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大切なもの
第9話 生還 ~巧 4~
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剣を弾き、その腕を落としても敵兵は怯まなかった。
(やっぱり暗示にかかってるわね……ヤッちゃんは助けたいって言ったけど……)
海岸を埋めるヘイトの兵の暗示を解くのは容易ではないだろう。
殺さないように相手をするには、数が多すぎるし油断すればこちらが危うい。
どんな指示を仰いでいるのか、多くの敵兵が我先にと堤防を越えていく。
少人数では対処しきれず為すがままになっているのは、泉翔側も今度ばかりは堤防を越えさせたうえで、なんらかの手段を取るつもりだからだろうか?
ジャセンベル軍は思いの外、早く到着してきた。戦場が混乱するのは必至だ。
今、この場をどうしたらいいものか、考えあぐねている巧の肩を、鴇太が強く掴んだ。
「巧! 生きてたのかよ!」
「なによ? 生きてたのか? なんて。ずいぶんな挨拶じゃないの」
「だってあんたら……トクさんも梁瀬さんも……そうだ! 穂高は!」
鈍い動きをしていた割に、肩に食い込む指は力強い。
痛みに顔をしかめ、その手をたたいて払った。
「みんな無事よ! それより今はそんな場合じゃないでしょ! 目の前の敵に集中なさい!」
グッと言葉を詰まらせた鴇太は、隊員たちに近づく敵兵に向っていった。
術にかかっているとしても、これだけ動けるのならば、回復術を施した甲斐があったというものだ。
少し前から銃声が聞こえなくなったのは、梁瀬が岱胡の隊員と合流したからか。
まだ戻ってくる様子は見えない。
仕方なく応戦しながら、鴇太の背中に声をかけた。
「それより鴇太! あんたなんだって北浜にいるのよ?」
「なんでって……俺は麻乃を……」
「馬鹿ね! 麻乃は西浜よ!」
そう言うと、鴇太が険しい顔で巧を振り返った。
近くで聞いていた他の隊員たちは、巧の言葉にホッとしたようにも見える複雑な表情を浮かべている。
「西浜……? 馬鹿な……だって西浜には修治が……マズイじゃねーかよ!」
堤防へ向かって走る敵兵に混じり、鴇太までもが中央への道へ駆けていった。
あわてて追いかけ、その首根っこを掴んだ。
「馬鹿! ここを放ってどこに行こうってのさ!」
「何度も馬鹿って言うな! 西浜に向かうんだよ! わかりきってることだろうが!」
「あんたが今から向かったところで、ここからじゃあどう考えたって間に合うわけがないでしょう? 少し待ちなさい、そうしたら……」
「待ってどうなる! 修治が麻乃を殺すのを指をくわえてみてろってのか? あんたあのとき、言ったじゃねーか! しっかり怪我を治して麻乃を助けろって!」
しまった、と思った。
梁瀬が戻るまで、麻乃のことを口にするべきじゃなかった。
麻乃のこととなると鴇太はどうにも落ち着きがなくなる。
また駆け出していこうとする鴇太の腕を引き寄せて鴇太の頬を平手打ちした。
「なにすんだよ!」
「とにかく落ち着きなさい。あんたのことは私らが責任持って西浜に送り……」
スッと頭上を影がかすめ、見上げると上から梁瀬が降ってきた。
梁瀬も着地に慣れないようで、砂浜で思い切り尻餅をついている。
「……なにやってるのよ」
「だって……イテテテ……慣れないから……」
腰をさすりながら立ち上がった梁瀬は、鴇太の目の前に人差し指を突きつけて言った。
「鴇太さんは僕が責任を持って西浜に連れていく。その前にまず、伝令を流すこと。一つは今いるヘイトの兵は先へ進ませる」
「伝令……?」
「もう一つは、僕らの援軍で来ているジャセンベル兵と、反同盟派のヘイト兵には手出しをしないこと」
「なんだって? ジャセンベルのやつらを野放しにしておけってのか!」
「彼らが私たちを泉翔へ連れて来てくれたのよ。あそこはもう、泉翔に手出しはしない。それは私たちもトクちゃん、穂高も命に懸けて誓うわ」
「そんなコト、はいそうですか、って信じられるかよ!」
「信じないのなら、あんたは麻乃のもとへはたどり着けない」
鴇太は腰を落とし、頭を抱え込んでうつむいた。
泣いているのか笑っているのか、怒っているのかさえわからない。
十数秒、そうしてから勢い良く立ち上がって空を仰いだ。
「あのとき……レイファーの野郎が顔を出してから、嫌な予感がしてたんだ……」
「どうする?」
「――伝令だ。あんたらのいうようにする。巧、あんたはここへ残ってくれるんだろ?」
「もちろん。はなからそのつもりよ」
「わかった。あとのことは頼む」
もっとごねると思っていた鴇太が、意外にあっさりと引いたのは、麻乃が西浜に上陸しているせいだけじゃあないだろう。
それでも妙に安心できるのは、鴇太がしっかりと顔を上げ、なんの迷いもない顔をしているからだ。
(やっぱり暗示にかかってるわね……ヤッちゃんは助けたいって言ったけど……)
海岸を埋めるヘイトの兵の暗示を解くのは容易ではないだろう。
殺さないように相手をするには、数が多すぎるし油断すればこちらが危うい。
どんな指示を仰いでいるのか、多くの敵兵が我先にと堤防を越えていく。
少人数では対処しきれず為すがままになっているのは、泉翔側も今度ばかりは堤防を越えさせたうえで、なんらかの手段を取るつもりだからだろうか?
