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大切なもの
第10話 隠者 ~梁瀬 1~
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泉翔に上陸してからのことを、ハンスと数人の術師を集めて話し合ったのは、まだ巧と合流する前のことだった。
上陸した際の注意点、一団でまとまって動くこと、ジャセンベル軍の多くがともに上陸するため、互いを敵だと認識しないためにはどうするか……。
考えることは山積みなのに、どれ一つ取っても明確な答えが出せないでいた。
「ざっと見てわかるのは、先に上陸している三国は全員が軍服を着ているのに対して、こちらは軽装備であることなんだけど……」
「進軍中ともなれば相応の装備だろうが、雑兵までがそうとは限らん。一見してみわけられるとは言い難いぞ」
「そうなんですよねぇ」
先に上陸を果たし、進軍している三国同盟に対して泉翔がどれだけ抵抗しているのかも、確実にはわからない。
交戦しているからには、犠牲が出ないはずもない。
サムもそれをわかっているからか、多くのことを望まないし、無茶なことも言っては来ない。
それでも、一人でも多く仲間を助けたいという思いは、痛いほどに伝わってきた。
梁瀬もその思いを汲んでやりたいけれど、泉翔へ到着してすぐに暗示を解くための術を使おうと思っても、準備に時間がかかってしまう。
進軍が進んでいて、広範囲に渡ってかけるのであればなおさらだ。
それに梁瀬には、他にしなければならないこともある。
効率良く動かなければ、すべてが後手に回ってなにもできないままになってしまう。
「迅速に、かつ的確に、先へ進んだやつらの位置を把握したとしても、ワシらが術の準備を進めているあいだもやつらは動き続けるだろう」
「ええ……仮にそれを見越して広めに囲ったとしても、そこを越えられてしまったら、また同じことを繰り返さないとなりません」
「二度も三度もあの術を繰り返しては、ワシらが持たんからな」
ハンスの言葉に大きくうなずいた。
サムが徳丸と動く以上、ヘイトの国境で暗示を解いたときと同じ条件では繰り出せない。
反同盟派の中でも術に長けた兵たちの手を借りて、どうにか帳尻は合わせたけれど、一度で成功させなければ、次はないだろう。
大きな術を使えばマドルも必ず気づくだろうし、気づいた以上はなんらかの策を練ってこちらの邪魔をしてくるに違いない。
暗示が解けなかった兵を、こちらへ向けてくるかもしれない。
そうなったらジャセンベル軍と正面から衝突することになり、犠牲が増えるだけだ。
本当なら梁瀬の隊員たちの手を借りるのが一番だと思う。
けれど、それにはまず各浜にわけられた隊員たちを集め、事情を説明して術を覚えさせなければならない。
「……駄目だ。時間がかかり過ぎる」
大きく溜息をついた瞬間、背後に気配を感じて振り返った。
「なんだ。わざわざ来よったのか」
「ええ。これから忙しなくなると思いましたので」
背後に立っていたのはクロムだった。
なぜここに、などと今さら思いもしない。
こんなときにクロムがここへきたと言うことは、泉翔に上陸するにあたり、なんらかの情報を持ってきてくれたのだろう。
「ほう……おまえまで来るとはな」
ハンスがクロムの背後を覗くように首を伸ばした。
釣られて梁瀬もクロムの背後に視線を移す。
「サム……?」
徳丸とともに南浜へ向かう船に乗っていたはずのサムが、クロムと今、一緒に現れた。
梁瀬は瞬時に察した。
泉翔へ着いてから、なにか事を起こすのだろうと。
サムは梁瀬が思った以上の使い手だ。
自分自身の今の力とクロムの存在、そこにサムが加わることで、大きな力が生まれるだろう。
サムはなにも知らされないまま連れて来られたのだろうか?
