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大切なもの
第46話 憂慮 ~鴇汰 2~
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穂高が修治の手当を終えるのを黙ってみていた。
すると突然に強い風が海岸から吹き抜けた。
梁瀬の術が、ようやく放たれたのだろうか。
まるでなにかが体の中を通り抜けたような感覚に襲われ、鳥肌が立つ。
(みんななにも感じていないのか……?)
鴇汰は体の内側にざわめきを感じているのに、穂高たちは平静なままで修治と話しを続けている。
海岸からの喧騒はまた続いているものの、だいぶ収まったようだ。
暗示の解けた敵兵が多かったなら、時間をかけずにロマジェリカを制圧できるだろう。
「安部の話しを聞くと、藤川の覚醒は完全じゃあないようだな」
レイファーの問いに修治がうなずいた。
「ってことは、そのなにかを知ることができれば、麻乃はこちら側に戻せるんだろうか?」
「けれどそれが逆に働けば、そのときは完全に向こう側だ」
修治の視線がまた銀杏の木に向いた。
さっきから、その視線に違和感を……と言うよりも嫌悪感を覚える。
思い詰めた顔も、言葉の端々にも、普段の修治とは違う感情が見え隠れして、それが鴇汰を妙に不安にさせた。
「……ぶん、戻せる可能性は高いのかも知れないが」
「そうですね。俺もそう思います」
ポツリと呟いた修治の言葉を、最初の部分が聞き取れたのは小坂だけだったようでしきりにうなずいている。
「なにが高いって……?」
鴇汰が修治の言葉を聞き直そうとした直後、おクマが苦しそうな呻き声を上げた。
おクマと松恵の事をすっかり忘れていた。
このあと、先へ進むにしても、二人を放っておくことはできないし、かと言って目が覚めるまで待ってもいられない。
「俺が柳堀へ行って、おクマさんのところから人手を借りてくるよ。運び入れて介抱してもらうにもちょうどいいだろう?」
「すまない、頼む。洸、おまえも穂高と一緒に行ってくれるか?」
修治にそう問われ、洸はうなずくと穂高とともに柳堀へ駆けていった。
その姿が見えなくなってから、修治はまた鴇汰を見た。
「まずは麻乃だ。あいつは必ず鬼灯を取りに来る。と言っても、ここでこうして待っていられない。それはわかるな?」
「当たり前だろ。ルートに出ると先へ進んだ敵兵もいるし、七番のやつらもいるよな?」
「はい。矢萩や豊浦は一つ先の拠点へ移動しているはずです」
「そうなると、ルートに出るのはあぶねーな。森を抜けて中央へ向かおう」
「ちょっと待て、海岸へはジャセンベルも乗り込んでいる。持ち込んだ車を使えば早く移動できるだろう? なぜそうしない?」
レイファーがまた口を挟み、嫌でも鴇汰は苛立ちを感じる。
「麻乃のやつに、こちら側とできるだけ対峙させたくないんだ。麻乃が鴇汰を追ってくるのがわかっている以上、皆が待つルートは使えない」
「……だからおまえたちは甘いというんだ! 藤川を引き戻す手立てがないのなら、その大もとである術師を早急に探し出して倒すしかないだろう! 多少の犠牲には目を瞑れ!」
「ふざけたことを……!」
興奮した様子でそう言いきったレイファーに、我慢がならず殴りかかろうとした手を修治に止められた。
「麻乃でなければそれを考えた。麻乃にその手段は通用しない。むしろ逆だ。その手で隊員を傷つけるようなことがあったら、もう二度と麻乃は戻らない」
レイファーにそう言った修治の顔は、いつものスカした表情だ。
けれど鴇汰の腕を握った手は震えている。
抑え込んだ怒りが鴇汰にも伝わってきて、それに反応するように鬼灯が熱を帯びた。
一気に鬼灯の感情が流れ込んで来る。
何度もそれに倒されたのに、今はしっかりと受け止められるのが不思議だ。
修治の言葉に納得したのか、レイファーは反論をやめた。
ただ、妙に鼻息が荒い。
なぜこんなにも、こいつはむきになるんだろうか。
そうこうしているうちに、穂高がおクマの店の姐さんたちを連れて戻ってきた。
大柄なおクマを柳堀まで運ぶのは大変だからと、手前の道まで荷車を挽いてきたらしい。
二人を荷台に乗せ、意識が戻ったときと、なにか問題があったらすぐに連絡を入れるように頼むと、そのまま森へと向かった。
「なぁ、洸はどうするのよ? さっき強い風が吹いたろ? 梁瀬さんの術が通ったんだと思うのよ」
「梁瀬の術? そうか……おまえ、良く気づいたな」
「だって妙な感覚があったじゃんか。敵兵の暗示が解ければ、柳堀に行かせるのが安全だと思うんだけど」
「いや、洸はこのまま連れていこう。それにしても妙な感覚か……俺はまったく気づかなかったな……穂高も気づいたか?」
「俺も全然……そう言えば梁瀬さんは数時間後にもう一度、術に対応するって言っていたよ。そのときに麻乃の暗示も解けるだろうって」
「本当か! とすると、数時間どうにか凌げば麻乃は暗示から覚めるのか……」
修治はいつもの考え込むときの仕草をした。
どうするつもりでいるのか、ひどく不安になる。
考えを口にするように促そうとした瞬間、中央へのルートで大きなざわめきが起こった。
すると突然に強い風が海岸から吹き抜けた。
梁瀬の術が、ようやく放たれたのだろうか。
まるでなにかが体の中を通り抜けたような感覚に襲われ、鳥肌が立つ。
(みんななにも感じていないのか……?)
