蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第21話 不安 ~穂高 3~

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 二人がジャセンベルで出会ったときに、どんなやり取りがあったのか、穂高にはわからない。
 レイファーの様子から、悪い印象を持っていないのはわかる。
 ただ、たった一度会ったきりの麻乃を、こんなふうに心配するのは妙な話しじゃないだろうか?

「安部と藤川が既に終わっているのはわかった。そうでなかったとしても、あの男ならまだ納得がいった。それなのになぜ長田なんかと……」

「俺たちは遊びで大陸に渡っているんじゃあない。こっちにはこっちの事情があるんだ」

「その事情とやらのせいで、このざまか!」

「別に鴇汰と麻乃が一緒だったから、こんな事態になったわけじゃあないだろう? 大体、麻乃が誰とどうあろうが、おまえの知ったことじゃあ……」

 穂高から目を逸らそうとしなかったレイファーが、急に視線を逸らした。

『僕はさ、この南のものっていうのは、まず間違いなくジャセンベルの武王だと思うのね』

 クロムの家で、大陸の伝承について話しをしたときの梁瀬の言葉を思い出した。
 破壊するもの、再生するもの、まとめ上げるもの、そして、いずれかに添う紅き華……。

 添う、というせいで惹かれるのは、紅き華である麻乃のほうだとばかり思っていたけれど、三者のほうも麻乃の存在に、その心を惹きつけられるんじゃあないだろうか?

 ジャセンベルの前王は、レイファーこそ武王だと言っていた。
 梁瀬は、武王はまとめ上げるものだ、と……。
 初めて出会ったその日に、レイファーは麻乃に惹かれたのではないだろうか。

『手に入れたいものがあった。けれど今は、無理やりに奪い取るつもりはない』

『それは……個人的なことだ。ジャセンベルとか泉翔とか、そんな大げさなものじゃあない』

 巧との話しの中で、レイファーは確かにそう言った。
 考えたくない思いが胸に渦巻く。

「おまえが泉翔で手に入れたいものって……」

 言いかけた言葉を、バサバサと羽根の音にさえぎられ、穂高とレイファーのあいだに鳥の姿が割って入った。
 同時に、船首が慌ただしくなり、兵たちが盛んに行き交っている。
 鳥はサムの式神のようで、レイファーが話しを始めてしまったので、穂高は船首の様子を見に行くことにした。

「なにかあったのかい?」

「ええ。周辺に島影が確認できました。間もなく、泉翔手前の双子島も確認できるでしょう」

「わかった。ありがとう」

 穂高はジャセンベル兵たちから離れ、周囲を見渡した。
 確かに、いくつか真黒な影が見える。
 いよいよ泉翔だ。そう思うと否応なしに気持ちが高揚する。

 ジャセンベル兵が、鐘を数回鳴らすと答えるように他の戦艦からも、鐘の音が響く。
 それが合図だったかのように、船は更にスピードを増した。

「サムはこれから、おまえの仲間とともに先に上陸をするそうだ」

 背後でそう言ったレイファーは、腕を振り上げ、止まっていた式神を空に放った。

「トクさんが? 先に上陸って、どういうことなんだ?」

「双子島のあいだを回り込み、浜から外れた岩場から入ると言っていたが」

「岩場……」

 穂高は南浜の地形を思い出した。浜の右手には小高い丘があり、防衛時には岱胡や梁瀬の部隊がそのあたりに詰めている。
 そこから伝令を回せば、浜だけでなく、他への伝達も早いだろう。

「本当なら、双子島あたりで時間を合わせたいところだったが、どうやら、そう変わらない時間に西側の浜へ着く。このまま上陸するぞ」

「ああ。それはいいとして……」

「なにか問題でもあるのか?」

 上陸してから、どうやって伝令を回すか考えた。
 自分や鴇汰の部隊なら、すぐに捕まえて状況を手早く伝えることが可能だけれど、麻乃と修治の部隊は半数以上が新人に変わっている。

 新人だけで行動させてはいないだろうけれど、敵兵が入り混じった状態で、古株の隊員を探し出すのは骨が折れそうだ。
 それに、今度ばかりは堤防を越えられているだろう。
 浜に残った戦士の数が少ないほど見つけ出すのに時間がかかる。

「問題はない。ただ、俺はまず伝令を回さなければならない」

「伝令?」

「そう。ジャセンベルが敵ではないと、戦士たちに速やかに通達しなければならないだろう?」

「確かにそうだな。そうしてもらわなければ、不要な犠牲が出ることになるだろう」

 同盟三国の襲撃を受け、その直後にジャセンベルが現れれば、泉翔は当然ジャセンベルまでも侵攻してきたと思うに違いない。
 穂高が防衛側なら、間違いなくそう考える。
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