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大切なもの
第69話 阻害 ~鴇汰 1~
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森の奥から女の叫び声が響いてきた。
咄嗟に小坂は洸を庇うように自分のそばへ引き寄せ、鴇汰を振り返った。
「長田隊長、今の声は……」
「麻乃の声じゃあない……あの赤髪の女か! くそっ……どっちから響いてきた?」
三人で周囲を見渡した。
中央の方角から何人もの殺気が溢れているのを感じ取った。
「あっちだ!」
互いに顔を見合わせてうなずき合うと、走り出した。
木々の向こうを赤髪の女と庸儀の兵たちが逃げ去っていくのが見える。
そのまま視線を移すと、修治が構えた刀を麻乃が弾き飛ばしたところだ。
なりふり構ってなどいられず、手にした虎吼刀を投げ捨て、鬼灯の革袋を外した。
麻乃が夜光を掲げ、修治が鯉口を切ったその瞬間、かろうじて鴇汰はそのあいだに割って入った。
「……鴇汰、また邪魔をするのか」
その言葉に、鴇汰よりも先に鬼灯が反応した。柄が熱い。
「修治やほかの仲間に手出しをさせるくらいなら、何度だって邪魔をしてやるよ!」
「……あたしに仲間などいやしないと、さっきも言ったはずだ!」
掲げた夜光をそのまま横から斬り流してくるのを、鬼灯で防ぐ。
刃が触れた瞬間、またさっきのように火花が散った。
次々に繰り出される攻撃が速いのは、覚醒したからだろうか。
今まででも敵わなかったのに、能力が上がっていれば太刀打ちできるはずもないのに、動きについていけるのは鬼灯のおかげだ。
夜光の切っ先が動く前にわかっているかのように反応している。
何度目かの攻撃をかわしたとき、麻乃は鴇汰から距離をとって息をついた。
改めてその姿を見ると、いつの間にかロマジェリカの軍服ではなくなっている。
どこで着替えたのだろうか。
「麻乃……さっきから仲間はいないって言い続けているけど、俺は仲間だと思っている。俺だけじゃあない。修治だって小坂だって洸だってそうだ。もちろん、穂高やほかの連中もみんなが……」
「黙れ……!」
「黙っていられるか! 国王さまも皇子たちも、高田さんたち元蓮華や戦士たち以外のやつらも、みんなおまえが戻ってくるのを待っているんだよ!」
「そんな話しを信じられるか! みんな……本当はあたしを疎ましく思っているくせに!」
興奮して叫んだ麻乃は、また夜光で斬りかかってきた。
それを鬼灯で受け止める。
いちいち火花が散ってうるさい。
十字に切り結んだ刃の向こう側で鴇汰を睨む紅い瞳の奥に、なにかが揺らいだ気がした。
「鬼灯もそうだ! こいつだって、麻乃のもとに戻りたがっている! なのにどうして信じねーんだ! 泉翔が禁忌を犯して侵攻しようなんてくだらない噓を、なんで黙って受け入れるんだよ!」
夜光を引き付けてから鬼灯で強く押し戻した。
よろけた麻乃はまた鴇汰から距離を取った。
そう激しい動きはしていないと思うのに、麻乃は肩で息をしている。
「……あたしはこの目で見ているんだ! ジャセンベルであんたたちがロマジェリカに進軍しているのを!」
「だからそれは、暗示にかけられて、そう見せられたからだろーが!」
夜光で下から掬い上げてきた攻撃を、鬼灯で上から押しとどめた。
強い力で刃を押され、鬼灯が弾かれそうになる。
今度は鴇汰のほうがバランスを崩して麻乃から離れた。
両手で柄をしっかりと握り直し、麻乃に向けて構える。
相変わらず鬼灯の柄は熱を帯びたままだ。
(火花が散るのはこのせいなのか……? 麻乃の夜光はどうなんだ? やっぱり熱を帯びているんだろうか?)
