしないだろう。
麻乃が覚醒しかけたときにも、一番近くにいて生き残ったのは修治だけだ。
きっと今、鴇汰が思う以上に事態の重みを感じているはずだ。
一番、思い悩んでいるのも――。
「この出来事がある前の年に、ロマジェリカから諜報の伝手を頼って泉翔へ大勢のロマジェリカ人が移ってきました」
イツキの目がクロムをみてほほ笑む。
「麻乃の存在は賢者さまの目にもとまることとなり、私たちは協力していざというときの術の準備を進めてまいりました」
「――叔父貴が賢者?」
鴇汰は驚いてクロムとイツキを交互にみた。
おもてでざわめきが聞こえ、穂高と巧、レイファーが加賀野の案内でテント内に入ってきた。
加賀野と尾形だけが、中央にまだ潜んでいるかもしれない敵兵をさらうため、指揮に出るといって席を外した。
今、テント内にいるのはクロムと蓮華の七人のほかに、高田とレイファーだけだ。
現状でマドルが麻乃の中にいることは確定している。
それを踏まえたうえで、クロムたちが放った術は効いていないと想定して話しを進めるといった。
「本来であれば、あの術で解けるはずの暗示は、やつが麻乃の中にいたことで解けていないと考えて間違いはないだろう」
「やっぱり……術を放つタイミングに、もっと慎重になるべきだったのかもしれない」
梁瀬が沈痛な面持ちでうつむいてつぶやいた。
「いや。あの術はあのタイミングで間違いはなかったよ」
「クロムのいうとおりだ。どんなに慎重になったとしても、やつが同調しているかどうかまで確認のしようはなかったのだからな」
クロムと高田はそういってうなずき合っている。
「それに、さっきも言ったけれど、あの術はまだ生きているはずだからね」
「なんでそれがわかるのよ? それに生きてるったって確認のしようもないんじゃねーのか?」
「それはあの術が紅き華のためにあるからなのですよ」
鴇汰が口をはさんだとき、背後から声が聞こえて驚いて振り返った。
「イツキさま……サツキさままで……」
テントの入り口に、巫女のイツキとサツキが立っていた。
徳丸が折り畳みの簡易椅子を広げてイツキにすすめた。
サツキはともかく、イツキはシタラやカサネ同様、高齢だ。
立ったままで話しを進めるのは酷だろう。
「紅き華のため……ということは、現時点では麻乃のため、ということですか?」
修治が問う。
それにうなずいたイツキの説明によると、まだ大陸と一つだったころから伝わる伝承の中でも、何度か紅き華への干渉が窺える表記があり、いつのころにか、賢者たちと泉翔の巫女たちの手でそれを解く術が生み出されたそうだ。
それが今まで密やかに伝わって残っているという。
にわかには信じがたい話しだ。
「ですが、この泉翔では大陸と離れてからの伝承しか残っていないはずでは……?」
徳丸も同じ思いなのか、イツキにそう問いかけた。
その横で岱胡もうなずいている。
「表に出している伝承がすべてではないのですよ」
「文献などの保管庫に出していない伝承もあるということですか?」
「ええ……古すぎて多数の手には触れさせにくいものや、表記の薄れたもの、ほかには巫女のみに伝わる口伝《くでん》もあるのです」
「口伝……」
泉翔が大陸から離れてからは、紅き華は一度も生まれていない。
なぜかその血筋に生まれてくるのは男ばかりで、そのほとんどは目覚めても防衛のために注力するにとどまった。
けれど一度だけ、国が誤った方向へ流れそうになり、恐ろしい力を見せつけたことも……。
「それらはやがて『鬼神』と呼ばれることとなり、皆の目にする文献として現存しています」
「確かに、僕たちが読んだ鬼神の文献はそれです」
「大陸と交わることもなく、このまま紅き華の伝承は風化して消えてゆくものだと、私たちは認識していたのですが……」
「しばらくのあいだ、鬼神の血筋からも能力の出るものはなく、私たちも忘れかけていたころ、その血筋から女の子が生まれてきたのです」
イツキとサツキの語り口調は穏やかで、妙に鴇汰の胸に沁みた。
麻乃の父親は、早い段階で麻乃がその能力を持っていることに気づき、思い悩んでいたという。
「――確かに、当時の隆紀はひどく神経質になっていた。麻美ともそれで良く揉めていたな」
高田が当時を思い出すようにつぶやき、一人うなずいている。
「鬼神の血筋として口伝があったのでしょう。麻乃が生まれてから、隆紀は頻繁にシタラさまのところへ通ってきましたから」
シタラの助言もあって、麻乃を巫女の道へ進ませることが決まりかけていた。
ただ、それが決定する前に両親ともに麻乃の目の前で命を失う事態となり、しかも麻乃は一時的に目覚めてしまった。
それでも泉翔から出ることのない身であれば、そう心配することもないのかとシタラは考えていたという。
早いうちに巫女の道へ進ませ、落ち着いたころに覚醒を促せば問題はなかろう、と。
ところが麻乃は意に反して戦士を目指し、自らを鍛えることのみに没頭するようになってしまった。
鴇汰はそっと修治の横顔をみた。その表情は険しい。
きっとこれは大人たちの中で決まっただろう話しで、修治はなにも知らなかったに違いない。
ともに戦士を目指して鍛え続けてきた相手に、こんな事情があったなどと、修治でなくても思いもしないだろう。
麻乃が覚醒しかけたときにも、一番近くにいて生き残ったのは修治だけだ。
きっと今、鴇汰が思う以上に事態の重みを感じているはずだ。
一番、思い悩んでいるのも――。
「この出来事がある前の年に、ロマジェリカから諜報の伝手を頼って泉翔へ大勢のロマジェリカ人が移ってきました」
イツキの目がクロムをみてほほ笑む。
「麻乃の存在は賢者さまの目にもとまることとなり、私たちは協力していざというときの術の準備を進めてまいりました」
「――叔父貴が賢者?」
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