蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第26話 共闘 ~穂高 1~

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 西浜の周辺は、浜が見えないほどの戦艦で埋め尽くされていた。
 遠目に見たときはまったく海岸が確認できなかったけれど、徐々に近づいてくると、船体のあいだにチラチラと砂浜が覗いているのが確認できた。

 淡い黄色の姿はロマジェリカ軍だろう。
 時々横切る青い影は、麻乃の部隊のやつらだろうか。
 少しでも状況を知ろうと、つい身を乗り出すようにしていた。
 ほんの少し前に穂高の乗った船が速度を落とし、数隻の戦艦が先行している。

 このままではジャセンベルの雑兵が先に上陸してしまうのではないかと、ハラハラしながら見守っていた。
 それになにより、ロマジェリカの船が多過ぎて、すぐに上陸できるのかも疑問だ。

 潮は引き始めているけれど、離れた場所から海岸まで荷物を担いで駆けるとなると、相当、体力を消耗してしまうだろう。
 船首にいるレイファーが、こちらを振り返った。

「上田、上陸の準備はできているな?」

「もちろん。けど、あの状態じゃあ、浜へたどり着くまでに時間がかかりそうだな」

「ふん……大人しく、あの後ろへ着けてやる必要などないだろう」

「おまえ、なにをするつもりだよ?」

「浜へ乗り上げるついでだ。できるかぎり近づける」

 レイファーは、そう言って片手を上げた。
 その直後、鐘が何度も鳴り響き、先頭にいた戦艦が一斉に速度を上げ、ロマジェリカの戦艦に体当たりした。
 その衝撃でロマジェリカの戦艦が傾き、前方へ押しやられていく。

 穂高の場所からは、良く見えないけれど崩れていく船に、ジャセンベル兵たちが乗り移っているようだ。
 デッキに集まってきた兵たちは、沈みかけた船に向けて次々に鉤爪の付いたロープを投げている。

「他の浜より大分遅れたが、どうやら俺たちに対して警戒はされてないようだな。最も、やつらも自分たちが進軍するのに夢中で、襲撃にすばやく対処などできないのだろうが」

 雑兵から鉄の棒を受け取ったレイファーは、そう言いながら穂高に手招きをした。
 槍を背負い直し、駆け寄った穂高の前に、同じように鉄の棒が差し出された。
 手にした棒は、真ん中が曲がっている。

「使いかたはわかるか?」

「……いや」

「口で言うより見たほうが簡単だ」

 レイファーは、前方の戦艦に張られたロープに鉄の棒をねじってかけると、そのままデッキから身を落とした。
 飛び降りたのかと思い、驚いて下を覗くと、鉄の棒を滑車代わりにしてロープを滑り降りている。
 見れば他のロープから、同じように雑兵たちが続々と浜へ降りていた。

「なるほど……ああやって使うのか……」

 手にした棒を見つめ、納得はしたものの、これまであんなことをした試しがない。
 自分にできるのかどうかも怪しいけれど、迷っている暇はない。
 思いきってロープに棒をかけ、そのままデッキを蹴った。

 想像よりも速度が出て、ただ必死で鉄の棒を握り締めた。
 耳には風を切る音しか聞こえない。
 風圧で涙がにじんでくる。

「ちょっと待て、ちょっと待て……これはヤバい……」

 止まるにはどうしたらいいんだろう?
 そう思った途端、物凄い不安に襲われ、誰に言うともなしに呟いているうちに、足が地に着き、勢いと衝撃で濡れた砂に思いきり突っ込んだ。

「馬鹿が。着地の直前にうまく飛び降りろ」

「こっちは初めてなんだ。咄嗟にそんな真似ができるはずがないだろう」

 立ち上がって砂を払うと、呆れた顔を見せるレイファーに食ってかかった。
 そんな穂高を無視して、レイファーは士官クラスの兵を集めると、改めてロマジェリカ軍の一掃を指示し、数人を残して浜へ散らせた。

 足がジンジンと痛む。
 背負った槍に、曲がりや欠けがないのを確認し、ホッと溜息をもらした。

「上田、約束通り案内を頼む」

 神妙な面持ちで穂高を見つめている。
 その目に焦りの色が見えた。
 急いでいるのは穂高も同じだ。

「わかっている。とりあえず浜に出る。そのあとのことは俺に任せてくれ。泉翔の戦士なら誰でもいいってわけじゃないんだ。それなりに話しの通るやつを捕まえるまでは、ロマジェリカ兵の相手を頼むぞ」

 レイファーがうなずいたのを確認してから、穂高は浜に向かって駆け出した。
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