蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第36話 憂慮 ~麻乃 1~

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 いったん中央への道へ飛び出した。
 先陣はもうだいぶ先まで進んでいるだろう。
 麻乃につけられた部隊の連中にも、先へ進むように指示を出している。

 後陣でまだずいぶんと兵数が残っていたはずだ。
 浜で戦士たちがそれを相手にしているとしたら、追手はしばらく来ない。
 このまま先へ足を進めて待ち構えている泉翔の部隊を相手にするには、夜光だけではどうにも心許ない。

 怒りに任せて脇差を修治に投げつけてしまったのは失敗だった。
 紅華炎を手にするには砦に戻らなければならないし、鬼灯はなぜか鴇汰の手にあった。
 無理やりにでも取り戻してくるべきだった。

(今は潜んで、鬼灯を奪わなければ……例え、力ずくでも……)

 先へ進まずまた森へと引き返し、柳堀の方角へ向かった。
 そう言えば、おクマと松恵に戦士の印が現れていた。
 今度の件で一般人にも印が出たのだろう。

(大陸へ討って出るために戦士の絶対数が増えたということなのだろうか?)

 島を守るための印のはずが攻めるために現れるというのか……。
 ふと湧き立つ疑問と、さっきの修治と鴇汰の言葉がよぎる。

(一体……どういうことだ……)

 考えようとするほど左腕が痛み、意識がぶれる。
 もしも侵攻のための印ならば、絶対に見逃すことはできないという思いとできるなら対峙はしたくないという思いが、麻乃の中で揺れている。
 近づき過ぎないあたりで身を潜めて様子を見ることにした。

 マドルがそばにつけてくれた術師が倒されてしまったから、不用意に怪我を負うわけにはいかない。

 ゆっくりと歩く麻乃の足音と小枝の折れる音に交じって、人の声が聞こえた。
 離れているのか、その言葉までは聞き取れないけれど、明らかに争っているのがわかる。
 急いで声のするほうへと走った。
 木立の向こうにロマジェリカ兵が数人見え、男が襲われている。
 夜光を抜き、ロマジェリカ兵の前に飛び出すと、その男を後ろ手に庇って攻撃を受けた。

「退け! この先にはなにもありやしない! 中央へ進むのが先だろう!」

 見るとロマジェリカ兵は麻乃に付けられた部隊ではなく、暗示にかけられているのか目が虚ろだ。
 ここで見逃して退かせたとしても、またルートを外れて居住区を襲うかもしれない。
 それに麻乃を認識していないのか、攻撃の手を緩めない。仕方なく全員打ち倒した。

「あんた、怪我はない?」

 庇った男を振り返り、そう問いかけて驚いた。
 そこにいたのは、柳堀の地主のバカ息子だ。
 敵兵に遭遇して命のやり取りを目の当たりにし、腰を抜かしたのか座り込んで麻乃を見上げている。

「馬鹿! このあたりはみんな中央へ避難したんじゃあないのか! こんなところまでたった一人でノコノコ出てくるなんて……」

「うっ……うるせぇ! お、お、俺だって今は戦士だ!」

 震える声でそう怒鳴り返してくると、袖を捲り上げて腕を見せつけてきた。
 確かにそこに三日月の印が出ている。

「だからってあんた……そんなに震えて腰抜かして……大体、どう考えたって一人で立ち向かえっこないじゃあないか」

「やってみなけりゃわかんねーだろ!」

「無理に決まってるだろう。相手は訓練された兵隊だ。あんたたち一般人じゃ……」

「だからって……柳堀は俺のシマだ! 俺が守らなくて誰が守るってんだ? あんなやつらに好き放題されてたまるか!」

 その言葉に麻乃は目を見張った。
 どうやら本気で守ろうと思っているのが伝わってきたからだ。
 思わずフッと苦笑すると、地主の息子は目の色を変えて噛みついてきた。

「なにがおかしいんだ!」

「いや……あんたの気持ちはわかったよ。けど、今のでわかっただろう? あんた一人じゃあ無理だ」

「だからやってみなけりゃ……」

「わかるじゃあないか。自分でもわかってるんだろう?」

 悔しそうに顔を歪めて俯いた地主の息子に、今の柳堀の状況を聞いた。
 思ったとおり多くの一般人に印が現れ、おクマや松恵の店のほとんどが残っていると言う。
 ルートを逸れた敵兵の対処に出ているらしい。
 ここで敵兵を退け、そのあと手薄になった大陸へと討って出る手筈なんだろうか。

「ふうん……ルートを逸れた敵兵をね……」

「けどよ、柳堀まで入られてからじゃあ遅いだろうが! だから俺は……」

「あんたは……あんたも大陸へ渡るのか?」

 素直に答えるかはわからない。
 それでも麻乃は情報がほしくて単刀直入に聞いた。
 地主の息子はなにを聞かれたかわからないと言った表情で麻乃を見返してから、眉間に思いきり、シワを寄せた。

「なにを言ってんだ?」

「だから、あんたも大陸侵攻に駆り出されるのかと聞いて――」

「馬鹿かおまえは?」

 呆れた様子で立ち上がると、麻乃を見下して人差し指で何度も額を突いてきた。
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