568 / 780
大切なもの
第18話 隠者 ~サム 3~
しおりを挟む
術の効力を失ってしまう――。
そのときになにかが起こってしまったら、一体どうするんだろうか。
戦士たちにとっては、術が使えなかろうが、その身、その腕があればどうとでもなるけれど……。
「大丈夫だ。そのときには暗示も干渉も解けているんだ。恐れるならば、その直前に起こることかのう……」
「ハンスさんの言うとおり。私たちは最初の術を放ってから、それが戻ってくるまでの数時間、できるかぎりのことをしよう」
クロムの言葉に梁瀬はだまったまま、うつむいている。
子どものころに泉翔へ移り住み、それなりの立場にいるのだから、思うところも多々あるのはわかる。
初めて顔を合わせたときには、大陸を離れて豊かな島でのうのうと暮らしていた男に、例え血が繋がっていたところでなにがわかるのか。
そう思っていた。
どうやら自分よりも力のある術師らしい、と言うのも鼻についた。
ハンスにロマジェリカの粛清の日のことを聞き、何度かやり取りを重ね、ともに過ごす時間が増えて行くうちに、段々と頑なになっていた思いがほぐれていった。
短い時間の中で、いつの間にか梁瀬を認めていた。
見込んだ男の消沈している姿に、妙に苛立ちを感じてならない。
「そんなことで、上陸してからちゃんと対応できるんですか?」
「ちゃんとって……」
「まだなにもしていないと言うのに、その落ち込みよう……落ち込むのは勝手ですが、そんなに気を削がれていて、いざ術を放とうと言うときに合わせることができるんですか?」
「これ、サム! おまえはまた、そんなことを……」
「爺さまは黙っててください! 私は梁瀬さんに聞いているんです!」
止めに入ったハンスをピシャリと撥ね退け、梁瀬の目を見据えた。
「泉翔の人たちが紅い華を救おうと、思い悩んでいるのは承知しています。だからと言って今からそんな具合で、最初の段階から失敗するような羽目にでもなったらどうするんです?」
「僕は別に落ち込んでいるわけじゃない。それに子どもじゃないんだから、自分がやるべきことぐらい、きちんと対応できる」
「ホントですかねぇ」
フン、と鼻であしらうように言うと、梁瀬はムッとした顔で見返してから、ゆっくりと息を吐いた。
会ったばかりのときのように、苛立ちをあらわに返してくる様子はない。
「もう何日も一緒に過ごして、いい加減わかってはきたけど、サムのその物言いは本当に頭にくるよ。そういう言い方、直したほうがいいね」
「私の物言いがどうこうなんて話しは……」
「わかってるよ。発奮させようとでも思ったんでしょ。確かにサムの言う通り、いろいろと思うことはある。でも、やるべきこともちゃんとわかってるから安心してよ」
しっかりとした視線を向け、梁瀬はそう返して来た。
サムと同じ淡い翠眼に力強さを感じる。
肩を落としているように見えても、その内面には信念のようなものを秘めているのを感じた。
芯の部分が、自分と同じもののようにも思えるのは、同じ血筋だからだけではないような気がした。
「よし、それじゃあ上陸してからは、それぞれが速やかに動く。そのあいだの他者との連携はワシが補佐をしよう」
「よろしくお願いします。梁瀬くんは準備が整い次第、術を唱えてくれればいい。私とサムくんがそれに合わせる」
「わかりました」
「中央からの返しがあるまでは、サムくんは南浜で暗示の解けた兵の引き上げを、梁瀬くんは西浜で。北浜は私では動きようがないから、ハンスさんに任せる」
「ワシらは反同盟派を率いていくからな、暗示さえ解けていれば、兵を引かせるのは難しくはなかろう」
すべてのタイミングは、その感覚でわかるとクロムは言った。
ハンスと梁瀬とともに暗示を解く術を使っていなければ、その感覚はきっとわからなかっただろう。
けれど、今は全部、わかるような気がする。
「術が無効になっているあいだ……そのときだけは、十分に注意をするように。と言っても二人とも軍属だから、そんな心配は必要ないだろうけどね」
梁瀬と二人、顔を見合わせてうなずいた。
なぜか、すべてうまく運ぶ、そう思っている自分がいる。
奇妙なほどに逸る思いを胸に秘め、サムはギュッと杖を握った。
「さぁ、そろそろ私たちは引き上げようか」
そう言ってクロムは大きな鳥を出し、サムを誘った。
(またアレに乗るのか……)
空を飛ぶのは便利ではあるけれど、どうにも慣れない。
クロムも梁瀬も、なんだってこんなものを使うのか。
溜息をもらしながら翼に手をかけたとき、萎えるサムの思いに気づいたかのように、背後でクスリと梁瀬の笑い声がした。
