蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
566 / 780
大切なもの

第16話 隠者 ~サム 1~

しおりを挟む
 ハンスのロッドで額を押された瞬間、全身が硬直した。
 妙に逸る気持ちに胸がざわめく。
 影となり持てる力のすべてを使い、いざともなればこの命を賭しても厭わない、その覚悟はできていた。

 すべてが済んだあと、ヘイトを子どものころのように作物の良く育つ土地として、自ら進んで育んでいきたい、そうも思っていた。
 それでも、今度の戦いにおいては、梁瀬のいうようにどこか他人事のように感じていたのも事実だ。

 レイファーを焚き付け、それを支援さえすれば、あとのことは伝承の血筋同士で決着をつけてくれるに違いない、と。
 それが突然、かつて焦がれていた存在が自分だと言われ、戸惑わないわけがない。

 向かいに立つ梁瀬を見た。
 梁瀬はいつ、自分が特別な存在だと気づいたのだろう。
 気づいて一体、なにをどう感じたのだろう。
 見たかぎりでは、サムのように戸惑っている様子には見えないけれど……。
 それにいくつか疑問がある。

「伝承のものは、その血筋から成るものだと思っていましたが……私と梁瀬さんはともかく、クロムさんは私たちの親戚筋なんですか? とてもそうは見えませんが」

「そう言えば……僕の父はロマジェリカだけど、そっちで繋がるとサムが外れちゃう」

 梁瀬も首を捻っている。
 サムもハンスも生粋のヘイト人だ。
 クロムも梁瀬のようにロマジェリカ人とのハーフで、外見にロマジェリカの血が濃く出ている可能性もあるけれど、そんな親類がいれば、なにかしらの話しは聞いているはずだ。

「伝承のいくつかの血筋は確かにそうなんだよ。父方、母方を問わず、血の濃い薄いに関わらず、必ず同じ血筋に現れる」

「それが、賢者に限っては違うのだよ」

「……違う?」

 賢者にかぎっては、術師としての資質が大きく関わると言う。
 資質の問題もあるため、同じ血筋から出ることもあると言うけれど、これまでの多くはまったく関わりのないものが継いでいるそうだ。
 クロム自身、前賢者とは縁もゆかりもないと言った。

「だから皆、早い段階で継ぐものを探し始めるんだ」

「ですが、それでは相手がいつ見つかるかもわかりませんよね?」

「そう思うだろう? けれど私たちは互いに引き合う。探そうと思い始めたときから、少しずつ道が繋がり始めるんだよ。私たちが出会ったように」

「今はわからずとも、おまえさんたちにもいずれわかる時期が来よう。さぁ、そんな話しはすべてが終わってから、三人でゆっくりすればよいであろう」

 ハンスがパンパンと手を打ち、机に置かれたメモに手をのせ、身を寄せるように手招きをした。
 残る時間は少ない。今は血筋云々よりも話し合わなければならないことがある、そう言った。

「うん、僕はこのあと、ジャセンベルと合流しなければならないし、サムは南浜に向かうために指揮を取らないとならないか」

「泉翔へ上陸してからでは、おまえさんたちは身動きが取れないのだから」

「そう……ですね……」

 わからないことはあとでどうとでもなる。
 今は今しかできないことを考えなければならない。

 ふと、梁瀬を見た。
 メモに視線を落とし、指先で触れながらクロムに問いかけている眉間には、深いシワが寄っている。
 サムほどじゃあなくとも、梁瀬も不安を感じているのだろうか。

「まずは手順だけれど、キミたちが上陸した時点で、多くの兵は中央に向かって進軍中だと思う」

「うん。予想でしかないけれど、敵兵の数が多い以上、すべての兵を倒しきれないのはわかっているから、ある程度は通すつもりでいると思う」

「確かに、これまでのように海岸で食い止められる数ではないでしょうから」

 うなずいたクロムは、ペンでもう一度メモに書いた三カ所の印を指した。

「そこで私たちは、互いに上陸した浜で術を放つタイミングを計る」

「梁瀬さんは北浜から西浜へ移動するんでしたね。となると合わせるのは梁瀬さんのタイミングですね」

「そうだね。それからキミたちは、大陸でハンスさんと暗示を解く術を使ったね?」

 クロムの問いかけに、梁瀬とともに答えた。

「あのとき、離れていても術を唱えるタイミングがわかりましたけど、今度も同じなんですか?」

「ですが、今度はあのときと状況も距離も大きく違います。それで本当に合わせることが……」

「その心配は要らないよ。二人とももうわかっているはずだ。物理的な距離は関係ないからね」

 互いに意識し合っていれば迷うことなくそのときがわかる。
 クロムはそう言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...