蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
594 / 780
大切なもの

第44話 憂慮 ~クロム 2~

しおりを挟む
 知り合った当初は互いに探り合うような付き合いばかりだったけれど、ヘイトの賢者を挟んで顔を合わせる回数を重ねるたびに、少しずつ信頼し合える関係に変わっていった。
 クロムにとって今ではもう、ハンスは亡くなってしまった二人の賢者と同等の相手となっている。

「ワシとて未だ迷うばかりよ。今はただ、結果を待つしかなかろう。ここへは邪魔は来させん、ゆっくり休息を取るといい。それから、サムと梁瀬のことも頼むぞ」

「わかりました」

 戻っていくハンスの足音を聞きながら、もう一度、海岸に視線を巡らせた。
 反同盟派の雑兵を含む泉翔の戦士たちが、堤防を越えていくのが確認できる。
 数人ずつの班を作り、指示を出しながら送り出している巧の姿があった。

 どんな思いを抱えているのかまでは知り得ないけれど、巧なりに思い悩むことも気がかりなことも多々あるのは、クロムにもわかっている。
 それなのに、感情だけに囚われず、自分のなすべきことを一つ一つクリアしていく姿を、実に頼もしく感じた。

 あまり他人に対して心を許さないハンスでさえも、巧を信頼しているように見える。
 穂高も気のいい子だけれど、巧や徳丸、梁瀬も本当に人がいい。
 今回、間近で鴇汰に関わる人間関係を知ることができたのは、大きな収穫だった。
 気がかりなこともいくつかはあるけれど……。

 こればかりは、いくら考えてもクロムには知りようがない。
 今はとにかくできるかぎり近くで見守るしかないのだろう。

「……見つけた」

 西浜の砦近くで鴇汰の姿を見つけた。
 その周囲に穂高を含めた何人かも確認できた。
 麻乃はそこにはいないようだ。
 緊迫した雰囲気に、少し離れた木の枝に式神をおろした。

 言葉までは聞き取れないけれど、どうやら倒れた仲間を介抱しているらしい。
 穂高が見知らぬ男の子を連れ、砦の奥の居住区へ向かって駆けていった。
 仲間を他へ運び入れるために人手を探しに行ったのか。

 西浜はまだ混戦が続いてるようで戦士たちの手を借りることはできないからだろう。
 鴇汰は残ったレイファーをひどく意識しているようで、時折向ける視線には僅かに殺気が籠っているけれど、修治がうまくそれをたしなめてくれている。

(麻乃ちゃんとは既に接触したようだな……倒れているのは巻き添えを食ってしまったのか)

 怪我は負っているようだけれど、誰も亡くなっていないことにホッと溜息がこぼれる。

 しばらくすると、穂高が十数人もの大柄な女性を引き連れて戻ってきた。
 倒れたままの仲間二人が、まだ意識が戻らないようで、数人ずつで担ぎ上げると来た道を戻っていく。
 意識が戻ったのは戦士だったのか、鴇汰や修治と共に行動するためにその場に残るらしい。

 数分、なにかを話し合ったあと、鴇汰たちは砦を離れた。
 この場を離れるということは、麻乃を追うからだろう。
 森の中へ向かっていく鴇汰たちをこのまま見送り、式神を戻そうとしたとき、中央へ向かうルートのほうから喧騒が響いた。

(なにか起こったのだろうか?)

 鴇汰たちもそれに気づいたようで、中央へのルートへと駆け戻っていった。
 なんとなく、嫌な予感がする。式神を使ってもっと近づき、なにが起こったのか会話を拾おうとも考えたけれど、鴇汰に気づかれるとあとでうるさいだろう。

 距離を取ったまま様子を見届けたあと、急いで式神を戻し、今度は高田へと式神を飛ばした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...