そのときになにかが起こってしまったら、一体どうするんだろうか。
戦士たちにとっては、術が使えなかろうが、その身、その腕があればどうとでもなるけれど……。
「大丈夫だ。そのときには暗示も干渉も解けているんだ。恐れるならば、その直前に起こることかのう……」
「ハンスさんの言うとおり。私たちは最初の術を放ってから、それが戻ってくるまでの数時間、できるかぎりのことをしよう」
クロムの言葉に梁瀬はだまったまま、うつむいている。
子どものころに泉翔へ移り住み、それなりの立場にいるのだから、思うところも多々あるのはわかる。
初めて顔を合わせたときには、大陸を離れて豊かな島でのうのうと暮らしていた男に、例え血が繋がっていたところでなにがわかるのか。
そう思っていた。
どうやら自分よりも力のある術師らしい、と言うのも鼻についた。
ハンスにロマジェリカの粛清の日のことを聞き、何度かやり取りを重ね、ともに過ごす時間が増えて行くうちに、段々と頑なになっていた思いがほぐれていった。
短い時間の中で、いつの間にか梁瀬を認めていた。
見込んだ男の消沈している姿に、妙に苛立ちを感じてならない。
「そんなことで、上陸してからちゃんと対応できるんですか?」
「ちゃんとって……」
「まだなにもしていないと言うのに、その落ち込みよう……落ち込むのは勝手ですが、そんなに気を削がれていて、いざ術を放とうと言うときに合わせることができるんですか?」
「これ、サム! おまえはまた、そんなことを……」
「爺さまは黙っててください! 私は梁瀬さんに聞いているんです!」
止めに入ったハンスをピシャリと撥ね退け、梁瀬の目を見据えた。
「泉翔の人たちが紅い華を救おうと、思い悩んでいるのは承知しています。だからと言って今からそんな具合で、最初の段階から失敗するような羽目にでもなったらどうするんです?」
「僕は別に落ち込んでいるわけじゃない。それに子どもじゃないんだから、自分がやるべきことぐらい、きちんと対応できる」
「ホントですかねぇ」
フン、と鼻であしらうように言うと、梁瀬はムッとした顔で見返してから、ゆっくりと息を吐いた。
会ったばかりのときのように、苛立ちをあらわに返してくる様子はない。
「もう何日も一緒に過ごして、いい加減わかってはきたけど、サムのその物言いは本当に頭にくるよ。そういう言い方、直したほうがいいね」
「私の物言いがどうこうなんて話しは……」
「わかってるよ。発奮させようとでも思ったんでしょ。確かにサムの言う通り、いろいろと思うことはある。でも、やるべきこともちゃんとわかってるから安心してよ」
しっかりとした視線を向け、梁瀬はそう返して来た。
サムと同じ淡い翠眼に力強さを感じる。
肩を落としているように見えても、その内面には信念のようなものを秘めているのを感じた。
芯の部分が、自分と同じもののようにも思えるのは、同じ血筋だからだけではないような気がした。
「よし、それじゃあ上陸してからは、それぞれが速やかに動く。そのあいだの他者との連携はワシが補佐をしよう」
「よろしくお願いします。梁瀬くんは準備が整い次第、術を唱えてくれればいい。私とサムくんがそれに合わせる」
「わかりました」
「中央からの返しがあるまでは、サムくんは南浜で暗示の解けた兵の引き上げを、梁瀬くんは西浜で。北浜は私では動きようがないから、ハンスさんに任せる」
「ワシらは反同盟派を率いていくからな、暗示さえ解けていれば、兵を引かせるのは難しくはなかろう」
すべてのタイミングは、その感覚でわかるとクロムは言った。
ハンスと梁瀬とともに暗示を解く術を使っていなければ、その感覚はきっとわからなかっただろう。
けれど、今は全部、わかるような気がする。
「術が無効になっているあいだ……そのときだけは、十分に注意をするように。と言っても二人とも軍属だから、そんな心配は必要ないだろうけどね」
梁瀬と二人、顔を見合わせてうなずいた。
なぜか、すべてうまく運ぶ、そう思っている自分がいる。
奇妙なほどに逸る思いを胸に秘め、サムはギュッと杖を握った。
「さぁ、そろそろ私たちは引き上げようか」
そう言ってクロムは大きな鳥を出し、サムを誘った。
(またアレに乗るのか……)
空を飛ぶのは便利ではあるけれど、どうにも慣れない。
クロムも梁瀬も、なんだってこんなものを使うのか。
溜息をもらしながら翼に手をかけたとき、萎えるサムの思いに気づいたかのように、背後でクスリと梁瀬の笑い声がした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる