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大切なもの
第12話 隠者 ~クロム 1~
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ロマジェリカに暮らしていた前賢者に見出されたクロムは、そのもとで弟子として数年間、多くのことを学んだ。
「それは術だけではなく他者との関わりかたや、生きる指針についてもね。三人には役割のようなものもあってね、それぞれに使える術も違っていたんだよ」
他の二人の賢者とも引き合わされた。
一人はジャセンベルに住まい、もう一人はヘイトで暮らしていた。
互いに行き来をしては、様々な術を試したりもした。
やがて、クロムの師であった賢者が天命を全うして亡くなるころには、クロムは一人前の術者となり、賢者として他の二人と名を連ねることとなった……。
サムと梁瀬は、ただジッとクロムの話しを聞いている。
「新しい賢者として、やっと暮らしが確立したところに、あの粛清があってね。悩む間もなく、泉翔へ向かう事態になってしまったんだけれど、そのおかげで私はたくさんのことを知り、収穫を得たんだ」
「収穫、ですか?」
「知ることのできなかったことを知り、多くの人との繋がりを持ち、知識を得ることができた」
「それは一体……」
「最初の一年は南区に暮らしていたんだけれど、少し事情が変わってしまってね」
問いかけようとした梁瀬をさえぎって、クロムは続けた。
泉翔へ渡って一年ほど経ったころ、高田に問題が生じ、長く住んでいた南区を離れ、西区へ越すと言われた。
今後も大陸へ帰ることがあるのなら、鴇汰のこともあるから一緒にどうかと誘われ、住む場所を探すために試しに西区へ行ってみた。
そこには麻乃がいた。
既に一時的に目覚めたという。
いずれは鬼神として覚醒するだろうと、高田が言った。
「それを聞いたとき、さすがの私もめまいを覚えたよ。伝説の血筋が現れるとは、当時は夢にも思っていなかったからね」
「鬼神が現れたことに問題があったんですか? 賢者であるクロムさんは存在していると言うのに?」
「キミたちも、大陸での伝承を知っているだろう? 私は泉翔でも、その独自の伝承を学び得たから、麻乃ちゃんが男であればなんの不安も抱かなかったんだけれど……」
「……紅き華」
クロムが言い澱んだあとを、サムが継いだ。
そう。男であるならなんの問題もなかった。
紅き華が生まれ出た。
それは他の血筋も生まれている可能性を示唆している。
大陸に古くから伝わる伝承が、今、再び起ころうとしているのなら、それを止める手立ても考えなければならない。
クロムはいずれ来るだろう問題に対処するために、大陸と泉翔を頻繁に行き来しなければならなくなった。
泉翔を空ける時間が増えるとなると、鴇汰のことが非常に気になる。
両親を理不尽な形で亡くし、憔悴しきっていた鴇汰が逃げてくる船上でやっと笑顔を取り戻したと言うのに、同じような境遇にあり、かつ特殊な血筋の娘のそばに置いては、互いに共鳴してしまうかもしれない。
ある程度の歳になっていれば、そう心配する必要もなかっただろうけれど、二人ともまだ幼い。
近づけるのは危険だと判断した。
高田に事情を説明したうえで、信頼のおける相手を紹介してもらい、離れた東区へ移り住んだ。
「それからジャセンベルとヘイトの賢者たちに事情を話し、密に連絡を取り合い、数年に渡って様々な準備をしていたんだ」
ハンスも当時を思い出しているかのように、目を閉じて時折うなずいている。
大陸に残っていた賢者たちは、そのころにはかなりの歳で、二人ともその力を継ぐものを探していた。
「あるとき、ジャセンベルに住む賢者からの連絡があった。ようやく自分のあとを継ぐものを見つけた、是非とも一度引き合わせたい、そう言ってきたんだ」
妙なことだ、そう思った。
急ぎ戻ってみると、賢者は既に亡くなっていて見いだしたという弟子の姿もなかった。
健康そのものだったのに、突然亡くなったことに疑問を持ち、すぐさまヘイトに住む賢者に会いに行くと、その賢者もひどく驚いていた。
クロムと同じように引き合わせたいものがいる、と聞いていたけれど、やはり弟子の姿を見てはいなかった。
「事故ではなかったんですか? あるいは突然の発作とか……」
「そうであれば、なんらかの痕跡があっただろうけれど、そう言ったものはまったくなかったんだよ。彼と付き合いのあった人たちにもいろいろと聞いたけれど、結局なにも出てこなかった」
「ヘイトに住んでいた賢者のかたも、なにも知らなかったんですよね?」
「そうなんだ。私はね、彼の弟子がなにか知らないか、探してみることにしたんだ」
クロムは懸命にその足取りを追った。
けれど、その姿を見てはいても、ハッキリと記憶に残している人がまったく見つからず、なんの手がかりも掴めないまま、半年が過ぎてしまった。
賢者から受け継ぐべき術や諸々の知識は、一体どうなってしまったのか、それさえもわからない。
伝承の血筋が生まれ出ているのははっきりしている。
それなのに、その準備をつつがなく進めていくはずの賢者が一人、継ぐものを残さずに亡くなってしまった。
恐らく、その対象となるべき子を、クロムは既に見つけていたけれど教える相手がいないことにはどうにもならない。
