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大切なもの
第11話 隠者 ~梁瀬 2~
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そこには二つの術式が書かれていた。
「……これは」
先だって、梁瀬がクロムにもらった手帳にあった干渉を解くものと似ている。
ということは、これも暗示を解くための術式なんだろうか?
「これは、三つ合わせて一つの術なんだよ」
「三つ? あの干渉を解く術と合わせてですか?」
サムの問いかけにクロムはゆっくりと首を振った。
「違う? それじゃあ一体……」
「最初にキミたちが使った術は、単純に大勢の暗示を一度で解く術だ。もう一つの術式は少数の干渉を解く。これはその二つを兼ね合わせた術で、とても強力なんだ」
クロムは手帳を破り、それをハンスの前の机に置くと、大きな円を描き、三カ所に点を打った。
パッと見て、それが泉翔を表していると梁瀬にはわかった。
「まず、南浜へサムくん、そして梁瀬くんは北浜から上陸するけれど、すぐに移動して西浜、だから北浜へは私が」
「僕たちはそこから動けない、ということですか?」
「そのとおり。キミたちはこの術を使うまで、各浜に陣取っていてもらわなければならない」
「ですが、それじゃあ私たちは他のことが手がけられない」
サムは不満げな表情を浮かべた。
反同盟派の兵とともに先陣を追い、なんとしてもヘイトの仲間を引き戻すつもりでいるからだろう。
「侵攻を食い止めるのも大事だけれど、この術式は私とキミたちでしかできなくてね」
「私たちだけ……」
「そう。この術はこのあいだのものより遥かに強い。一つ目は、今渡した最初の術で範囲内にいるものの暗示を解く。そして中心で一度、その力を蓄える。それが二つ目。その力が放たれて戻ってきたのをもう一つの術で返し、そのときにあの干渉を解き、更に一定時間、すべての術を無効にする。それが三つ目だ」
「僕たちが浜から術を放つのならば、その効果の範囲はまさか泉翔全体……?」
「そのとおりだ。本来なら初めてだと、もう少し範囲を狭めたいところだけれど、今回に限っては島内のどこからどこまで、暗示にかかったものがいるのか見当もつかないからね」
「それはそうでしょうが、ここまで広範囲における術を使えるとは……」
サムは言い淀んだ。
隣で黙ったまま聞いているハンスも、わずかに溜息をもらしている。
二人とも難しいと感じているのだろう。
梁瀬自身も不安はある。それに……。
「中央で力を蓄える、ってどういう意味なんですか? 一定時間、術を無効にするって……三つ合わせて一つの術だというのも、僕には良くわからないんですけど」
「そうだったね。この件に関しては、私たちは本当に密かに事を進めてきたから、梁瀬くんがわからないのも無理はない」
「説明するには、おまえさんたちはまだ幼すぎたのだよ。他の子も同じだった」
クロムとハンスは机を挟んで互いの目を見つめ合うと、その視線をメモに落とした。
これからクロムとハンスがなにを話すつもりでいるのか、薄々わかっている。
気づいたと言うべきだろうか。それとも、思い出した、と。
クロムが鴇汰を連れて泉翔へ経ったあと、一人あれこれと大陸の術式を試しているうちに、それは確信へと変わってきた。
できるなら違うと思いたかった。
思うほど、重圧を感じずにはいられなかった。
この歳になっても、まだ戸惑うばかりだというのに、このプレッシャーを麻乃は十歳にも満たないうちから抱えていたのだ。
潰されそうになる心を、例え修治が和らげてくれたんだとしても、余りある不安を感じていただろう。
あんなにも、覚醒を拒んでいた気持ちもわかる。
きっと大丈夫、なにも心配することはない、簡単にできるなどと、根拠のない周囲の言葉に麻乃はなにを思っていたのだろう。
「昔から、おまえには、三賢者さまのことを話してきたであろう?」
ハンスの言葉に、梁瀬は現実に引き戻されてハッとした。
「ええ、そのうちのお二方が亡くなられているのも、何度も聞かされましたよ。ですが、それが今、なんの……」
「残る一人が、今、おまえさんたちの目の前にいるクロムじゃよ。梁瀬は薄々勘付いていたんだろう?」
サムが勢いよくクロムを見たあと、梁瀬を睨んだ。
「知っていたんですか?」
「いや。多分そうだろうとは思っていたけど、確証はなかったよ」
サムは憮然とした顔でもう一度梁瀬を睨んだあと、クロムに向き直った。
「正直なところ、その……既に亡くなられているものだと思っていました」
「そうだろうね。実際、ハンスさんがキミに聞かせた話しには、そんなニュアンスが含まれていたはずだしね」
代替わりがあってね、そう言ってクロムは空を見上げた。
「……これは」
先だって、梁瀬がクロムにもらった手帳にあった干渉を解くものと似ている。
ということは、これも暗示を解くための術式なんだろうか?
