蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
614 / 780
大切なもの

第64話 進軍 ~鴇汰 1~

しおりを挟む
 麻乃の気配を探るのはきっと難しい。
 小坂と二人、修治の気配だけを探ろうと試みたものの、ルートからの喧騒と相変わらずルートを外れてくる敵兵の対応に追われ、どうにもうまく探れない。

 早く見つけ出さなければ、一番あってはならない事態が起こってしまうかもしれないというのに。
 苛立ちだけが募っていく。

「豊浦たちを先に進めさせたのは痛かったですね」

「なんでよ?」

「まさかこんなにロマジェリカが森に入り込んでいるとは思わないじゃあないですか」

「そうだな。もっと手があればとは思うな」

「はい」

「けど……麻乃を追っているのにやつらを連れていくわけにはいかねーよ。ホントならおまえと洸にも、先へ進んでほしかった」

 前を歩いていた小坂が立ち止まって鴇汰を振り返った。

「麻乃におまえたちを相手にさせるわけには……な」

「俺たちは――」

「まあ、おまえは間に合わなかったし、さっきの二人もだけどさ。麻乃のこれからを考えたら、どうあってもおまえたちには無事でいてもらわないと……って思うのよ」

 なんとも言い難い表情で、鴇汰を見つめていた小坂が、急に真顔になって姿勢を正した。

「長田隊長、いい機会なのでいくつか確認しておきたいことがあります」

「確認しておきたいこと? なんだよ? この先の対応か?」

「あっちのほうの遊びはもうやめているんでしょうね?」

「……は? おまえいきなりなにいってんだよ?」

「特定の相手がいるなんてことは……」

「ちょっと待て小坂! おまえこの状況わかっているよな! 今聞くことじゃあねーだろ!」

「うちの隊長のことをどうするつもりですか?」

 一瞬で顔が熱くなった。

「あっちの遊びってなんですか? それに藤川さんがどうか……」

 洸がきょとんとした顔で鴇汰をみている。
 問いかけてこようとしたのを食い気味に制した。

「いいから! 洸はちょっと黙っとけ! 小坂、いい加減にしろよ? 今じゃあねーだろそれは! 今じゃあねーよな絶対!」

 なにかを言いかけた小坂の背後にまた敵兵がみえた。
 洸を庇い、また戦う。
 虎吼刀で吹っ飛ばした中に、緑の軍服がいた。
 周囲を確認してみると、十数人のロマジェリカ兵の中に三人ほど庸儀の兵が混じっていた。
 すべての敵兵を倒してから、もう一度確認してみた。

「やっぱり庸儀の兵か……ここに上陸したのはロマジェリカだけじゃあないのか?」

「そういえば最初に上陸を確認したのは庸儀の兵でした。今までは気づきませんでしたが、部隊を混合しているんでしょうか?」

「それなら今までに遭遇した中にもいたはずだろ。今までは全部ロマジェリカだけだった」

「そうですね……で、どうなんです? さっきの……」

「おまえ……まだ言うかよ……」

 鴇汰を見つめる小坂の目は真剣そのものだ。
 古市が七番のやつらが手強いと言っていたのを思い出す。
 小坂や杉山はともかく、とも言っていたけれど、いろいろな意味で七番の中で一番手強いのがこの二人だろう。
 フーッと大きく息を吐いてから小坂の目をしっかりと見つめ返した。

「……あんなことはもう六年も前に辞めている。特定の相手もいない」

「それは本当でしょうね?」

「ああ。こんなことで嘘なんかつかない。それから麻乃のことは……帰ったら二人でゆっくり話そうって、大陸で約束してきた。だから話しはそれからだ」

「わかりました。でしたらいいんです。こんな時だとわかっていても、この先なにがあるかわかりません。なので今、どうしても聞いておきたかったものですから」

 フッと表情を緩めて小坂はそういった。
 変な質問に驚かされたけれど、なにか納得した様子にみえて鴇汰もホッとした。
 小坂と洸を促して先へ進もうとしたとき、洸がなにかに気づいたようで、鴇汰と小坂のシャツの背を掴んだ。

「長田さん、小坂さん、あれは……!」

 洸が指をさした先に、小さく人影が見えた。

「赤い髪……! 長田隊長、庸儀の女です!」

「あれが……だからか。だから庸儀の兵がいたんだ」

「あの女は麻乃隊長を目障りに思っていたはずです。もしかすると、麻乃隊長と安部隊長はあの先に……」

「行こう。あれから少し時間が経っているけど、今ならまだ間に合うはずだ」

 三人で遠ざかる人影を追って走った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...