妙に警戒した面持ちでいる。
「今後のことで話し合いたいと言われれば、来ないわけにはいかないでしょう」
そう言ってハンスの隣に立った。
その手には一枚のメモを持っている。
「今回、私たちがすべき事の中で一番重要なのがなんなのか、キミたちも良くわかっていると思う」
クロムはそう言いながら、手帳になにかを書き記すと、それを破って梁瀬に手渡してきた。
上陸した際の注意点、一団でまとまって動くこと、ジャセンベル軍の多くがともに上陸するため、互いを敵だと認識しないためにはどうするか……。
考えることは山積みなのに、どれ一つ取っても明確な答えが出せないでいた。
「ざっと見てわかるのは、先に上陸している三国は全員が軍服を着ているのに対して、こちらは軽装備であることなんだけど……」
「進軍中ともなれば相応の装備だろうが、雑兵までがそうとは限らん。一見してみわけられるとは言い難いぞ」
「そうなんですよねぇ」
先に上陸を果たし、進軍している三国同盟に対して泉翔がどれだけ抵抗しているのかも、確実にはわからない。
交戦しているからには、犠牲が出ないはずもない。
サムもそれをわかっているからか、多くのことを望まないし、無茶なことも言っては来ない。
それでも、一人でも多く仲間を助けたいという思いは、痛いほどに伝わってきた。
梁瀬もその思いを汲んでやりたいけれど、泉翔へ到着してすぐに暗示を解くための術を使おうと思っても、準備に時間がかかってしまう。
進軍が進んでいて、広範囲に渡ってかけるのであればなおさらだ。
それに梁瀬には、他にしなければならないこともある。
効率良く動かなければ、すべてが後手に回ってなにもできないままになってしまう。
「迅速に、かつ的確に、先へ進んだやつらの位置を把握したとしても、ワシらが術の準備を進めているあいだもやつらは動き続けるだろう」
「ええ……仮にそれを見越して広めに囲ったとしても、そこを越えられてしまったら、また同じことを繰り返さないとなりません」
「二度も三度もあの術を繰り返しては、ワシらが持たんからな」
ハンスの言葉に大きくうなずいた。
サムが徳丸と動く以上、ヘイトの国境で暗示を解いたときと同じ条件では繰り出せない。
反同盟派の中でも術に長けた兵たちの手を借りて、どうにか帳尻は合わせたけれど、一度で成功させなければ、次はないだろう。
大きな術を使えばマドルも必ず気づくだろうし、気づいた以上はなんらかの策を練ってこちらの邪魔をしてくるに違いない。
暗示が解けなかった兵を、こちらへ向けてくるかもしれない。
そうなったらジャセンベル軍と正面から衝突することになり、犠牲が増えるだけだ。
本当なら梁瀬の隊員たちの手を借りるのが一番だと思う。
けれど、それにはまず各浜にわけられた隊員たちを集め、事情を説明して術を覚えさせなければならない。
「……駄目だ。時間がかかり過ぎる」
大きく溜息をついた瞬間、背後に気配を感じて振り返った。
「なんだ。わざわざ来よったのか」
「ええ。これから忙しなくなると思いましたので」
背後に立っていたのはクロムだった。
なぜここに、などと今さら思いもしない。
こんなときにクロムがここへきたと言うことは、泉翔に上陸するにあたり、なんらかの情報を持ってきてくれたのだろう。
「ほう……おまえまで来るとはな」
ハンスがクロムの背後を覗くように首を伸ばした。
釣られて梁瀬もクロムの背後に視線を移す。
「サム……?」
徳丸とともに南浜へ向かう船に乗っていたはずのサムが、クロムと今、一緒に現れた。
梁瀬は瞬時に察した。
泉翔へ着いてから、なにか事を起こすのだろうと。
サムは梁瀬が思った以上の使い手だ。
自分自身の今の力とクロムの存在、そこにサムが加わることで、大きな力が生まれるだろう。
サムはなにも知らされないまま連れて来られたのだろうか?
妙に警戒した面持ちでいる。
「今後のことで話し合いたいと言われれば、来ないわけにはいかないでしょう」
そう言ってハンスの隣に立った。
その手には一枚のメモを持っている。
「今回、私たちがすべき事の中で一番重要なのがなんなのか、キミたちも良くわかっていると思う」
クロムはそう言いながら、手帳になにかを書き記すと、それを破って梁瀬に手渡してきた。
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