蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第34話 共闘 ~鴇汰 5~

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 修治の言葉に麻乃は強く頭を振った。
 そしてまた、左腕のちょうど痣の辺りを押さえている。

「違う! 騙してたのはあんたたちのほうだ! だからあたしは巧さんも穂高も……トクさんも梁瀬さんも殺した! そうしなきゃ、あたしのほうが殺されてたんだから!」

「……殺した?」

「そうだよ。だってみんな本気だったんだから。大陸侵攻を止められるあたしが邪魔だった癖に! だから岱胡にあたしを撃たせたんでしょ! さっきの茂木みたいに!」

 振り絞るような声で叫んだ麻乃は、修治ではなく鴇汰に向かって斬りつけてきた。
 その動きは普段の麻乃らしくなく、ただ闇雲に夜光を振り回しているだけに見える。
 刀に慣れない鴇汰でも、鬼灯で簡単に退けられるような攻撃だ。

 それにしてもなんて暗示だ。
 偶然とは言え、今ここにいない穂高たち四人を殺したと思い込んでいるとは。
 目の前にいない以上、麻乃は自分の記憶を信じて疑わないだろう。
 自分が死なせたためにここにいないのだ、と――。

「そして、あんたが後ろからあたしを斬ったんだ……」

「だから俺にはおまえは斬れないって言ったろ! しかも後ろからなんて、そんな卑怯な真似をするかよ!」

 一体どう言えば麻乃に鴇汰の言葉が届くのだろう。
 修治の言葉にさえ耳を貸す素振りも見せない。
 振り上げられた夜光を、大きく振りぬいた鬼灯が弾いた。
 鋭い金属音と同時に火花が散った。
 刀同士だと斬り結んだだけでこんなにも反応するんだろうか?

「それに、おまえは殺したって言うけど、巧も梁瀬さんも生きてる。穂高とトクさんも死んじゃあいねーよ!」

「そんなはずがない! だって、あたしの手にはあのときの感触が……」

「暗示だったんだ。麻乃。おまえが殺したっていうのも知らない敵兵の誰かで、穂高たちじゃあない」

 本当のことを言っているのに、麻乃はどこまでも否定する。
 どうしてそんなにも、マドルの話しを信じるのか。
 麻乃がマドルに対してどんな思いを抱いているのか、それを考えると鴇汰の中に激しい苛立ちが募る。

 焦れた様子の麻乃が夜光で斬りつけてくるたび、受ける鬼灯の刀身から火花が散り、柄が熱を帯びていく。
 何度目かのときに、鬼灯の切っ先が麻乃の髪を斬り落とした。
 麻乃の耳があらわになり、その耳たぶに紅玉のピアスが光って見えた。
 豊穣で出発をするときに、麻乃が第七部隊の隊員たちから受け取っていたものだ。

(鬼灯の刀身と同じ色だ……)

 こんなときに、どうでもいいことが頭に浮かぶ。

「……鬼灯」

 麻乃の目が鴇汰の手もとを捉え、そう呟いた。
 今の今まで、鴇汰が手にしているのが鬼灯だと気づいていなかったんだろうか。
 攻撃を止めた麻乃は間合いを取ると、こちらを睨んだ。

「鴇汰……それを……」

 手を差し伸べようとした麻乃の動きが止まり、鴇汰の背後に視線を移すと今にも泣きだしそうな顔を見せた。

「……なんで? 本当に生きて……」

 その言葉に思わず振り返ると、西浜へ続く茂みに穂高が立ち尽くしていた。

「穂高!」

 鴇汰がそう呼びかけた直後、穂高の背後にレイファーが息を弾ませて現れた。その瞬間、麻乃はこれまで以上の殺気を放った。

「ジャセンベル人……穂高がジャセンベル人と一緒に……」

「落ち着け麻乃! やつは違う!」

 叫ぶ修治に向けて麻乃は脇差を投げつけた。
 目測を誤ったのか、わざと外したのか、それは修治を逸れて木の幹に刺さった。

「やっぱり……ジャセンベルと組んであたしを騙してたのは、あんたたちのほうじゃあないか!」

「違うんだ麻乃、聞け! あいつは――」

 修治の言葉を聞きもせず、麻乃は夜光を鞘に納めると中央への道へ向かって駆け出してしまった。
 梁瀬が術を放った様子はまだない。
 今、麻乃に逃げられるわけにはいかない。
 鬼灯を下げたまま焦って追いかけようとした鴇汰の腕を修治が掴んだ。

「麻乃!」

「追うな! 鴇汰!」

「なんでだよ! 今追わなきゃ、中央に着いたらあいつは――マドルのところに行っちまうだろ!」

「焦って追わなくても、麻乃は遠くへは行かない。説明するから少し待て。それより……」

 修治が穂高に目を向けた。
 修治の怪我に気づいたのか、穂高が駆け寄り、その後ろからレイファーも追って来た。

「穂高、無事だったか」

「うん。それよりも修治さん、その怪我……それに麻乃が……一体、なにがあったんだい?」

 穂高は手早く鞄を開けて中から薬の類を取り出すと、修治の上着を脱がせて肩の手当を始めた。
 思った以上に傷がひどい。

 こんな怪我で洸を庇い、麻乃を相手にしていたのか。
 もう少し来るのが遅かったら、修治も洸も危なかったかもしれない。
 苦痛に顔を歪めてうめき声をあげた修治を、洸が心配そうに覗き込んでいる。
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