蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第78話 集結 ~巧 1~

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 あと十数分もすれば中央へたどり着くというあたりで、突然、中央から強風が吹き抜けていった。
 薄っすらと鈴の音が聞こえたような気がして、巧は思わず後ろを振り返った。

「今のは……ヤッちゃんの言っていた術なのかしら」

 だとすると、これで麻乃の暗示も解ける。そうなると状況は大きく変わるはずだ。
 中央へ進軍している敵兵は、城へ追い込む手はずになっていると聞いた。
 そのあとの手順を確認するには、やはり加賀野のところへ向かうのが先だろう。
 ピーターに細かな指示を出しつつ、後方に連なる車へ合図を送った。
 すぐ後ろの車から、古市が叫ぶ。

「中村隊長! 加賀野さんは恐らく泉の森で待機しているはずです! まずは泉の森へ!」

「わかった! 後方にもその指示を出してちょうだい!」

 このまま進めば城付近を通ることなく泉の森へと向かうことができるけれど、念のために花丘の裏にある森を回り込んで向かうことにした。
 今度は浜のほうから突風が吹き抜け、あまりの風の強さに車体が揺れて驚いた。

「今のも術か?」

「多分ね。確かこの術のあと、一定の時間は術が使えなくなるって言ってたわね」

「本当か? そうなるとレイファーさまとも連絡が取れなくなるな……それに迂闊に怪我を負えなくなる……」

「そうね。これまで以上に慎重にならざるを得ないわね。レイファーのほうは、行き先は穂高にも伝えてあるし連絡が取れなくても問題はないでしょう」

 山沿いのカーブを抜け、しばらく行くと街の入り口がみえてきた。

「このまま左手に曲がると歓楽街があるの。その大通りを抜けて森に沿って走ってちょうだい」

「わかった」

 通りすぎてゆく街なかのあちこちで、交戦が始まっているのがみえた。
 すぐにでも助けに入りたいところだけれど、それなりの大所帯がいきなり向かえば、大混乱になるのが目に見える。
 焦れる気持ちを鎮めて泉の森へと進んだ。

 やがて泉のほとりにテントがいくつか設置されているのが見えてきた。
 後方に指示を出して車を止めると、ピーターを伴ってテントへ走り、真ん中のテントの前に立つ加賀野に呼びかけた。

「加賀野さん!」

「――中村か! おまえもジャセンベルと一緒か」

「私も、って……」

「少し前に上田が戻った。ジャセンベルの軍将と一緒で驚いたぞ」

「そうですか……彼らは今、どこへ……」

 加賀野の話しでは、これ以上の進軍はないだろうことから、まずは中央へ入り込んだ敵兵の一掃に出たそうだ。
 襲撃を受ける前には城へ集める予定だったけれど、ジャセンベルと反同盟派が来たことで状況が変わったと判断したという。

「現時点で城を占拠している兵以外は、倒して捕らえることにした」

「では、私たちも……」

「そうしてくれ。それから今、術が使えないらしいのは把握しているな?」

「はい」

「負傷するなとは言えんが、慎重に行け。それから城へはまだ手を出すな」

 術の効力が切れるまでは、城に限っては敵兵が動かない限りは現状のままでおくという。
 どうやら術の効果が切れたあとに行う作戦があるらしい。

「それまでに街なかの敵兵をすべて引かせたい。さっきの術が通ったということは、数時間のうちに笠原も戻るだろう。それまでにある程度はこの場を収めておきたい」

「わかりました。捕らえた敵兵の処遇はどのように?」

「浜へ戻すよう頼む。ジャセンベルの軍将の申し出だ。やつらはまず東側へ向かった」

 巧はうなずいて振り返ると、後ろに控えている相原たちに指示を出した。

「聞いていたわね? 相原、古市は南浜側を、吹田すいた栗橋くりはしは北浜側を、さっき作った小隊ですぐに向かってちょうだい。私は西浜側へ向かう」

「わかりました」

 すばやく手はずを整えて駆けていく隊員たちを見送ってから、巧はもう一度、加賀野に状況を詳しく聞き直した。
 どうやら麻乃の中にマドルの意識が入り込んでいて、それがさっきの術を邪魔しているという。

「それじゃあ……麻乃の暗示は解けないっていうことですか!」

 巧が愕然として聞き返すと、加賀野は渋い顔をしてみせた。

「術のことは俺にも良くはわからん。だがしかし、長田の叔父の話しでは、どうやら対処法があるようだ」

「クロムさんがここへ来たんですか?」

「いや、来たのは式神らしい。見た目は人そのものだったが。それよりおまえも彼を知っているのか?」

「ええ、私たちはクロムさんの手があって無事でいられたようなものです」

「そうか……彼もしばらくするとここへ来る。どうやらその対処法に長谷川の手を借りるようだ」

「岱胡の?」

 術の効力が切れたあと、岱胡がマドルを撃つという。
 そのために城への侵入ルートを覚えている最中らしい。

「詳しい説明は彼が来てからになる。これもまだ数時間は先だ」

「わかりました。ありがとうございます。では、私はこのまま西側へ向かいます」

「長谷川に会っていかないのか」

「侵入ルートを覚えている最中なら、顔を出して気を削がせてもいけませんから。まずは敵兵を一掃し、すぐに戻ります。顔を見せるのはそれからで十分です」

「そうか。西側のことは頼んだ。気をつけていけ」

 そう言う加賀野にうなずいてみせると、ピーターを促して街へと走った。
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