修治や小坂はこれを見てどう思っているんだろうか。
麻乃を前に、振り返って修治たちを確認している余裕はない。
けれど三人の様子が気になる。
「――それはこれから確かめればいいことだ。あたしが自分で確認する」
鴇汰の問いに麻乃がそう答えた。
「確認……? おまえ……まさかまだマドルのところへ行くつもりでいるのか?」
「鬼灯があたしのもとに戻りたいっていうなら……それはあたしに返してもらおうか!」
肩口で切り返して突きかかってきた麻乃の夜光を、鴇汰は鬼灯で受けた。
押し込んでくる強さに怯みそうになるのに、鬼灯がそれを許そうとしない。
突き動かされるように夜光を押し返した。
「鬼灯が戻りたいのは麻乃のもとだ! 暗示に翻弄されているような今のおまえじゃあない!」
「あたしはあたしだ! 暗示だ暗示だっていうのなら、そんなもの腕ずくででも解かせるまでだ!」
「ふざけるな! 絶対に行かせやしねーぞ……俺はもう、おまえを絶対にマドルのところへなんか行かせねーからな!」
夜光を叩き壊せと言わんばかりの怒りの感情が流れ込んでくる。
戻りたがって散々急かしてきた時の感情とは違う。
なにかを覚悟しているような、どこか憂いているような、鬼灯のそんな思いが鴇汰に伝わってきた。
その思いを抱えたまま、鴇汰は麻乃が構えた夜光の鍔近くへ鬼灯を打ち込んだ。
さっきまでより大きな火花が散る。
ギリギリと押し返してくる力を受け止めると、鴇汰は鬼灯を大きく右へ擦り流した。
勢いで麻乃の左腕が大きく上へ広がった。
その手から柄が離れ、夜光が折れたのがまるでスローモーションのように見える。
右へ振り切ったところで鴇汰も鬼灯を手放した。
折れて弾け飛ぶ夜光の刃に絡み付くようにして鬼灯も根元から折れて飛んだ。
踏み込んだ足を強く蹴って麻乃へ近づき、両手で頬を包むと、その勢いのまま顔を引き寄せて口づけをした。
咄嗟に小坂は洸を庇うように自分のそばへ引き寄せ、鴇汰を振り返った。
「長田隊長、今の声は……」
「麻乃の声じゃあない……あの赤髪の女か! くそっ……どっちから響いてきた?」
三人で周囲を見渡した。
中央の方角から何人もの殺気が溢れているのを感じ取った。
「あっちだ!」
互いに顔を見合わせてうなずき合うと、走り出した。
木々の向こうを赤髪の女と庸儀の兵たちが逃げ去っていくのが見える。
そのまま視線を移すと、修治が構えた刀を麻乃が弾き飛ばしたところだ。
なりふり構ってなどいられず、手にした虎吼刀を投げ捨て、鬼灯の革袋を外した。
麻乃が夜光を掲げ、修治が鯉口を切ったその瞬間、かろうじて鴇汰はそのあいだに割って入った。
「……鴇汰、また邪魔をするのか」
その言葉に、鴇汰よりも先に鬼灯が反応した。柄が熱い。
「修治やほかの仲間に手出しをさせるくらいなら、何度だって邪魔をしてやるよ!」
「……あたしに仲間などいやしないと、さっきも言ったはずだ!」
掲げた夜光をそのまま横から斬り流してくるのを、鬼灯で防ぐ。
刃が触れた瞬間、またさっきのように火花が散った。
次々に繰り出される攻撃が速いのは、覚醒したからだろうか。
今まででも敵わなかったのに、能力が上がっていれば太刀打ちできるはずもないのに、動きについていけるのは鬼灯のおかげだ。
夜光の切っ先が動く前にわかっているかのように反応している。
何度目かの攻撃をかわしたとき、麻乃は鴇汰から距離をとって息をついた。
改めてその姿を見ると、いつの間にかロマジェリカの軍服ではなくなっている。
どこで着替えたのだろうか。
「麻乃……さっきから仲間はいないって言い続けているけど、俺は仲間だと思っている。俺だけじゃあない。修治だって小坂だって洸だってそうだ。もちろん、穂高やほかの連中もみんなが……」
