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大切なもの
第33話 共闘 ~鴇汰 4~
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また修治の視線が動き、麻乃を見た。そのまま見ろと言わんばかりに顔をわずかに動かした。
疑問を感じながら視線を移すと、さっきは気づかなかったけれど左袖が裂けて腕が剥き出しになっている。
(――あれは!)
手首と肘のあいだくらいに、確かに蓮華の形に似た痣がある。
月島でサムが言っていたのがあれか。痣をなくせば暗示は解けると言っていた。
単純に考えれば痣を斬れということなんだろう。
できなくても腕ならば落としてしまっても、そのあとの処置できっと命は助かる。
川上もそうだったように。
修治はそう言いたいに違いない。
『だって腕を落とされるなんて……そんなことになったら、あたしもう生きていけない』
いつか麻乃はそう言った。
慣れない鬼灯で、麻乃を相手に手加減など鴇汰にはできようがない。
万が一にも本当に腕を失わせてしまったとして、暗示が解けた麻乃はなにを思うのか。
事がうまく運んで大陸からの干渉がなくなり、戦う必要のない平和な日々が訪れるとしても、麻乃は……。
あんなにも思いつめていた姿を目の当たりにして、多分大丈夫だろう、などと確証のない答えなんて出せない。
「駄目だ。それだけはできない」
ぽつりと呟いた言葉に修治が反応した。
「代われ! 鴇汰! 俺が――」
「だからあんたは黙って下がってろ! もうすぐ梁瀬さんが暗示を解く術を放つ。今はこのまま時間を稼ぐ」
「梁瀬が……?」
そうだ。梁瀬は確かに暗示を解く術を使うと言っていた。
どんな術でどんな効果があるのかまったくわからないし、いつそれを使うのかさえ聞かなかった。
けれど、梁瀬がいう以上はなんの効果も出ないはずがない。
だから今は、どんな手を使っても麻乃を足止めさせなければ。
マドルのところへなど二度と行かせたりはしない。
とは言え、一体どうしたものか。
鬼灯も相変わらず黙ったままで、柄は冷えきっている。
麻乃はまだぼんやりと空を見上げている。
なんの感情もないような顔は、暗示にかけられている敵兵を思い出させた。
「妙に無防備なのは暗示のせいか? 殺気まで消えちまって……」
背後にいる修治に小声で問いかけた。
「ああ。時折、不意にあんな様子になる。麻乃自身、意識しているわけでもなさそうだ」
「そうか……あいつ、俺たちが裏切ったと思ってるみたいだな」
「大陸で戦場にでも連れ出されたんだろう。暗示で泉翔が侵攻してるかのように見せた……疑いもせず鵜呑みにしてるのが納得いかなかったが、おまえに斬られたというのを聞いて、なんとなく読めた」
「俺に?」
「マドルって野郎は、婆さまを使って余程細かく麻乃を観察してたようだ」
「一体なんの……」
なんの話しだろうか?
それを聞こうとした瞬間、鬼灯の柄が震えたように感じた。
鴇汰の胸がギュッと痛む。
不安のような哀しみのような、それでいて腹が立つような、奇妙な感情が沸き立って心臓をジワジワと締め付けているようだ。
麻乃を前にして思うところはいろいろとあるけれど、たった今感じているのは鴇汰自身の感情ではないとわかる。
『戻りたくて、やっとの思いで戻ってきたと言うのに、目の前にいるのは別人じゃあないか。どうなっているんだ。どうしてくれるんだ。いるべき場所に戻りたいのに、あれは違うじゃあないか』
そんなふうに責められているようにも思えた。
これは鬼灯の感情だ。こいつは本当に自己主張が強い。
鴇汰の手もとに来てから、ずっと急かし焦らせ、振り回してくる。
こんなにも感情を揺さぶってくるなんて、まるで麻乃のようじゃあないか。
(そうだよな……おまえは以前の麻乃のところへ戻りたかったんだよな)
西浜のほうから鐘の音が響いた。喧騒が更に激しくなったのがわかる。
さっき見たジャセンベルの船団がいよいよ泉翔へ上陸したんだろう。
立ち尽くしていた麻乃も西浜を振り返った。
「麻乃……さっき俺がおまえを斬ったって言ったよな?」
聞こえているのかいないのか、麻乃は黙ったまま西浜の喧騒に耳を傾けている。
「俺がおまえにそんな真似するわけがないだろ。おまえ、マドルに暗示をかけられたんだ。あるはずのない光景を見せられたんだよ」
「あるはずのない……? 違う……だってあたししか知らないことを知っていた!」
麻乃の視線が鴇汰を通り過ぎて修治に向いた。
口調は昂ぶっているのに、殺気はまだ感じないし隙だらけだ。
修治は洸を後ろ手に庇い、刀を構えた。
「麻乃、良く思い出せ。おまえの部隊が初陣のとき、おまえが西浜でなにを見たのかを。暗示で見せられたものは、おまえの中にあるものだけだ」
「あたしの中……」
「それが悪いほうへ転ぶのは、おまえが見たくないものを見るように誘導されたからだ。騙されてるんだよ、おまえはずっと……」
疑問を感じながら視線を移すと、さっきは気づかなかったけれど左袖が裂けて腕が剥き出しになっている。
(――あれは!)
