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大切なもの
第13話 隠者 ~クロム 2~
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「さっきも話したけれど、三人の使う術はそれぞれに違う役割を持っていた。だからこそ賢者は亡くなる前に自ら選んだ相手に、すべてを教えたんだ」
「他者ではそれらを伝えきれない、ということでしょうか?」
「いくつかの術はそれぞれに使えるし、ある程度の術式は知っていたけれど、そのすべては知り得なかったからね」
サムの疑問に、正直に答えた。
それぞれの役割を担うための秘術があって、それだけは三人三様で、互いに知ることは過去にもなかったのだ。
「それからは、ほとんど大陸に入り浸りになってしまった」
「ジャセンベルの賢者が残した弟子を探すためにですか?」
「それもあるけれど、万が一にも伝承が繰り返されたときに、すぐにでも対応するため、あちこちに繋ぎを作らなければならなかったからなんだ」
「ワシとクロムが知り合ったのも、そのためなのだよ」
サムの隣でハンスが静かに微笑んでいる。
当時、ハンスはヘイトの賢者と懇意にしていた。
同じ術師でもあり、いろいろと苦労や経験を重ねていたハンスは、クロムにも生きるうえでの刺激を与えてくれた。
そのハンスが、賢者の様子がおかしいと知らせてきてくれた。
妙に不安を掻き立てられて、ハンスとともに尋ねると、ヘイトの賢者もやはりなんの前触れもなく亡くなってしまっていた。
「彼も当時、いい年齢だったけれど、それを感じさせないくらい健康だったんだ」
「それも、やはり事故などの痕跡はなかった、というのですね?」
「ああ。それにあのころ、ワシは兵役から戻ったばかりで、暇を見ては行き来していた。おかしな様子など、なに一つありはせんかった」
ハンスはきっぱりと言いきってから、クロムに真剣な眼差しを向けてきた。
その表情が、もうすべてを語っても良いころだろう、と言っているように見える。
単にクロムがそう思いたいだけなのかもしれないけれど……。
「ところが、ハンスさんは一度だけ、その子供を目にしていたんだ」
「一度だけ?」
「ワシが訪ねていったある日、賢者の自宅に小さな子がおってな。そのときは、まるで下働きのように奥の部屋の掃除をしておったわ」
痩せこけた小さな体、子どもの癖に妙に薄暗い雰囲気を感じたハンスは、子どものことを賢者に聞いてみた。
その子は身寄りもなく、町を彷徨っていたそうだ。
哀れに思った賢者はその子を連れ帰ってきたと言う。
「彼はその子を、自分の力を継ぐかもしれないと、嬉しそうに話していたが……亡くなったあと、その子の姿はどこにも見えなかったのだよ」
クロムはその子のことも必死で探したけれど、ジャセンベルのときと同様、足取りはまったく掴めなかった。
ハンスにしつこいほど容姿を聞き、その情報を頼りにあちこちを探った。
数カ月が経ったころ、ようやく掴んだ情報は、どうやら二人の賢者のもとに現れたのは同一人物だということだけだった。
その子どもの足取りは、大人のクロムがその伝手をフルに活用しても掴みきれなかった。
あと一歩のところまで近づいても、するりとかわされてしまう。
時に裕福な富豪の家、時に身寄りのない老夫婦のもと、それは数日であったり、数カ月であったりと期間はバラバラではあったけれど、その子どもが身を寄せた先の人々は、なぜかみんな、亡くなってしまっていた。
手にした術を試しているんだと気づいたのは、何年も経ってからだった。
結局、足取りを追うだけで十年以上かかってしまった。
「他者ではそれらを伝えきれない、ということでしょうか?」
「いくつかの術はそれぞれに使えるし、ある程度の術式は知っていたけれど、そのすべては知り得なかったからね」
サムの疑問に、正直に答えた。
それぞれの役割を担うための秘術があって、それだけは三人三様で、互いに知ることは過去にもなかったのだ。
「それからは、ほとんど大陸に入り浸りになってしまった」
「ジャセンベルの賢者が残した弟子を探すためにですか?」
「それもあるけれど、万が一にも伝承が繰り返されたときに、すぐにでも対応するため、あちこちに繋ぎを作らなければならなかったからなんだ」
「ワシとクロムが知り合ったのも、そのためなのだよ」
サムの隣でハンスが静かに微笑んでいる。
当時、ハンスはヘイトの賢者と懇意にしていた。
同じ術師でもあり、いろいろと苦労や経験を重ねていたハンスは、クロムにも生きるうえでの刺激を与えてくれた。
そのハンスが、賢者の様子がおかしいと知らせてきてくれた。
妙に不安を掻き立てられて、ハンスとともに尋ねると、ヘイトの賢者もやはりなんの前触れもなく亡くなってしまっていた。
「彼も当時、いい年齢だったけれど、それを感じさせないくらい健康だったんだ」
「それも、やはり事故などの痕跡はなかった、というのですね?」
「ああ。それにあのころ、ワシは兵役から戻ったばかりで、暇を見ては行き来していた。おかしな様子など、なに一つありはせんかった」
ハンスはきっぱりと言いきってから、クロムに真剣な眼差しを向けてきた。
その表情が、もうすべてを語っても良いころだろう、と言っているように見える。
単にクロムがそう思いたいだけなのかもしれないけれど……。
「ところが、ハンスさんは一度だけ、その子供を目にしていたんだ」
「一度だけ?」
「ワシが訪ねていったある日、賢者の自宅に小さな子がおってな。そのときは、まるで下働きのように奥の部屋の掃除をしておったわ」
痩せこけた小さな体、子どもの癖に妙に薄暗い雰囲気を感じたハンスは、子どものことを賢者に聞いてみた。
その子は身寄りもなく、町を彷徨っていたそうだ。
哀れに思った賢者はその子を連れ帰ってきたと言う。
「彼はその子を、自分の力を継ぐかもしれないと、嬉しそうに話していたが……亡くなったあと、その子の姿はどこにも見えなかったのだよ」
クロムはその子のことも必死で探したけれど、ジャセンベルのときと同様、足取りはまったく掴めなかった。
ハンスにしつこいほど容姿を聞き、その情報を頼りにあちこちを探った。
数カ月が経ったころ、ようやく掴んだ情報は、どうやら二人の賢者のもとに現れたのは同一人物だということだけだった。
その子どもの足取りは、大人のクロムがその伝手をフルに活用しても掴みきれなかった。
あと一歩のところまで近づいても、するりとかわされてしまう。
時に裕福な富豪の家、時に身寄りのない老夫婦のもと、それは数日であったり、数カ月であったりと期間はバラバラではあったけれど、その子どもが身を寄せた先の人々は、なぜかみんな、亡くなってしまっていた。
手にした術を試しているんだと気づいたのは、何年も経ってからだった。
結局、足取りを追うだけで十年以上かかってしまった。
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