蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
556 / 780
大切なもの

第6話 生還 ~巧 1~

しおりを挟む
 心が逸って眠れない。
 ジャセンベルの船は泉翔のそれよりスピードが速くて、ひょっとすると三国が上陸するのとほぼ同時に到着できるかと思った。

 それが海へ出てしばらく経ったころ、わずかに遅れが出始めた。
 このままでは巧たちが着くころには、大分、中まで入られてしまっているかもしれない。

 落ち着かず、船室から甲板へ飛び出すと、外は真っ暗で曇っているからか星さえも見えない。
 手近にいた船員を掴まえて尋ねてみた。

「ねぇ。ちょっと。今、どの辺りなの? 進んでるの?」

「はい。今は速度を落として進んでいます。明け方にはヘイトの船が合流してくる予定です」

「着くのはいつ?」

「まだ、なんとも……明晩の予定ですが、このままだと少し遅れそうです」

「そう。ありがとう」

 ロマジェリカの船はもう泉翔に着いているころだけれど、あとから出たヘイトや庸儀は、明日の午後には着くだろう。
 それから上陸するとして、半日以上の遅れはやはり辛い。

(でも、勝手のわからない場所で、夜に動きまわるとも思えないわね)

 陽が落ちてから、三国が進軍せずに留まってくれていたら助かるのだけれど……。
 着いたら誰よりも早く部隊のやつらと接触をして、ジャセンベルと反同盟派が敵ではないと伝えたうえで伝令を回さなければ。
 間違っても泉翔の戦士たちに、こちら側の人間を傷つけさせてはならない。

 ジレンマを感じながらも動くに動けず、船室のベッドでゴロゴロしている間に寝入ってしまったようだ。
 ふと、まぶたが緩んだ瞬間、周囲が明るくなっていることに気づいてあわてて飛び起きた。
 空は雲に覆われ、霧雨のせいか視界が悪い。

(泉翔はどうなっているのかしら……)

 悪天候の中で軍勢が雪崩れ込んできたら、それぞれがいつもどおりの力を出せるだろうか?
 濡れた砂浜では動きも鈍る。

「ああっ! もう!」

 心配と不安だけが頭をもたげてくるくらい、巧自身の気持ちに余裕がなくなってきている。
 ああでもない、こうでもないと、いろいろ話せる相手がいないせいだろう。
 デッキで頭を抱えたまま海をジッと眺めていると、大きな影がスッとよぎった。

「巧さん、お待たせ」

「ヤッちゃん! どうしてここに? ヘイトの船はどうしたのよ?」

 背後から声をかけられて振り返ると立っていたのは梁瀬だ。
 合流するとは聞いていたけれど、同じ船に乗ってくるとは思いもしなかった。

「ついさっき追いついてさ、向こうに着いたらすぐに動けるようにしておきたいし、どうしようかと思ってたら、みんながこっちに行けって言ってくれて」

「みんなって、ヘイトの反同盟派でしょう? ヤッちゃんがいなくても平気なの?」

「うん、ホラ、僕の親戚がいるから。トクさんとサムが南浜に向かったから、こっちに来てくれたんだよね」

「そうなの……正直、助かるわ。私一人でいると、着くまでに嫌なことばかり考えちゃいそうでさ」

 おどけてみせると、梁瀬はクスリと笑った。

「僕も。それにさ、僕らが着いたときって当然だけど先にヘイトの船が着いてるわけじゃない?」

「そうね」

「僕らの船がすぐに上陸できる場所に泊まれるかわからないし……」

「今の時期は、確か深夜なら潮が引き始めるころよね? 敵艦の数があっても、下船するのに問題のない深さのまで寄せられると思うけど」

「でも、浜にたどり着くまでには時間もかるでしょ? 僕の式神があれば、巧さんと二人で先に上陸ができるじゃない」

「それもそうか……」

 庸儀で襲撃されたとき、梁瀬の式神にまたがったのを思い出した。
 あのときは、すぐに放り出されてしまったけれど、確かにあれなら浜まで楽に移動ができる。

「それに北浜はヘイトが上陸してるでしょ? 本当ならサムは北浜を選びたかったと思う。でも状況がそうできないから……僕はヘイトの人たちにかけられた暗示も解いてやりたいんだ」

 梁瀬はまだなにも見えない水平線に視線を向け、ハッキリと言いきった。
 ほんのわずかな時間、繋がりもろくになかったけれど、ヘイト側の多くには、もう泉翔侵攻の意思はないように感じた。

 ただ、それがすべてのものに当てはまるとは思い難い。
 マドルの口車に乗せられて、今度こそはと思っているやつもいるだろう。

 暗示にかかって不本意ながらも参戦しているならば、それが解かれたあとには戦意を失くすに違いないが、そうでない兵を止めるには、やはり倒さなければならない。

「行ってみてからじゃなければ、なんとも言えないんだけどね」

 巧の思いを見透かしたのか、同じことを思っているのか、梁瀬は少しだけ寂しそうにそう言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...