「これは、三つ合わせて一つの術なんだよ」
「三つ? あの干渉を解く術と合わせてですか?」
サムの問いかけにクロムはゆっくりと首を振った。
「違う? それじゃあ一体……」
「最初にキミたちが使った術は、単純に大勢の暗示を一度で解く術だ。もう一つの術式は少数の干渉を解く。これはその二つを兼ね合わせた術で、とても強力なんだ」
クロムは手帳を破り、それをハンスの前の机に置くと、大きな円を描き、三カ所に点を打った。
パッと見て、それが泉翔を表していると梁瀬にはわかった。
「まず、南浜へサムくん、そして梁瀬くんは北浜から上陸するけれど、すぐに移動して西浜、だから北浜へは私が」
「僕たちはそこから動けない、ということですか?」
「そのとおり。キミたちはこの術を使うまで、各浜に陣取っていてもらわなければならない」
「ですが、それじゃあ私たちは他のことが手がけられない」
サムは不満げな表情を浮かべた。
反同盟派の兵とともに先陣を追い、なんとしてもヘイトの仲間を引き戻すつもりでいるからだろう。
「侵攻を食い止めるのも大事だけれど、この術式は私とキミたちでしかできなくてね」
「私たちだけ……」
「そう。この術はこのあいだのものより遥かに強い。一つ目は、今渡した最初の術で範囲内にいるものの暗示を解く。そして中心で一度、その力を蓄える。それが二つ目。その力が放たれて戻ってきたのをもう一つの術で返し、そのときにあの干渉を解き、更に一定時間、すべての術を無効にする。それが三つ目だ」
「僕たちが浜から術を放つのならば、その効果の範囲はまさか泉翔全体……?」
「そのとおりだ。本来なら初めてだと、もう少し範囲を狭めたいところだけれど、今回に限っては島内のどこからどこまで、暗示にかかったものがいるのか見当もつかないからね」
「それはそうでしょうが、ここまで広範囲における術を使えるとは……」
サムは言い淀んだ。
隣で黙ったまま聞いているハンスも、わずかに溜息をもらしている。
二人とも難しいと感じているのだろう。
梁瀬自身も不安はある。それに……。
「中央で力を蓄える、ってどういう意味なんですか? 一定時間、術を無効にするって……三つ合わせて一つの術だというのも、僕には良くわからないんですけど」
「そうだったね。この件に関しては、私たちは本当に密かに事を進めてきたから、梁瀬くんがわからないのも無理はない」
「説明するには、おまえさんたちはまだ幼すぎたのだよ。他の子も同じだった」
クロムとハンスは机を挟んで互いの目を見つめ合うと、その視線をメモに落とした。
これからクロムとハンスがなにを話すつもりでいるのか、薄々わかっている。
気づいたと言うべきだろうか。それとも、思い出した、と。
クロムが鴇汰を連れて泉翔へ経ったあと、一人あれこれと大陸の術式を試しているうちに、それは確信へと変わってきた。
できるなら違うと思いたかった。
思うほど、重圧を感じずにはいられなかった。
この歳になっても、まだ戸惑うばかりだというのに、このプレッシャーを麻乃は十歳にも満たないうちから抱えていたのだ。
潰されそうになる心を、例え修治が和らげてくれたんだとしても、余りある不安を感じていただろう。
あんなにも、覚醒を拒んでいた気持ちもわかる。
きっと大丈夫、なにも心配することはない、簡単にできるなどと、根拠のない周囲の言葉に麻乃はなにを思っていたのだろう。
「昔から、おまえには、三賢者さまのことを話してきたであろう?」
ハンスの言葉に、梁瀬は現実に引き戻されてハッとした。
「ええ、そのうちのお二方が亡くなられているのも、何度も聞かされましたよ。ですが、それが今、なんの……」
「残る一人が、今、おまえさんたちの目の前にいるクロムじゃよ。梁瀬は薄々勘付いていたんだろう?」
サムが勢いよくクロムを見たあと、梁瀬を睨んだ。
「知っていたんですか?」
「いや。多分そうだろうとは思っていたけど、確証はなかったよ」
サムは憮然とした顔でもう一度梁瀬を睨んだあと、クロムに向き直った。
「正直なところ、その……既に亡くなられているものだと思っていました」
「そうだろうね。実際、ハンスさんがキミに聞かせた話しには、そんなニュアンスが含まれていたはずだしね」
代替わりがあってね、そう言ってクロムは空を見上げた。
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