「黙れ……!」
「黙っていられるか! 国王さまも皇子たちも、高田さんたち元蓮華や戦士たち以外のやつらも、みんなおまえが戻ってくるのを待っているんだよ!」
「そんな話しを信じられるか! みんな……本当はあたしを疎ましく思っているくせに!」
興奮して叫んだ麻乃は、また夜光で斬りかかってきた。
それを鬼灯で受け止める。
いちいち火花が散ってうるさい。
十字に切り結んだ刃の向こう側で鴇汰を睨む紅い瞳の奥に、なにかが揺らいだ気がした。
「鬼灯もそうだ! こいつだって、麻乃のもとに戻りたがっている! なのにどうして信じねーんだ! 泉翔が禁忌を犯して侵攻しようなんてくだらない噓を、なんで黙って受け入れるんだよ!」
夜光を引き付けてから鬼灯で強く押し戻した。
よろけた麻乃はまた鴇汰から距離を取った。
そう激しい動きはしていないと思うのに、麻乃は肩で息をしている。
「……あたしはこの目で見ているんだ! ジャセンベルであんたたちがロマジェリカに進軍しているのを!」
「だからそれは、暗示にかけられて、そう見せられたからだろーが!」
夜光で下から掬い上げてきた攻撃を、鬼灯で上から押しとどめた。
強い力で刃を押され、鬼灯が弾かれそうになる。
今度は鴇汰のほうがバランスを崩して麻乃から離れた。
両手で柄をしっかりと握り直し、麻乃に向けて構える。
相変わらず鬼灯の柄は熱を帯びたままだ。
(火花が散るのはこのせいなのか……? 麻乃の夜光はどうなんだ? やっぱり熱を帯びているんだろうか?)
修治や小坂はこれを見てどう思っているんだろうか。
麻乃を前に、振り返って修治たちを確認している余裕はない。
けれど三人の様子が気になる。
「――それはこれから確かめればいいことだ。あたしが自分で確認する」
鴇汰の問いに麻乃がそう答えた。
「確認……? おまえ……まさかまだマドルのところへ行くつもりでいるのか?」
「鬼灯があたしのもとに戻りたいっていうなら……それはあたしに返してもらおうか!」
肩口で切り返して突きかかってきた麻乃の夜光を、鴇汰は鬼灯で受けた。
押し込んでくる強さに怯みそうになるのに、鬼灯がそれを許そうとしない。
突き動かされるように夜光を押し返した。
「鬼灯が戻りたいのは麻乃のもとだ! 暗示に翻弄されているような今のおまえじゃあない!」
「あたしはあたしだ! 暗示だ暗示だっていうのなら、そんなもの腕ずくででも解かせるまでだ!」
「ふざけるな! 絶対に行かせやしねーぞ……俺はもう、おまえを絶対にマドルのところへなんか行かせねーからな!」
夜光を叩き壊せと言わんばかりの怒りの感情が流れ込んでくる。
戻りたがって散々急かしてきた時の感情とは違う。
なにかを覚悟しているような、どこか憂いているような、鬼灯のそんな思いが鴇汰に伝わってきた。
その思いを抱えたまま、鴇汰は麻乃が構えた夜光の鍔近くへ鬼灯を打ち込んだ。
さっきまでより大きな火花が散る。
ギリギリと押し返してくる力を受け止めると、鴇汰は鬼灯を大きく右へ擦り流した。
勢いで麻乃の左腕が大きく上へ広がった。
その手から柄が離れ、夜光が折れたのがまるでスローモーションのように見える。
右へ振り切ったところで鴇汰も鬼灯を手放した。
折れて弾け飛ぶ夜光の刃に絡み付くようにして鬼灯も根元から折れて飛んだ。
踏み込んだ足を強く蹴って麻乃へ近づき、両手で頬を包むと、その勢いのまま顔を引き寄せて口づけをした。
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