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大切なもの
第75話 干渉 ~サム 1~
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頬にひんやりと柔らかいものが触れた。
ハッと目を開いて、意識を失っていたことに気づく。
「上将、大丈夫ですか?」
反同盟派の側近でもあるダニエルが心配そうにサムをのぞき込んでいる。
「ああ。かなり疲労感は残っているけれど……私はどのくらいのあいだ気を失っていた?」
「そう長くは……三十分ほど経ったでしょうか」
「そうか……すまないが早急に回復術を使えるものをここへ集めてくれ。次の術を使う前に、少しでも回復しておきたい」
「わかりました。すぐに」
丘を駆け下りていくダニエルと入れ違いに野本が戻ってきた。
五人ほど伴ってきたのが梁瀬の部下らしい。
彼らはすぐに回復術を施してくれたけれど、ここへ来る前に戦闘で力を使ったといい、思うほどの回復はできなかった。
「すまないな。僅かではあるが、このあとまだほかの仲間たちもここへ来る。人数がいれば、それなりの回復はできるだろう」
「ご心配には及びません。私のほうでも回復術を使える仲間たちを集めています。少しでも手を貸していただけたこと、感謝します」
梁瀬の隊員たちが申し訳なさそうにしているのに、サムはそう答えると、座り込んだまま野本を見あげた。
「北の浜はどのような状況です? 暗示は……」
「ああ。通常の暗示は解けたようだ。ただ、やはりそれでも進軍を諦めない兵たちもいるそうだ」
「……そうですか。ロマジェリカの軍師に甘言で釣られてしまったんでしょう。致しかたありません」
「とりあえずは、どの浜でも小隊を作ってジャセンベル軍と一緒に中央へ送り出している。ジャセンベルであれば抵抗されても大きな被害を出さずに拘束できるだろうからな」
この南浜にジャセンベル軍を率いてきた、レイファーの側近であるケインと野本の隊員を引き合わせ、中央への進軍についてあれこれ決めてきたという。
その際に、北の浜にいる中村と連絡を取り合い、抵抗するヘイト軍への対応も聞いてきたそうだ。
長谷川を中央部へ送り出したときもそうだったけれど、野本はなかなか判断も決断も早い。
迷っている場合ではないとわかっていても、思いきれないことのほうが多いはずなのに。
「俺はこのあと、あんたが術を使ってから中央へ向かう手はずを整えるが、あんたはどうする? このままここへ残るのか? 最後の決着をその目で確認するのか?」
「……もちろん、この目で」
「わかった。こっちもそのつもりで準備をする。頃合いをみてここへ迎えにこよう」
「梁瀬さんからなにか連絡は?」
「いや。あいつもあんた同様、疲弊しているだろう。連絡のすべてをジャセンベルに任せているようだからな」
やはり梁瀬も疲れは出ているようだ。
それでも、サムのように意識まで失ってはいないだろう。
三人のうち一番若いだけではなく、一番劣っているだろうという自覚はある。
それでもたった今、この術を無事に扱えたことに満足感と充実感を覚えた。
次々に集まってくる仲間の術師と梁瀬の隊員たちに回復を施されながら、もう一つの術式が書かれたメモを手に何度も頭に叩き込んだ。
次の術こそ失敗は許されない。
今の自分自身の状態を考えると、さらにひどい消耗があるだろう。
だからこそ、今のうちにできるかぎり万全に近い状態まで回復しておくためだけに注力を注いだ。
「上将、浜にいる庸儀の兵たちはジャセンベル軍の計らいで、まずはジャセンベルの戦艦に捕縛しています」
「そうか。庸儀でも私たちと同様の感情を抱いている兵が多いかと思ったけれど、さすがにここまでくると抵抗する兵も多いか……」
「はい。どうもあのロマジェリカの軍師は、耳障りの良いことばかりを並べたてているようですから」
ダニエルに代わってここへやってきたクリストフは、北の浜にいる仲間と連絡を取りながらそう言った。
ヘイトでも暗示に掛けられていない軍将が、マドルの口車に乗せられて、未だ浮足立った様子で抵抗を続けているらしい。
――忌々しい。
「あの軍師……まったくもって忌々しいが、やつの動きについてなにかわかっていることは?」
「はい、ここから式神で移動しているらしいということしか……先へ進んでいる仲間からも、その姿を見たという連絡はありません」
「となると、通常のルートを外れて移動している可能性もあるか……」
おそらく泉翔が抵抗しようと一定数の同盟軍は中央部へ侵入する。
それは泉翔側もわかってはいるようだ。
(ただ……)
「進軍している敵兵の多くはマドルの一番の手ごまだろう。それらと合流するため最速で中央部へ向かっているはず」
「そうなると、我々は追いつきようがありません。なにしろ進軍中の兵を引かせながらですから」
「そのあたりは泉翔側でなんらかの手を打っていると思う。返しの術がくる前に野本からの指示があるだろう」
「では我々はこのまま泉翔側に従い進軍と浜での対応を続けても?」
「ああ、そうしてくれ。次の術を放ったあとは、私は野本とともに中央部へ向かう。クリストフ、おまえはダニエルとともにここで仲間たちへの指示と庸儀軍への対応を」
「わかりました」
「ルイとエリックはなにかあったときのために一緒に中央部へ連れていく」
「はい。ほかになにか準備は?」
「次の術が通ったあと、おおよそで六時間は術が使えなくなる。それまでの間に、術式で対応できるすべてを済ませるように」
「六時間……それでは上将の回復は……」
