蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第27話 共闘 ~穂高 2~

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 ロマジェリカ兵がひしめく海岸を周囲に目を走らせながら進んだ。
 穂高はひたすら前を塞ぐ敵兵だけを倒した。
 左右や背後から追ってくる敵兵には、レイファーが対応してくれているようだ。

 修治の部隊の隊員、どうやら訓練生の面々を尻目に、麻乃の隊の古株を探す。
 視界の隅に、青い影がチラついたのに気づき、視線を移しても新人ばかりが目について、なかなか古株の面々を探しきれない。
 段々と焦れてきたレイファーが、背後で穂高を急かす。

「上田! どうなっている? あの青い上着の奴らがそれじゃあないのか?」

「焦らせないでくれ! あれは新人で、まだ浅い。彼らじゃあ無理なんだ」

 振り返った穂高の目に、レイファーの背後に迫るロマジェリカ兵が映った。

「屈め!」

 一言叫ぶと槍を繰り出した。
 レイファーは、ハッと身を屈め、振り向きざまにロマジェリカ兵の足を斬り払った。
 その動きは巧に似ている。

「すまない、助かった」

「いや。これはどうやら、例の暗示にかかってるみたいだ。まるで殺気を感じなかった」

「ああ。おかげで気づくのが遅れた。手間をかけさせたな」

「レイファー、気が焦るのはわかる。それは俺も同じだ」

 周囲の喧騒の中、レイファーの肩口を掴んで引き寄せ、穂高は諭すように言葉を選んだ。

「けど、こんな状況だからこそ焦らずに進みたい。おまえだって、こんなところで負傷している場合じゃないだろう?」

 黙ったまま、つと視線を逸らしたレイファーは、小さくうなずいた。
 穂高自身でさえ、未だ焦ることも迷うことも多々ある。
 立場云々などと言い、堂々としてはいても、やはりすべての行動において瞬時に落ち着いた判断は下せず、対応がままならない場合もあるのだろう。

 互いに襲いかかってくる兵を倒しながら、前へと進んだ。
 時に手が回らなくなったところを、レイファーに庇われながら。
 そのあいだも、修治の隊員を何度か見かけても、馴染みの薄い隊員ばかりだ。

 焦るなとは言ったものの、穂高も段々と焦れてきたころ、微かに鳥のさえずりが耳に届き、周囲を見回すとツバメが旋回しているのが見えた。
 それは穂高の頭上まで来ると、旋回を繰り返し、堤防へ向かって飛び去った。

「梁瀬さんか――! レイファー、こっちだ!」

 ツバメの飛び去ったほうへ向かい、足を速める。
 あれが来たということは、梁瀬はきっと、首尾良く鴇汰を北浜から連れ出したということだ。
 そして穂高を誘ったのは、古株の誰かを既に抑え、いつでも伝令を回せる準備ができているのだろう。

「どうした! 上田!」

 追って来るレイファーの呼ぶ声には答えず、前を塞ぐ敵兵をなぎ倒しながら、ひたすら走った。
 堤防までの距離が、やけに遠く感じる。

「穂高さん! こっち!」

 堤防の切れ目、岩場に続く辺りに梁瀬の姿を見つけた。
 その後ろには、麻乃の部隊の杉山と岡山も見える。

 二人は穂高の後ろへ視線を移すと、サッと顔色を変えた。
 それはきっと、レイファーの姿を認めたからだろう。
 抜刀されては困る。穂高は飛びつくようにして杉山の肩を押さえた。

「杉山! こいつは大丈夫だ!」

「上田隊長、良くご無事で……大まかな話しは笠原隊長より伺いました」

 表情は強張ったままで視線をレイファーから外さず、杉山はそう言った。
 岡山も、レイファーの動きを見逃すまいとするかのような視線を向けている。

 大まかな話しは梁瀬から聞いたと杉山は言ったけれど、目の前に突然、敵の将校が現れれば穏やかじゃないに決まっている。
 いきなり斬りつけてこないだけ、二人には分別がある。

「いきなり信用しろと言っても難しいかもしれないけど、とりあえず今は俺の言葉を信じてくれないか」

「わかっています。うちの隊長が既に上陸していることも承知しています」

 杉山の答えに驚いて梁瀬に視線を向けると、梁瀬はゆっくりとうなずいた。

「急ぎ伝令を回します。まずは手順から説明をお願いします」

 二人は恐らく修治同様、こうなったときにどう対処すべきなのかを承知している。
 麻乃と対峙しても敵わないことも、決してその手にかかってはならないということも。
 だから今、この状況下において自分のすべきことを遂行しているのだろう。

 穂高はまず、海岸に残っている兵をジャセンベルと協力して一掃するように指示をした。
 可能なかぎり速やかに伝令が回るように言い含めると、岡山を走らせた。
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