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大切なもの
第4話 生還 ~徳丸 4~
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空の色が水平線から淡く変わり始めた。
枇杷島を過ぎたあたりで、南浜も確認できたけれど、船影で砂浜までは見えない。
遠目でもあるせいで、どんな状況なのかまではまったくわからなかった。
「このまま進むと崖の向こうに小さな入り江がある。そこへ船を着けるよう指示をしてくれ」
「わかりました」
南浜に揺れる船影をジッと見つめていたサムに頼み、更に船を進ませた。
緩やかなカーブを描いて船は進み、浜が見えなくなるまでサムは海岸に目を向けていた。
確か、反同盟派には庸儀のものもいたはずだ。
今回、彼らの半分以上は大陸に残って、ジャセンベルとともに後処理を続けている。
今、南浜に上陸している中にも、本当ならこんな戦いに参戦したくない兵もいるかもしれない。
サムはそれを考えているのだろうか……?
船は静かに入り江に寄り、大きな岩を足場に錨を下ろして停泊をした。
ちょうど人一人が通れるぶんの足場が、崖の上へと通じているのは、漁をしている父親に教えてもらって知っていた。
「あと数時間もすれば夜が明けます。そのころにはジャセンベルの船も到着するようです」
「予定より早いな」
「レイファーが頑張ったようですから」
サムが含み笑いを漏らして言う。
その姿に、きっとサムがレイファーとやらを焚き付けるようなことを言ったのだろうと想像できる。
それに、数時間ほど前から何度かサムの元に見覚えのある式神が送られてきていた。
回数を重ねるほどにサムは吹っきれたように物事の判断を大胆にくだしていく。
今では胸のうちに押さえ込んでいた不安が解消されたように見える。
「私たちはどうすれば?」
「あぁ。俺が先に上の様子を探って合図を出す。あんたたちはできるかぎり気配を殺して上へ登ってきてくれればいい」
「そうですか……ではすぐに準備を」
サムが雑兵に指示を出し始めたのを確認してから、徳丸は船から岩場へと飛び移った。
気配を手繰るのは得意ではないけれど、崖の上からは押し殺した何人もの気配を感じる。
思ったとおり、岱胡の部隊が集まっているのだろう。
崖を登りきる前に、一度船を振り返った。
デッキの上にサムと雑兵が集まり、全員が徳丸を見上げている。
(やつらも緊張していやがるのか……)
身を低くして先へ進み、ついに崖を登りきった。
茂みと木立の陰に身を潜め、そっと様子をうかがうと、岱胡の部隊の知った顔が何人か見えた。
見覚えのない連中が多いのは訓練生なのだろうか?
数人が動いた先に、岱胡の姿もうかがえる。
(無事でいてくれたか)
その姿にホッと溜息がこぼれた。
徳丸と岱胡はだいぶ感覚が違う。
どうも岱胡の考えていることは良くわからない。
それでも今、こうして様子を見るかぎりでは、しっかりと訓練生を含む隊をまとめ上げているようだ。
緊張感も薄く、全員が集中できているようにも見える。
やけに手持ちの資材が少ないのは、ここである程度の敵兵を減らしてから退避するつもりだからだろう。
いつの間にか空はオレンジ色に染まり始め、あたりの景色をくっきりと浮き上がらせている。
徳丸はもう一度、崖へと戻り、相変わらず、こちらを見上げたままでいるサムたちに上がってくるよう合図を出した。
「動いた!」
誰かが言ったのが徳丸の耳にも届き、その直後、海岸のほうから地鳴りのような音が響いてきた。
「岱胡隊長……! 船が増えてます! 庸儀の戦艦の後ろから相当な数が……」
「まさか援軍が……!」
飯川らしき声と、岱胡の焦りを含んだ声が聞こえ、海岸のほうから迫ってくる殺気を感じる。
岱胡が退避を指示したと言うのに、一人も動く気配がない。
木陰から様子を確認すると、腰を上げたままのもの、地面に伏したままのものばかりで、動いているのは岱胡と訓練生が一人だけだ。
(まずい……! やつら、金縛りにかけられやがった!)