手首と肘のあいだくらいに、確かに蓮華の形に似た痣がある。
月島でサムが言っていたのがあれか。痣をなくせば暗示は解けると言っていた。
単純に考えれば痣を斬れということなんだろう。
できなくても腕ならば落としてしまっても、そのあとの処置できっと命は助かる。
川上もそうだったように。
修治はそう言いたいに違いない。
『だって腕を落とされるなんて……そんなことになったら、あたしもう生きていけない』
いつか麻乃はそう言った。
慣れない鬼灯で、麻乃を相手に手加減など鴇汰にはできようがない。
万が一にも本当に腕を失わせてしまったとして、暗示が解けた麻乃はなにを思うのか。
事がうまく運んで大陸からの干渉がなくなり、戦う必要のない平和な日々が訪れるとしても、麻乃は……。
あんなにも思いつめていた姿を目の当たりにして、多分大丈夫だろう、などと確証のない答えなんて出せない。
「駄目だ。それだけはできない」
ぽつりと呟いた言葉に修治が反応した。
「代われ! 鴇汰! 俺が――」
「だからあんたは黙って下がってろ! もうすぐ梁瀬さんが暗示を解く術を放つ。今はこのまま時間を稼ぐ」
「梁瀬が……?」
そうだ。梁瀬は確かに暗示を解く術を使うと言っていた。
どんな術でどんな効果があるのかまったくわからないし、いつそれを使うのかさえ聞かなかった。
けれど、梁瀬がいう以上はなんの効果も出ないはずがない。
だから今は、どんな手を使っても麻乃を足止めさせなければ。
マドルのところへなど二度と行かせたりはしない。
とは言え、一体どうしたものか。
鬼灯も相変わらず黙ったままで、柄は冷えきっている。
麻乃はまだぼんやりと空を見上げている。
なんの感情もないような顔は、暗示にかけられている敵兵を思い出させた。
「妙に無防備なのは暗示のせいか? 殺気まで消えちまって……」
背後にいる修治に小声で問いかけた。
「ああ。時折、不意にあんな様子になる。麻乃自身、意識しているわけでもなさそうだ」
「そうか……あいつ、俺たちが裏切ったと思ってるみたいだな」
「大陸で戦場にでも連れ出されたんだろう。暗示で泉翔が侵攻してるかのように見せた……疑いもせず鵜呑みにしてるのが納得いかなかったが、おまえに斬られたというのを聞いて、なんとなく読めた」
「俺に?」
「マドルって野郎は、婆さまを使って余程細かく麻乃を観察してたようだ」
「一体なんの……」
なんの話しだろうか?
それを聞こうとした瞬間、鬼灯の柄が震えたように感じた。
鴇汰の胸がギュッと痛む。
不安のような哀しみのような、それでいて腹が立つような、奇妙な感情が沸き立って心臓をジワジワと締め付けているようだ。
麻乃を前にして思うところはいろいろとあるけれど、たった今感じているのは鴇汰自身の感情ではないとわかる。
『戻りたくて、やっとの思いで戻ってきたと言うのに、目の前にいるのは別人じゃあないか。どうなっているんだ。どうしてくれるんだ。いるべき場所に戻りたいのに、あれは違うじゃあないか』
そんなふうに責められているようにも思えた。
これは鬼灯の感情だ。こいつは本当に自己主張が強い。
鴇汰の手もとに来てから、ずっと急かし焦らせ、振り回してくる。
こんなにも感情を揺さぶってくるなんて、まるで麻乃のようじゃあないか。
(そうだよな……おまえは以前の麻乃のところへ戻りたかったんだよな)
西浜のほうから鐘の音が響いた。喧騒が更に激しくなったのがわかる。
さっき見たジャセンベルの船団がいよいよ泉翔へ上陸したんだろう。
立ち尽くしていた麻乃も西浜を振り返った。
「麻乃……さっき俺がおまえを斬ったって言ったよな?」
聞こえているのかいないのか、麻乃は黙ったまま西浜の喧騒に耳を傾けている。
「俺がおまえにそんな真似するわけがないだろ。おまえ、マドルに暗示をかけられたんだ。あるはずのない光景を見せられたんだよ」
「あるはずのない……? 違う……だってあたししか知らないことを知っていた!」
麻乃の視線が鴇汰を通り過ぎて修治に向いた。
口調は昂ぶっているのに、殺気はまだ感じないし隙だらけだ。
修治は洸を後ろ手に庇い、刀を構えた。
「麻乃、良く思い出せ。おまえの部隊が初陣のとき、おまえが西浜でなにを見たのかを。暗示で見せられたものは、おまえの中にあるものだけだ」
「あたしの中……」
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