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大切なもの
第18話 隠者 ~サム 3~
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術の効力を失ってしまう――。
そのときになにかが起こってしまったら、一体どうするんだろうか。
戦士たちにとっては、術が使えなかろうが、その身、その腕があればどうとでもなるけれど……。
「大丈夫だ。そのときには暗示も干渉も解けているんだ。恐れるならば、その直前に起こることかのう……」
「ハンスさんの言うとおり。私たちは最初の術を放ってから、それが戻ってくるまでの数時間、できるかぎりのことをしよう」
クロムの言葉に梁瀬はだまったまま、うつむいている。
子どものころに泉翔へ移り住み、それなりの立場にいるのだから、思うところも多々あるのはわかる。
初めて顔を合わせたときには、大陸を離れて豊かな島でのうのうと暮らしていた男に、例え血が繋がっていたところでなにがわかるのか。
そう思っていた。
どうやら自分よりも力のある術師らしい、と言うのも鼻についた。
ハンスにロマジェリカの粛清の日のことを聞き、何度かやり取りを重ね、ともに過ごす時間が増えて行くうちに、段々と頑なになっていた思いがほぐれていった。
短い時間の中で、いつの間にか梁瀬を認めていた。
見込んだ男の消沈している姿に、妙に苛立ちを感じてならない。
「そんなことで、上陸してからちゃんと対応できるんですか?」
「ちゃんとって……」
「まだなにもしていないと言うのに、その落ち込みよう……落ち込むのは勝手ですが、そんなに気を削がれていて、いざ術を放とうと言うときに合わせることができるんですか?」
「これ、サム! おまえはまた、そんなことを……」
「爺さまは黙っててください! 私は梁瀬さんに聞いているんです!」
止めに入ったハンスをピシャリと撥ね退け、梁瀬の目を見据えた。
「泉翔の人たちが紅い華を救おうと、思い悩んでいるのは承知しています。だからと言って今からそんな具合で、最初の段階から失敗するような羽目にでもなったらどうするんです?」
「僕は別に落ち込んでいるわけじゃない。それに子どもじゃないんだから、自分がやるべきことぐらい、きちんと対応できる」
「ホントですかねぇ」
フン、と鼻であしらうように言うと、梁瀬はムッとした顔で見返してから、ゆっくりと息を吐いた。
会ったばかりのときのように、苛立ちをあらわに返してくる様子はない。
「もう何日も一緒に過ごして、いい加減わかってはきたけど、サムのその物言いは本当に頭にくるよ。そういう言い方、直したほうがいいね」
「私の物言いがどうこうなんて話しは……」
「わかってるよ。発奮させようとでも思ったんでしょ。確かにサムの言う通り、いろいろと思うことはある。でも、やるべきこともちゃんとわかってるから安心してよ」
しっかりとした視線を向け、梁瀬はそう返して来た。
サムと同じ淡い翠眼に力強さを感じる。
肩を落としているように見えても、その内面には信念のようなものを秘めているのを感じた。
芯の部分が、自分と同じもののようにも思えるのは、同じ血筋だからだけではないような気がした。
「よし、それじゃあ上陸してからは、それぞれが速やかに動く。そのあいだの他者との連携はワシが補佐をしよう」
「よろしくお願いします。梁瀬くんは準備が整い次第、術を唱えてくれればいい。私とサムくんがそれに合わせる」
「わかりました」
「中央からの返しがあるまでは、サムくんは南浜で暗示の解けた兵の引き上げを、梁瀬くんは西浜で。北浜は私では動きようがないから、ハンスさんに任せる」
「ワシらは反同盟派を率いていくからな、暗示さえ解けていれば、兵を引かせるのは難しくはなかろう」
すべてのタイミングは、その感覚でわかるとクロムは言った。
ハンスと梁瀬とともに暗示を解く術を使っていなければ、その感覚はきっとわからなかっただろう。
けれど、今は全部、わかるような気がする。
「術が無効になっているあいだ……そのときだけは、十分に注意をするように。と言っても二人とも軍属だから、そんな心配は必要ないだろうけどね」
梁瀬と二人、顔を見合わせてうなずいた。
なぜか、すべてうまく運ぶ、そう思っている自分がいる。
奇妙なほどに逸る思いを胸に秘め、サムはギュッと杖を握った。
「さぁ、そろそろ私たちは引き上げようか」
そう言ってクロムは大きな鳥を出し、サムを誘った。
(またアレに乗るのか……)
空を飛ぶのは便利ではあるけれど、どうにも慣れない。
クロムも梁瀬も、なんだってこんなものを使うのか。
