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大切なもの
第6話 生還 ~巧 1~
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心が逸って眠れない。
ジャセンベルの船は泉翔のそれよりスピードが速くて、ひょっとすると三国が上陸するのとほぼ同時に到着できるかと思った。
それが海へ出てしばらく経ったころ、わずかに遅れが出始めた。
このままでは巧たちが着くころには、大分、中まで入られてしまっているかもしれない。
落ち着かず、船室から甲板へ飛び出すと、外は真っ暗で曇っているからか星さえも見えない。
手近にいた船員を掴まえて尋ねてみた。
「ねぇ。ちょっと。今、どの辺りなの? 進んでるの?」
「はい。今は速度を落として進んでいます。明け方にはヘイトの船が合流してくる予定です」
「着くのはいつ?」
「まだ、なんとも……明晩の予定ですが、このままだと少し遅れそうです」
「そう。ありがとう」
ロマジェリカの船はもう泉翔に着いているころだけれど、あとから出たヘイトや庸儀は、明日の午後には着くだろう。
それから上陸するとして、半日以上の遅れはやはり辛い。
(でも、勝手のわからない場所で、夜に動きまわるとも思えないわね)
陽が落ちてから、三国が進軍せずに留まってくれていたら助かるのだけれど……。
着いたら誰よりも早く部隊のやつらと接触をして、ジャセンベルと反同盟派が敵ではないと伝えたうえで伝令を回さなければ。
間違っても泉翔の戦士たちに、こちら側の人間を傷つけさせてはならない。
ジレンマを感じながらも動くに動けず、船室のベッドでゴロゴロしている間に寝入ってしまったようだ。
ふと、まぶたが緩んだ瞬間、周囲が明るくなっていることに気づいてあわてて飛び起きた。
空は雲に覆われ、霧雨のせいか視界が悪い。
(泉翔はどうなっているのかしら……)
悪天候の中で軍勢が雪崩れ込んできたら、それぞれがいつもどおりの力を出せるだろうか?
濡れた砂浜では動きも鈍る。
「ああっ! もう!」
心配と不安だけが頭をもたげてくるくらい、巧自身の気持ちに余裕がなくなってきている。
ああでもない、こうでもないと、いろいろ話せる相手がいないせいだろう。
デッキで頭を抱えたまま海をジッと眺めていると、大きな影がスッとよぎった。
「巧さん、お待たせ」
「ヤッちゃん! どうしてここに? ヘイトの船はどうしたのよ?」
背後から声をかけられて振り返ると立っていたのは梁瀬だ。
合流するとは聞いていたけれど、同じ船に乗ってくるとは思いもしなかった。
「ついさっき追いついてさ、向こうに着いたらすぐに動けるようにしておきたいし、どうしようかと思ってたら、みんながこっちに行けって言ってくれて」
「みんなって、ヘイトの反同盟派でしょう? ヤッちゃんがいなくても平気なの?」
「うん、ホラ、僕の親戚がいるから。トクさんとサムが南浜に向かったから、こっちに来てくれたんだよね」
「そうなの……正直、助かるわ。私一人でいると、着くまでに嫌なことばかり考えちゃいそうでさ」
おどけてみせると、梁瀬はクスリと笑った。
「僕も。それにさ、僕らが着いたときって当然だけど先にヘイトの船が着いてるわけじゃない?」
「そうね」
「僕らの船がすぐに上陸できる場所に泊まれるかわからないし……」
「今の時期は、確か深夜なら潮が引き始めるころよね? 敵艦の数があっても、下船するのに問題のない深さのまで寄せられると思うけど」
「でも、浜にたどり着くまでには時間もかるでしょ? 僕の式神があれば、巧さんと二人で先に上陸ができるじゃない」
「それもそうか……」
庸儀で襲撃されたとき、梁瀬の式神にまたがったのを思い出した。
あのときは、すぐに放り出されてしまったけれど、確かにあれなら浜まで楽に移動ができる。
「それに北浜はヘイトが上陸してるでしょ? 本当ならサムは北浜を選びたかったと思う。でも状況がそうできないから……僕はヘイトの人たちにかけられた暗示も解いてやりたいんだ」
梁瀬はまだなにも見えない水平線に視線を向け、ハッキリと言いきった。
ほんのわずかな時間、繋がりもろくになかったけれど、ヘイト側の多くには、もう泉翔侵攻の意思はないように感じた。
ただ、それがすべてのものに当てはまるとは思い難い。
マドルの口車に乗せられて、今度こそはと思っているやつもいるだろう。
暗示にかかって不本意ながらも参戦しているならば、それが解かれたあとには戦意を失くすに違いないが、そうでない兵を止めるには、やはり倒さなければならない。
「行ってみてからじゃなければ、なんとも言えないんだけどね」