鴇汰の様子も心配だったクロムは、あとのことをヘイトの賢者に任せ、いったん泉翔へ戻った。
「それは術だけではなく他者との関わりかたや、生きる指針についてもね。三人には役割のようなものもあってね、それぞれに使える術も違っていたんだよ」
他の二人の賢者とも引き合わされた。
一人はジャセンベルに住まい、もう一人はヘイトで暮らしていた。
互いに行き来をしては、様々な術を試したりもした。
やがて、クロムの師であった賢者が天命を全うして亡くなるころには、クロムは一人前の術者となり、賢者として他の二人と名を連ねることとなった……。
サムと梁瀬は、ただジッとクロムの話しを聞いている。
「新しい賢者として、やっと暮らしが確立したところに、あの粛清があってね。悩む間もなく、泉翔へ向かう事態になってしまったんだけれど、そのおかげで私はたくさんのことを知り、収穫を得たんだ」
「収穫、ですか?」
「知ることのできなかったことを知り、多くの人との繋がりを持ち、知識を得ることができた」
「それは一体……」
「最初の一年は南区に暮らしていたんだけれど、少し事情が変わってしまってね」
問いかけようとした梁瀬をさえぎって、クロムは続けた。
泉翔へ渡って一年ほど経ったころ、高田に問題が生じ、長く住んでいた南区を離れ、西区へ越すと言われた。
今後も大陸へ帰ることがあるのなら、鴇汰のこともあるから一緒にどうかと誘われ、住む場所を探すために試しに西区へ行ってみた。
そこには麻乃がいた。
既に一時的に目覚めたという。
いずれは鬼神として覚醒するだろうと、高田が言った。
「それを聞いたとき、さすがの私もめまいを覚えたよ。伝説の血筋が現れるとは、当時は夢にも思っていなかったからね」
「鬼神が現れたことに問題があったんですか? 賢者であるクロムさんは存在していると言うのに?」
「キミたちも、大陸での伝承を知っているだろう? 私は泉翔でも、その独自の伝承を学び得たから、麻乃ちゃんが男であればなんの不安も抱かなかったんだけれど……」
「……紅き華」
クロムが言い澱んだあとを、サムが継いだ。
そう。男であるならなんの問題もなかった。
紅き華が生まれ出た。
それは他の血筋も生まれている可能性を示唆している。
大陸に古くから伝わる伝承が、今、再び起ころうとしているのなら、それを止める手立ても考えなければならない。
クロムはいずれ来るだろう問題に対処するために、大陸と泉翔を頻繁に行き来しなければならなくなった。
泉翔を空ける時間が増えるとなると、鴇汰のことが非常に気になる。
両親を理不尽な形で亡くし、憔悴しきっていた鴇汰が逃げてくる船上でやっと笑顔を取り戻したと言うのに、同じような境遇にあり、かつ特殊な血筋の娘のそばに置いては、互いに共鳴してしまうかもしれない。
ある程度の歳になっていれば、そう心配する必要もなかっただろうけれど、二人ともまだ幼い。
近づけるのは危険だと判断した。
高田に事情を説明したうえで、信頼のおける相手を紹介してもらい、離れた東区へ移り住んだ。
「それからジャセンベルとヘイトの賢者たちに事情を話し、密に連絡を取り合い、数年に渡って様々な準備をしていたんだ」
ハンスも当時を思い出しているかのように、目を閉じて時折うなずいている。
大陸に残っていた賢者たちは、そのころにはかなりの歳で、二人ともその力を継ぐものを探していた。
「あるとき、ジャセンベルに住む賢者からの連絡があった。ようやく自分のあとを継ぐものを見つけた、是非とも一度引き合わせたい、そう言ってきたんだ」
妙なことだ、そう思った。
急ぎ戻ってみると、賢者は既に亡くなっていて見いだしたという弟子の姿もなかった。
健康そのものだったのに、突然亡くなったことに疑問を持ち、すぐさまヘイトに住む賢者に会いに行くと、その賢者もひどく驚いていた。
クロムと同じように引き合わせたいものがいる、と聞いていたけれど、やはり弟子の姿を見てはいなかった。
「事故ではなかったんですか? あるいは突然の発作とか……」
「そうであれば、なんらかの痕跡があっただろうけれど、そう言ったものはまったくなかったんだよ。彼と付き合いのあった人たちにもいろいろと聞いたけれど、結局なにも出てこなかった」
「ヘイトに住んでいた賢者のかたも、なにも知らなかったんですよね?」
「そうなんだ。私はね、彼の弟子がなにか知らないか、探してみることにしたんだ」
クロムは懸命にその足取りを追った。
けれど、その姿を見てはいても、ハッキリと記憶に残している人がまったく見つからず、なんの手がかりも掴めないまま、半年が過ぎてしまった。
賢者から受け継ぐべき術や諸々の知識は、一体どうなってしまったのか、それさえもわからない。
伝承の血筋が生まれ出ているのははっきりしている。
それなのに、その準備をつつがなく進めていくはずの賢者が一人、継ぐものを残さずに亡くなってしまった。
恐らく、その対象となるべき子を、クロムは既に見つけていたけれど教える相手がいないことにはどうにもならない。
鴇汰の様子も心配だったクロムは、あとのことをヘイトの賢者に任せ、いったん泉翔へ戻った。
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