ジャセンベル軍は思いの外、早く到着してきた。戦場が混乱するのは必至だ。
今、この場をどうしたらいいものか、考えあぐねている巧の肩を、鴇太が強く掴んだ。
「巧! 生きてたのかよ!」
「なによ? 生きてたのか? なんて。ずいぶんな挨拶じゃないの」
「だってあんたら……トクさんも梁瀬さんも……そうだ! 穂高は!」
鈍い動きをしていた割に、肩に食い込む指は力強い。
痛みに顔をしかめ、その手をたたいて払った。
「みんな無事よ! それより今はそんな場合じゃないでしょ! 目の前の敵に集中なさい!」
グッと言葉を詰まらせた鴇太は、隊員たちに近づく敵兵に向っていった。
術にかかっているとしても、これだけ動けるのならば、回復術を施した甲斐があったというものだ。
少し前から銃声が聞こえなくなったのは、梁瀬が岱胡の隊員と合流したからか。
まだ戻ってくる様子は見えない。
仕方なく応戦しながら、鴇太の背中に声をかけた。
「それより鴇太! あんたなんだって北浜にいるのよ?」
「なんでって……俺は麻乃を……」
「馬鹿ね! 麻乃は西浜よ!」
そう言うと、鴇太が険しい顔で巧を振り返った。
近くで聞いていた他の隊員たちは、巧の言葉にホッとしたようにも見える複雑な表情を浮かべている。
「西浜……? 馬鹿な……だって西浜には修治が……マズイじゃねーかよ!」
堤防へ向かって走る敵兵に混じり、鴇太までもが中央への道へ駆けていった。
あわてて追いかけ、その首根っこを掴んだ。
「馬鹿! ここを放ってどこに行こうってのさ!」
「何度も馬鹿って言うな! 西浜に向かうんだよ! わかりきってることだろうが!」
「あんたが今から向かったところで、ここからじゃあどう考えたって間に合うわけがないでしょう? 少し待ちなさい、そうしたら……」
「待ってどうなる! 修治が麻乃を殺すのを指をくわえてみてろってのか? あんたあのとき、言ったじゃねーか! しっかり怪我を治して麻乃を助けろって!」
しまった、と思った。
梁瀬が戻るまで、麻乃のことを口にするべきじゃなかった。
麻乃のこととなると鴇太はどうにも落ち着きがなくなる。
また駆け出していこうとする鴇太の腕を引き寄せて鴇太の頬を平手打ちした。
「なにすんだよ!」
「とにかく落ち着きなさい。あんたのことは私らが責任持って西浜に送り……」
スッと頭上を影がかすめ、見上げると上から梁瀬が降ってきた。
梁瀬も着地に慣れないようで、砂浜で思い切り尻餅をついている。
「……なにやってるのよ」
「だって……イテテテ……慣れないから……」
腰をさすりながら立ち上がった梁瀬は、鴇太の目の前に人差し指を突きつけて言った。
「鴇太さんは僕が責任を持って西浜に連れていく。その前にまず、伝令を流すこと。一つは今いるヘイトの兵は先へ進ませる」
「伝令……?」
「もう一つは、僕らの援軍で来ているジャセンベル兵と、反同盟派のヘイト兵には手出しをしないこと」
「なんだって? ジャセンベルのやつらを野放しにしておけってのか!」
「彼らが私たちを泉翔へ連れて来てくれたのよ。あそこはもう、泉翔に手出しはしない。それは私たちもトクちゃん、穂高も命に懸けて誓うわ」
「そんなコト、はいそうですか、って信じられるかよ!」
「信じないのなら、あんたは麻乃のもとへはたどり着けない」
鴇太は腰を落とし、頭を抱え込んでうつむいた。
泣いているのか笑っているのか、怒っているのかさえわからない。
十数秒、そうしてから勢い良く立ち上がって空を仰いだ。
「あのとき……レイファーの野郎が顔を出してから、嫌な予感がしてたんだ……」
「どうする?」
「――伝令だ。あんたらのいうようにする。巧、あんたはここへ残ってくれるんだろ?」
「もちろん。はなからそのつもりよ」
「わかった。あとのことは頼む」
もっとごねると思っていた鴇太が、意外にあっさりと引いたのは、麻乃が西浜に上陸しているせいだけじゃあないだろう。
それでも妙に安心できるのは、鴇太がしっかりと顔を上げ、なんの迷いもない顔をしているからだ。
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