蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
627 / 780
大切なもの

第77話 干渉 ~徳丸 1~

しおりを挟む
 サムのところへ梁瀬の隊員たちを送り、回復を任せてから徳丸は浜へと戻ってきた。
 庸儀の兵たちは最初のうちは激しい抵抗をしていたけれど、ジャセンベル軍の介入が始まったとたん、驚くほどおとなしくなった。

 サムが庸儀は士官クラスが多く残っているといっていた。ジャセンベルを相手に無理をして傷つき命を落とすことを危ぶんだのだろうか。
 多くの兵が捕らえられ、ジャセンベルの船で拘束されている。

 徳丸はケインと一緒に反同盟派とジャセンベル兵を数部隊に振り分けると、隊員の高山たかやま入江いりえ山本やまもとに率いさせてルートへと送り出した。

「途中、進軍している庸儀を見つけたら、速やかに拘束して浜へ戻すように」

 ケインがジャセンベル兵にそう指示を出している。

「浜の処理が落ち着いたら、海老原えびはら松浦まつうらにも中央へ向かわせる。庸儀を捕えたら高山と入江は浜へ戻り、残った反同盟派とジャセンベル軍とともに庸儀の監視を頼む」

「わかりました」

花岡はなおか、手間をかけるが、おまえはこのまま南浜に残り、残った隊員や反同盟派とジャセンベル軍の取りまとめをしてやってくれ」

「はい」

 反同盟派とジャセンベル兵だけを残していくわけにはいかない。
 それは信用していないからではなく、慣れない泉翔で彼らが戸惑わないようにだ。
 巧がすでに中央へ向かっているようだから、六番の隊員たちを先に中央へ向かわせるようにして、徳丸は自分の隊員たちを残すことにした。

 先へ進んだ部隊がやがて少しずつ庸儀の兵を捕らえて戻ってくる。
 ジャセンベルの船に収容していくのを眺めていると、岱胡からテントウムシの式神が届いた。
 メモに姿を変え、それに目を通す。

「庸儀の兵が山に入り込んでいるだと? 一体どういうことなんだ?」

「野本、それは一体なんなんだ?」

 ケインが不思議なものをみる目つきで問いかけてきた。

「式神だが、これがどうかしたのか?」

「紙になったぞ?」

「ああ。泉翔じゃあ連絡手段に使っているよくある式神だ」

「手紙を飛ばすのか! そんなもの、初めて見たな」

 驚きを隠せない様子でケインがつぶやいた。
 そう言えば梁瀬がクロムやハンスに執拗に教わっていたのが、式神の使いかただった。
 どうやら泉翔と大陸では、その使いかたに大きな違いがあるようだとそのときに知ったけれど、ケインのほうは今、目の当たりにして驚いたんだろう。

「俺たちからしてみれば、喋って聞き取る式神のほうが驚きだったがな」

「……なるほど。これはなかなかに興味深い」

 しきりに感心している姿に、徳丸が思わず苦笑したとき、中央から強い風が吹き抜けた。
 鈴の音と巫女の唱和が薄っすらと聞こえた気がする。
 それはケインも同じだったようで、警戒をあらわにして周辺を見渡している。

「これがサムの言っていた術ならば、もう一度、強風が吹いたあとに術が使えなくなるはずだ」

「ここからは戦闘になっても迂闊に負傷できないということだな」

「それが通り次第、俺はサムを迎えに行ってくる。戻ったらすぐに中央へ向かえるよう準備を頼む」

 ケインがうなずくよりも早く、海から中央へ向かって強い風が吹き抜けていった。
 戦艦が大きく揺れて兵たちがざわめく。それを静めるのをケインに任せ、徳丸は丘へ走った。

 サムの部下たちが腰をおろして取り囲んでいる真ん中で、横たわっているサムは意識がないようだ。

「様子はどうだ?」

「疲労だと思われるのですが……試してはみたのですが、やはり術が使えず回復できません」

「そうか。まあ、仕方ねぇだろう。手間をかけるが背負わせてくれ。俺が車へ運ぼう。あんたたちはこのあとの指示を受けているのか?」

「はい。私とダニエルはここで後処理の手伝いを。ルイとエリックは上将が中央へ連れていくとおっしゃっていました」

「わかった。当分のあいだ術が使えねえようだが、手に余ることがあればうちの隊員に言ってくれりゃあ大概は対応できるはずだ」

 クリストフがうなずいたのを確認して丘をおりた。
 下では既にケインが車の準備を済ませて待っている。
 早足で車に向かいながら、徳丸は西浜のことを考えた。梁瀬の疲労はもとより、修治や鴇汰はどうしているか。
 麻乃との対峙をなんとかしのぎ、この術で局面が変わることを祈るばかりだ。

「待たせてすまない」

「中央部へ向かう部隊は揃った。しかしこの先のルートが我々では不確かだ。先導を頼む」

 ケインの言葉にうなずくと背負ったサムを車の後部席に寝かせ、徳丸は運転席に乗り込んだ。

「花岡、さっき岱胡のやつから式神が届いた。どうやら庸儀の兵がルートを逸れて山に入っているらしい」

「山、ですか……なんだってそんなところに……」

「すまないが、こっちが落ち着いら数部隊で様子を見に行ってくれ」

「わかりました。なにかあれば、誰かを直接中央へ向かわせます」

「頼む」

 後ろに並ぶジャセンベル軍の車に声をかけると、徳丸は最初からアクセルを踏み込み、スピードを出して車を走らせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...