巧の思いを見透かしたのか、同じことを思っているのか、梁瀬は少しだけ寂しそうにそう言った。
ジャセンベルの船は泉翔のそれよりスピードが速くて、ひょっとすると三国が上陸するのとほぼ同時に到着できるかと思った。
それが海へ出てしばらく経ったころ、わずかに遅れが出始めた。
このままでは巧たちが着くころには、大分、中まで入られてしまっているかもしれない。
落ち着かず、船室から甲板へ飛び出すと、外は真っ暗で曇っているからか星さえも見えない。
手近にいた船員を掴まえて尋ねてみた。
「ねぇ。ちょっと。今、どの辺りなの? 進んでるの?」
「はい。今は速度を落として進んでいます。明け方にはヘイトの船が合流してくる予定です」
「着くのはいつ?」
「まだ、なんとも……明晩の予定ですが、このままだと少し遅れそうです」
「そう。ありがとう」
ロマジェリカの船はもう泉翔に着いているころだけれど、あとから出たヘイトや庸儀は、明日の午後には着くだろう。
それから上陸するとして、半日以上の遅れはやはり辛い。
(でも、勝手のわからない場所で、夜に動きまわるとも思えないわね)
陽が落ちてから、三国が進軍せずに留まってくれていたら助かるのだけれど……。
着いたら誰よりも早く部隊のやつらと接触をして、ジャセンベルと反同盟派が敵ではないと伝えたうえで伝令を回さなければ。
間違っても泉翔の戦士たちに、こちら側の人間を傷つけさせてはならない。
ジレンマを感じながらも動くに動けず、船室のベッドでゴロゴロしている間に寝入ってしまったようだ。
ふと、まぶたが緩んだ瞬間、周囲が明るくなっていることに気づいてあわてて飛び起きた。
空は雲に覆われ、霧雨のせいか視界が悪い。
(泉翔はどうなっているのかしら……)
悪天候の中で軍勢が雪崩れ込んできたら、それぞれがいつもどおりの力を出せるだろうか?
濡れた砂浜では動きも鈍る。
「ああっ! もう!」
心配と不安だけが頭をもたげてくるくらい、巧自身の気持ちに余裕がなくなってきている。
ああでもない、こうでもないと、いろいろ話せる相手がいないせいだろう。
デッキで頭を抱えたまま海をジッと眺めていると、大きな影がスッとよぎった。
「巧さん、お待たせ」
「ヤッちゃん! どうしてここに? ヘイトの船はどうしたのよ?」
背後から声をかけられて振り返ると立っていたのは梁瀬だ。
合流するとは聞いていたけれど、同じ船に乗ってくるとは思いもしなかった。
「ついさっき追いついてさ、向こうに着いたらすぐに動けるようにしておきたいし、どうしようかと思ってたら、みんながこっちに行けって言ってくれて」
「みんなって、ヘイトの反同盟派でしょう? ヤッちゃんがいなくても平気なの?」
「うん、ホラ、僕の親戚がいるから。トクさんとサムが南浜に向かったから、こっちに来てくれたんだよね」
「そうなの……正直、助かるわ。私一人でいると、着くまでに嫌なことばかり考えちゃいそうでさ」
おどけてみせると、梁瀬はクスリと笑った。
「僕も。それにさ、僕らが着いたときって当然だけど先にヘイトの船が着いてるわけじゃない?」
「そうね」
「僕らの船がすぐに上陸できる場所に泊まれるかわからないし……」
「今の時期は、確か深夜なら潮が引き始めるころよね? 敵艦の数があっても、下船するのに問題のない深さのまで寄せられると思うけど」
「でも、浜にたどり着くまでには時間もかるでしょ? 僕の式神があれば、巧さんと二人で先に上陸ができるじゃない」
「それもそうか……」
庸儀で襲撃されたとき、梁瀬の式神にまたがったのを思い出した。
あのときは、すぐに放り出されてしまったけれど、確かにあれなら浜まで楽に移動ができる。
「それに北浜はヘイトが上陸してるでしょ? 本当ならサムは北浜を選びたかったと思う。でも状況がそうできないから……僕はヘイトの人たちにかけられた暗示も解いてやりたいんだ」
梁瀬はまだなにも見えない水平線に視線を向け、ハッキリと言いきった。
ほんのわずかな時間、繋がりもろくになかったけれど、ヘイト側の多くには、もう泉翔侵攻の意思はないように感じた。
ただ、それがすべてのものに当てはまるとは思い難い。
マドルの口車に乗せられて、今度こそはと思っているやつもいるだろう。
暗示にかかって不本意ながらも参戦しているならば、それが解かれたあとには戦意を失くすに違いないが、そうでない兵を止めるには、やはり倒さなければならない。
「行ってみてからじゃなければ、なんとも言えないんだけどね」
巧の思いを見透かしたのか、同じことを思っているのか、梁瀬は少しだけ寂しそうにそう言った。
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