鴇汰は体の内側にざわめきを感じているのに、穂高たちは平静なままで修治と話しを続けている。
海岸からの喧騒はまた続いているものの、だいぶ収まったようだ。
暗示の解けた敵兵が多かったなら、時間をかけずにロマジェリカを制圧できるだろう。
「安部の話しを聞くと、藤川の覚醒は完全じゃあないようだな」
レイファーの問いに修治がうなずいた。
「ってことは、そのなにかを知ることができれば、麻乃はこちら側に戻せるんだろうか?」
「けれどそれが逆に働けば、そのときは完全に向こう側だ」
修治の視線がまた銀杏の木に向いた。
さっきから、その視線に違和感を……と言うよりも嫌悪感を覚える。
思い詰めた顔も、言葉の端々にも、普段の修治とは違う感情が見え隠れして、それが鴇汰を妙に不安にさせた。
「……ぶん、戻せる可能性は高いのかも知れないが」
「そうですね。俺もそう思います」
ポツリと呟いた修治の言葉を、最初の部分が聞き取れたのは小坂だけだったようでしきりにうなずいている。
「なにが高いって……?」
鴇汰が修治の言葉を聞き直そうとした直後、おクマが苦しそうな呻き声を上げた。
おクマと松恵の事をすっかり忘れていた。
このあと、先へ進むにしても、二人を放っておくことはできないし、かと言って目が覚めるまで待ってもいられない。
「俺が柳堀へ行って、おクマさんのところから人手を借りてくるよ。運び入れて介抱してもらうにもちょうどいいだろう?」
「すまない、頼む。洸、おまえも穂高と一緒に行ってくれるか?」
修治にそう問われ、洸はうなずくと穂高とともに柳堀へ駆けていった。
その姿が見えなくなってから、修治はまた鴇汰を見た。
「まずは麻乃だ。あいつは必ず鬼灯を取りに来る。と言っても、ここでこうして待っていられない。それはわかるな?」
「当たり前だろ。ルートに出ると先へ進んだ敵兵もいるし、七番のやつらもいるよな?」
「はい。矢萩や豊浦は一つ先の拠点へ移動しているはずです」
「そうなると、ルートに出るのはあぶねーな。森を抜けて中央へ向かおう」
「ちょっと待て、海岸へはジャセンベルも乗り込んでいる。持ち込んだ車を使えば早く移動できるだろう? なぜそうしない?」
レイファーがまた口を挟み、嫌でも鴇汰は苛立ちを感じる。
「麻乃のやつに、こちら側とできるだけ対峙させたくないんだ。麻乃が鴇汰を追ってくるのがわかっている以上、皆が待つルートは使えない」
「……だからおまえたちは甘いというんだ! 藤川を引き戻す手立てがないのなら、その大もとである術師を早急に探し出して倒すしかないだろう! 多少の犠牲には目を瞑れ!」
「ふざけたことを……!」
興奮した様子でそう言いきったレイファーに、我慢がならず殴りかかろうとした手を修治に止められた。
「麻乃でなければそれを考えた。麻乃にその手段は通用しない。むしろ逆だ。その手で隊員を傷つけるようなことがあったら、もう二度と麻乃は戻らない」
レイファーにそう言った修治の顔は、いつものスカした表情だ。
けれど鴇汰の腕を握った手は震えている。
抑え込んだ怒りが鴇汰にも伝わってきて、それに反応するように鬼灯が熱を帯びた。
一気に鬼灯の感情が流れ込んで来る。
何度もそれに倒されたのに、今はしっかりと受け止められるのが不思議だ。
修治の言葉に納得したのか、レイファーは反論をやめた。
ただ、妙に鼻息が荒い。
なぜこんなにも、こいつはむきになるんだろうか。
そうこうしているうちに、穂高がおクマの店の姐さんたちを連れて戻ってきた。
大柄なおクマを柳堀まで運ぶのは大変だからと、手前の道まで荷車を挽いてきたらしい。
二人を荷台に乗せ、意識が戻ったときと、なにか問題があったらすぐに連絡を入れるように頼むと、そのまま森へと向かった。
「なぁ、洸はどうするのよ? さっき強い風が吹いたろ? 梁瀬さんの術が通ったんだと思うのよ」
「梁瀬の術? そうか……おまえ、良く気づいたな」
「だって妙な感覚があったじゃんか。敵兵の暗示が解ければ、柳堀に行かせるのが安全だと思うんだけど」
「いや、洸はこのまま連れていこう。それにしても妙な感覚か……俺はまったく気づかなかったな……穂高も気づいたか?」
「俺も全然……そう言えば梁瀬さんは数時間後にもう一度、術に対応するって言っていたよ。そのときに麻乃の暗示も解けるだろうって」
「本当か! とすると、数時間どうにか凌げば麻乃は暗示から覚めるのか……」
修治はいつもの考え込むときの仕草をした。
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