蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第81話 集結 ~鴇汰 1~

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 中央へ入り、修治の指示でクリフは泉の森に沿って車を走らせている。
 後ろにはジャセンベル兵を乗せた車が連なっていた。
 湖畔に連なるテントが見え、その前には元蓮華の加賀野をはじめ、徳丸や岱胡の姿もあった。

「修治さん! 鴇汰さん!」

 気づいた岱胡が手招きをしている。
 誰もジャセンベル軍を意識していないようなのは、もうすでに伝令が回っているからだろうか。
 クリフはテントの手前で車を止め、後ろの車へも止まるよう合図を出した。

「加賀野さん、遅くなりました」

 修治が車から降り、加賀野のもとへ向かう後を鴇汰は梁瀬と一緒に追った。
 小坂と洸も駆けてくる。

「おまえたち……その姿はどうした!」

 そう問われ、改めて自分たちの姿をみると、斬られて服のあちこちは裂けているうえに血まみれだ。
 パッとみれば大けがを負っているように感じるだろう。
 テントの陰にいた高田と尾形も顔を出し、その表情を曇らせた。

「洸……おまえ今まで一体どこに……ずっと修治たちと一緒だったのか?」

「その傷は藤川か――すぐに手当てを――」

「いえ、傷はもうありません。大丈夫です」

 テントから薬箱をもって飛び出してきた岱胡が、まず修治の傷をみようとして手を止めた。

「傷がない……」

「なんだと? そいつは一体どういうこった?」

 徳丸が梁瀬の顔を見た。
 その背後では洸が高田に懇々と説教をされている。

「うん……回復術で治したらしいんだ」

「な……らしいってのはなんだ? 梁瀬が治したんじゃあねぇのか?」

「鴇汰さんが回復術を……」

「鴇汰? おまえ術はてんで駄目だったはずじゃあ……」

 徳丸が驚いた顔で鴇汰をみた。
 岱胡も言葉を失ったまま、薬箱を抱えて立ちつくしている。

「まあな。今までは……そんなに気にすることじゃあねーよ」

「それよりトクさん、今の状況はどうなっているんですか? 麻乃のやつはまだ中央へは来ていませんよね?」

「あ……ああ、藤川はまだ上がってきていない」

 修治の問いかけにハッと我に返った様子の加賀野が答えた。
 今は街のあちこちで同盟三国と交戦中で、麻乃が来ればすぐに連絡が入るはずだという。
 それがないのは、まだたどり着いていないからだ。

「上田と中村はそれぞれジャセンベルを率いて、敵兵の一掃に出ている。だいぶ喧噪も静まってきているからな。まもなく戻るだろう」

「加賀野さん、俺の叔父貴……たぶんここへ顔を出すと思うんですが、なにか聞いていませんか?」

「ああ。暗示を解く術とやらが放たれる前に、一度ここへ式神を寄越した」

 加賀野の話しでは、岱胡になにかさせるつもりでいるらしく、ついさっき、この泉の森へやってきたという。

「やっぱり……なんか企んでいやがるな……それで、今はどこにいるんですか?」

「ああ、皇子と一緒に神殿へ向かった。イツキさまにお会いになるそうだ」

「イツキさまに? 一体なにをするつもりなんだ……?」

 鴇汰の言葉に加賀野が思いだしたように答えた。

「長谷川にロマジェリカの軍師を撃つよう頼んでいたぞ」

「マドルの野郎を?」

 うっすらとわかった気がする。
 麻乃の中に潜んでいる……いや、今は麻乃になり替わっているマドルを追い出すつもりなんだろう。
 鴇汰が刺されたとき、式神がそばにいた。
 クロムも麻乃の中にマドルがいると気づいたのか。
 岱胡を使ってマドルを撃つつもりでいるんだとしたら、その場に麻乃がいるのは好ましくない状況に違いない。

『麻乃ちゃんより早く中央へ着かなければ駄目だ』

 そう言ったのは、麻乃が中央へ入るのを阻めということだろうか。
 修治をみると、高田と尾形にこれまでの経緯と現状を説明しているようだ。
 梁瀬は鴇汰の隣で難しい顔をして、一人なにかを考え込んでいる。

「西浜へのルート前で麻乃を捕まえないと……」

「その前に、まずは手順を確認してほしいね」

 ハッとして振り返ると、いつの間に戻ってきたのかクロムの姿があった。
 皇子のほかに鴇汰の隊員の中川と一緒だ。

「叔父貴!」

「その様子だと痛みは引いたのか?」

「まだいてーよ! それよりこれから何をするつもりなんだよ? 岱胡にマドルの野郎を撃たせるって?」

 クロムに気づいた高田たちも隣にやってきた。

「クロム、こっちの準備は整っている。そっちも抜かりないな?」

「大丈夫。それより高田、麻乃ちゃんはまだだな?」

「ああ。おそらく馬を使っているだろうとのことだ。ここへ着くのは陽が落ちるころになるだろう」

「そうか……タイミングとしてはちょうどいいな。そのころには術も使えるようになるだろう」

 クロムと高田が話しをしているところに、梁瀬が割って入った。

「麻乃さんの中からあいつを追い出したとして、僕たちが放った術は効かなかったということですよね? またあの術を使うんですか?」

 そうだ。
 梁瀬はその術でだいぶ疲労していた。
 もう一度、同じ術を使えるんだろうか?

「ちゃんと確認してみないとなんとも言えないんだけれど、術はちゃんと生きているはずだ」

「……術が生きている? それは本当ですか!」

「もちろん。ところでサムくんはまだ眠っているのかな?」

「ええ、まだ。起こしますか?」

 クロムの問いに徳丸が答えた。

「そうか……それじゃあ、時間まで眠らせておいてあげよう。まずは今のうちに、手順の確認をしなければ」

 クロムの呼びかけで、全員がテントに集まった。
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