溜息をもらしながら翼に手をかけたとき、萎えるサムの思いに気づいたかのように、背後でクスリと梁瀬の笑い声がした。
そのときになにかが起こってしまったら、一体どうするんだろうか。
戦士たちにとっては、術が使えなかろうが、その身、その腕があればどうとでもなるけれど……。
「大丈夫だ。そのときには暗示も干渉も解けているんだ。恐れるならば、その直前に起こることかのう……」
「ハンスさんの言うとおり。私たちは最初の術を放ってから、それが戻ってくるまでの数時間、できるかぎりのことをしよう」
クロムの言葉に梁瀬はだまったまま、うつむいている。
子どものころに泉翔へ移り住み、それなりの立場にいるのだから、思うところも多々あるのはわかる。
初めて顔を合わせたときには、大陸を離れて豊かな島でのうのうと暮らしていた男に、例え血が繋がっていたところでなにがわかるのか。
そう思っていた。
どうやら自分よりも力のある術師らしい、と言うのも鼻についた。
ハンスにロマジェリカの粛清の日のことを聞き、何度かやり取りを重ね、ともに過ごす時間が増えて行くうちに、段々と頑なになっていた思いがほぐれていった。
短い時間の中で、いつの間にか梁瀬を認めていた。
見込んだ男の消沈している姿に、妙に苛立ちを感じてならない。
「そんなことで、上陸してからちゃんと対応できるんですか?」
「ちゃんとって……」
「まだなにもしていないと言うのに、その落ち込みよう……落ち込むのは勝手ですが、そんなに気を削がれていて、いざ術を放とうと言うときに合わせることができるんですか?」
「これ、サム! おまえはまた、そんなことを……」
「爺さまは黙っててください! 私は梁瀬さんに聞いているんです!」
止めに入ったハンスをピシャリと撥ね退け、梁瀬の目を見据えた。
「泉翔の人たちが紅い華を救おうと、思い悩んでいるのは承知しています。だからと言って今からそんな具合で、最初の段階から失敗するような羽目にでもなったらどうするんです?」
「僕は別に落ち込んでいるわけじゃない。それに子どもじゃないんだから、自分がやるべきことぐらい、きちんと対応できる」
「ホントですかねぇ」
フン、と鼻であしらうように言うと、梁瀬はムッとした顔で見返してから、ゆっくりと息を吐いた。
会ったばかりのときのように、苛立ちをあらわに返してくる様子はない。
「もう何日も一緒に過ごして、いい加減わかってはきたけど、サムのその物言いは本当に頭にくるよ。そういう言い方、直したほうがいいね」
「私の物言いがどうこうなんて話しは……」
「わかってるよ。発奮させようとでも思ったんでしょ。確かにサムの言う通り、いろいろと思うことはある。でも、やるべきこともちゃんとわかってるから安心してよ」
しっかりとした視線を向け、梁瀬はそう返して来た。
サムと同じ淡い翠眼に力強さを感じる。
肩を落としているように見えても、その内面には信念のようなものを秘めているのを感じた。
芯の部分が、自分と同じもののようにも思えるのは、同じ血筋だからだけではないような気がした。
「よし、それじゃあ上陸してからは、それぞれが速やかに動く。そのあいだの他者との連携はワシが補佐をしよう」
「よろしくお願いします。梁瀬くんは準備が整い次第、術を唱えてくれればいい。私とサムくんがそれに合わせる」
「わかりました」
「中央からの返しがあるまでは、サムくんは南浜で暗示の解けた兵の引き上げを、梁瀬くんは西浜で。北浜は私では動きようがないから、ハンスさんに任せる」
「ワシらは反同盟派を率いていくからな、暗示さえ解けていれば、兵を引かせるのは難しくはなかろう」
すべてのタイミングは、その感覚でわかるとクロムは言った。
ハンスと梁瀬とともに暗示を解く術を使っていなければ、その感覚はきっとわからなかっただろう。
けれど、今は全部、わかるような気がする。
「術が無効になっているあいだ……そのときだけは、十分に注意をするように。と言っても二人とも軍属だから、そんな心配は必要ないだろうけどね」
梁瀬と二人、顔を見合わせてうなずいた。
なぜか、すべてうまく運ぶ、そう思っている自分がいる。
奇妙なほどに逸る思いを胸に秘め、サムはギュッと杖を握った。
「さぁ、そろそろ私たちは引き上げようか」
そう言ってクロムは大きな鳥を出し、サムを誘った。
(またアレに乗るのか……)
空を飛ぶのは便利ではあるけれど、どうにも慣れない。
クロムも梁瀬も、なんだってこんなものを使うのか。
溜息をもらしながら翼に手をかけたとき、萎えるサムの思いに気づいたかのように、背後でクスリと梁瀬の笑い声がした。
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