「休息をとる。それでいい」
不安そうにしているクリストフにそう答え、サムはまたメモに視線を落とした。
ハッと目を開いて、意識を失っていたことに気づく。
「上将、大丈夫ですか?」
反同盟派の側近でもあるダニエルが心配そうにサムをのぞき込んでいる。
「ああ。かなり疲労感は残っているけれど……私はどのくらいのあいだ気を失っていた?」
「そう長くは……三十分ほど経ったでしょうか」
「そうか……すまないが早急に回復術を使えるものをここへ集めてくれ。次の術を使う前に、少しでも回復しておきたい」
「わかりました。すぐに」
丘を駆け下りていくダニエルと入れ違いに野本が戻ってきた。
五人ほど伴ってきたのが梁瀬の部下らしい。
彼らはすぐに回復術を施してくれたけれど、ここへ来る前に戦闘で力を使ったといい、思うほどの回復はできなかった。
「すまないな。僅かではあるが、このあとまだほかの仲間たちもここへ来る。人数がいれば、それなりの回復はできるだろう」
「ご心配には及びません。私のほうでも回復術を使える仲間たちを集めています。少しでも手を貸していただけたこと、感謝します」
梁瀬の隊員たちが申し訳なさそうにしているのに、サムはそう答えると、座り込んだまま野本を見あげた。
「北の浜はどのような状況です? 暗示は……」
「ああ。通常の暗示は解けたようだ。ただ、やはりそれでも進軍を諦めない兵たちもいるそうだ」
「……そうですか。ロマジェリカの軍師に甘言で釣られてしまったんでしょう。致しかたありません」
「とりあえずは、どの浜でも小隊を作ってジャセンベル軍と一緒に中央へ送り出している。ジャセンベルであれば抵抗されても大きな被害を出さずに拘束できるだろうからな」
この南浜にジャセンベル軍を率いてきた、レイファーの側近であるケインと野本の隊員を引き合わせ、中央への進軍についてあれこれ決めてきたという。
その際に、北の浜にいる中村と連絡を取り合い、抵抗するヘイト軍への対応も聞いてきたそうだ。
長谷川を中央部へ送り出したときもそうだったけれど、野本はなかなか判断も決断も早い。
迷っている場合ではないとわかっていても、思いきれないことのほうが多いはずなのに。
「俺はこのあと、あんたが術を使ってから中央へ向かう手はずを整えるが、あんたはどうする? このままここへ残るのか? 最後の決着をその目で確認するのか?」
「……もちろん、この目で」
「わかった。こっちもそのつもりで準備をする。頃合いをみてここへ迎えにこよう」
「梁瀬さんからなにか連絡は?」
「いや。あいつもあんた同様、疲弊しているだろう。連絡のすべてをジャセンベルに任せているようだからな」
やはり梁瀬も疲れは出ているようだ。
それでも、サムのように意識まで失ってはいないだろう。
三人のうち一番若いだけではなく、一番劣っているだろうという自覚はある。
それでもたった今、この術を無事に扱えたことに満足感と充実感を覚えた。
次々に集まってくる仲間の術師と梁瀬の隊員たちに回復を施されながら、もう一つの術式が書かれたメモを手に何度も頭に叩き込んだ。
次の術こそ失敗は許されない。
今の自分自身の状態を考えると、さらにひどい消耗があるだろう。
だからこそ、今のうちにできるかぎり万全に近い状態まで回復しておくためだけに注力を注いだ。
「上将、浜にいる庸儀の兵たちはジャセンベル軍の計らいで、まずはジャセンベルの戦艦に捕縛しています」
「そうか。庸儀でも私たちと同様の感情を抱いている兵が多いかと思ったけれど、さすがにここまでくると抵抗する兵も多いか……」
「はい。どうもあのロマジェリカの軍師は、耳障りの良いことばかりを並べたてているようですから」
ダニエルに代わってここへやってきたクリストフは、北の浜にいる仲間と連絡を取りながらそう言った。
ヘイトでも暗示に掛けられていない軍将が、マドルの口車に乗せられて、未だ浮足立った様子で抵抗を続けているらしい。
――忌々しい。
「あの軍師……まったくもって忌々しいが、やつの動きについてなにかわかっていることは?」
「はい、ここから式神で移動しているらしいということしか……先へ進んでいる仲間からも、その姿を見たという連絡はありません」
「となると、通常のルートを外れて移動している可能性もあるか……」
おそらく泉翔が抵抗しようと一定数の同盟軍は中央部へ侵入する。
それは泉翔側もわかってはいるようだ。
(ただ……)
「進軍している敵兵の多くはマドルの一番の手ごまだろう。それらと合流するため最速で中央部へ向かっているはず」
「そうなると、我々は追いつきようがありません。なにしろ進軍中の兵を引かせながらですから」
「そのあたりは泉翔側でなんらかの手を打っていると思う。返しの術がくる前に野本からの指示があるだろう」
「では我々はこのまま泉翔側に従い進軍と浜での対応を続けても?」
「ああ、そうしてくれ。次の術を放ったあとは、私は野本とともに中央部へ向かう。クリストフ、おまえはダニエルとともにここで仲間たちへの指示と庸儀軍への対応を」
「わかりました」
「ルイとエリックはなにかあったときのために一緒に中央部へ連れていく」
「はい。ほかになにか準備は?」
「次の術が通ったあと、おおよそで六時間は術が使えなくなる。それまでの間に、術式で対応できるすべてを済ませるように」
「六時間……それでは上将の回復は……」
「休息をとる。それでいい」
不安そうにしているクリストフにそう答え、サムはまたメモに視線を落とした。
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