蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
565 / 780
大切なもの

第15話 隠者 ~梁瀬 4~

しおりを挟む
 ハンスは隣に立つサムの両手を包むように握りしめた。
 クロムはその様子を暖かな眼差しで見つめている。

「サムよ。おまえには三賢者さまの話をくどいほどにしてきたな。二人の賢者さまは亡くなってしまった。もう一人はその行方もわからない。三賢者さまはもうおられない」

「聞きましたよ。さっきも言ったでしょう」

 その言葉に聞き覚えがあった。
 初めてハンスを訪ねた日に、梁瀬もそう言われたのを思い出す。

「良くお聞き。新たな賢者さまが二人、おまえの目の前にいらっしゃる。欠けた一人はおまえが埋めるのだよ」

「私は……」

「梁瀬にもらった術式を、既にすべて試しているのだろう? 思う以上に使えて驚いたろう? 梁瀬、おまえさんもな」

 サムの手をぎゅっと握ったまま、ハンスは梁瀬にも目を向けてきた。
 うっすらと涙がにじんでいる。

 それを見て急速に甦ってきた記憶があった。
 夜も更けた泉翔の自宅で、夜中にふと目が覚めたとき、居間で両親とクロムが話をしていたのを、襖の陰で聞いていた。

『あの子がそんな……賢者のあとを継ぐものだなんて……本当なんですか?』

『ええ、間違いはないでしょうね』

『ですが、まだ年端も行かない。師事を仰ぐべき賢者が亡くなってしまったとなると、制御しきれない力に振り回されてしまうのでは?』

『その可能性は十分あります。それに、ここには伝承の血を引く子がいるのですから』

『そう言えば、あの子の歳では難しい術も、いつの間にか身につけています』

『なるほど、接触してしまったために、共鳴してしまったのか……』

『できるだけ早いうちに遠ざけておいたほうがいい。そして早く身を固めさせて落ち着かせれば……』

『でも、賢者さまがもう亡くなられているのですから、継ぐべき力を持てないままで、あの子はどうなるのです?』

『心当たりはあります、時が来ればそれを継ぐ方法もはっきりするでしょう。それまではできるかぎり力を抑えなければ』

『封印を施したうえで、あの子には早いうちに家庭を持たせよう。一人前の人としての自覚を意識させれば、いずれ来るときまでは揺れることもないだろう』

 クロムに式神の使いかたを教えてもらった日、疲れきって眠ってしまったときに、このことをわずかながら思い出した。
 今、それを鮮明に思い出せる。
 このあと、気配で気づかれたのか、両親に見つかった梁瀬は、今のサムと同じように三賢者さまの話を聞かされた。

(三賢者さまはもうおられない)

 その言葉が鍵の一つなのだろう。
 その前後のことを今の今まですべて忘れていた。
 泉翔へ逃げてくる船の中で、鴇汰に出会っていたこともそうだ。

 あのとき、鴇汰を喜ばせたくて使ってはならない術を使ってしまった。
 賢者の話しはサムとは違って以後聞かされてはいない。
 豊穣前に母を訪ねたときに聞かされても、まるでピンと来なかった。

 豊穣でヘイトに渡ってきて、奇妙な出来事や危険に遭遇し、ハンスの村が襲われたときに慣れない術まで使ったことで、少しずつ封印が解けていったのだろう。
 最後のきっかけになったのは、クロムと出会ったことだ。
 知らないと思っていた術は、すべて自分の中に眠っていたのを知った。

(それにしても――)

 熱心に両親が結婚を勧めてきた理由はこれだったのか。
 家庭を持てば落ち着くなど、とんでもない思い違いだ。
 おかげで当時、どれだけ苦労をしたことか。

 家庭を持とうが持つまいが、落ち着くものは落ち着くし、そうでないものは落ち着かない。そんなものだ。
 恥も外聞もかなぐり捨て、泣いて懇願した自分の姿を思い出し、梁瀬は憤死しそうなほど腹が立って、恥ずかしくなった。

「封印は、もう解ける時期に来ている。それぞれが己の力に振り回されることのないほど成長すれば、自分で解いてしまうことができるのだよ」

「梁瀬くんは、泉翔という特殊な環境でなければ、もう少し早くに解けていたかもしれないね」

「おまえはまだ、クロムや梁瀬に比べれば若すぎる。できれば自分で封印を解くまで待っていてやりたかったが……」

 ハンスは片手で自分のロッドを握ると、サムの額に柄をそっと押し当て、モゴモゴとなにかを呟いた。

「知らぬと思っておった術は、もうほとんどおまえの中によみがえっておる」

 そう言ってコツリと額を突いた。サムの体がビクッと揺れた。

「私の仲間であり、最良の友とも呼べる二人……サムくん。梁瀬くん。キミたちこそが新たな賢者だ」

 クロムの温かい手が梁瀬の肩に力強く触れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...