崖を登っていたサムたちも、妙な雰囲気を感じたからか、足を速めて登ってきている。
丘に上がる手前でサムを掴まえた。
「うちの野郎ども、どうやら金縛りにかけられちまったようだ」
「なんですって? では、急いでそれを解かなければ……」
「いや、いい。やつらはあのままにしておいてくれ。それより海岸から敵兵が上がってくる。あんたたちは、敵兵を倒してくれ」
「それは……!」
「やつらが金縛りにかかってくれていたほうが、どちらも安全だ。庸儀の兵だけを相手にすりゃあいいんだからな。それに口で説明するより話しが早くなる」
「なるほど……わかりました。では、そのように」
サムは雑兵たちに速やかに指示を出し、すぐに飛び出せるよう準備させた。
枇杷島を過ぎたあたりで、南浜も確認できたけれど、船影で砂浜までは見えない。
遠目でもあるせいで、どんな状況なのかまではまったくわからなかった。
「このまま進むと崖の向こうに小さな入り江がある。そこへ船を着けるよう指示をしてくれ」
「わかりました」
南浜に揺れる船影をジッと見つめていたサムに頼み、更に船を進ませた。
緩やかなカーブを描いて船は進み、浜が見えなくなるまでサムは海岸に目を向けていた。
確か、反同盟派には庸儀のものもいたはずだ。
今回、彼らの半分以上は大陸に残って、ジャセンベルとともに後処理を続けている。
今、南浜に上陸している中にも、本当ならこんな戦いに参戦したくない兵もいるかもしれない。
サムはそれを考えているのだろうか……?
船は静かに入り江に寄り、大きな岩を足場に錨を下ろして停泊をした。
ちょうど人一人が通れるぶんの足場が、崖の上へと通じているのは、漁をしている父親に教えてもらって知っていた。
「あと数時間もすれば夜が明けます。そのころにはジャセンベルの船も到着するようです」
「予定より早いな」
「レイファーが頑張ったようですから」
サムが含み笑いを漏らして言う。
その姿に、きっとサムがレイファーとやらを焚き付けるようなことを言ったのだろうと想像できる。
それに、数時間ほど前から何度かサムの元に見覚えのある式神が送られてきていた。
回数を重ねるほどにサムは吹っきれたように物事の判断を大胆にくだしていく。
今では胸のうちに押さえ込んでいた不安が解消されたように見える。
「私たちはどうすれば?」
「あぁ。俺が先に上の様子を探って合図を出す。あんたたちはできるかぎり気配を殺して上へ登ってきてくれればいい」
「そうですか……ではすぐに準備を」
サムが雑兵に指示を出し始めたのを確認してから、徳丸は船から岩場へと飛び移った。
気配を手繰るのは得意ではないけれど、崖の上からは押し殺した何人もの気配を感じる。
思ったとおり、岱胡の部隊が集まっているのだろう。
崖を登りきる前に、一度船を振り返った。
デッキの上にサムと雑兵が集まり、全員が徳丸を見上げている。
(やつらも緊張していやがるのか……)
身を低くして先へ進み、ついに崖を登りきった。
茂みと木立の陰に身を潜め、そっと様子をうかがうと、岱胡の部隊の知った顔が何人か見えた。
見覚えのない連中が多いのは訓練生なのだろうか?
数人が動いた先に、岱胡の姿もうかがえる。
(無事でいてくれたか)
その姿にホッと溜息がこぼれた。
徳丸と岱胡はだいぶ感覚が違う。
どうも岱胡の考えていることは良くわからない。
それでも今、こうして様子を見るかぎりでは、しっかりと訓練生を含む隊をまとめ上げているようだ。
緊張感も薄く、全員が集中できているようにも見える。
やけに手持ちの資材が少ないのは、ここである程度の敵兵を減らしてから退避するつもりだからだろう。
いつの間にか空はオレンジ色に染まり始め、あたりの景色をくっきりと浮き上がらせている。
徳丸はもう一度、崖へと戻り、相変わらず、こちらを見上げたままでいるサムたちに上がってくるよう合図を出した。
「動いた!」
誰かが言ったのが徳丸の耳にも届き、その直後、海岸のほうから地鳴りのような音が響いてきた。
「岱胡隊長……! 船が増えてます! 庸儀の戦艦の後ろから相当な数が……」
「まさか援軍が……!」
飯川らしき声と、岱胡の焦りを含んだ声が聞こえ、海岸のほうから迫ってくる殺気を感じる。
岱胡が退避を指示したと言うのに、一人も動く気配がない。
木陰から様子を確認すると、腰を上げたままのもの、地面に伏したままのものばかりで、動いているのは岱胡と訓練生が一人だけだ。
(まずい……! やつら、金縛りにかけられやがった!)
崖を登っていたサムたちも、妙な雰囲気を感じたからか、足を速めて登ってきている。
丘に上がる手前でサムを掴まえた。
「うちの野郎ども、どうやら金縛りにかけられちまったようだ」
「なんですって? では、急いでそれを解かなければ……」
「いや、いい。やつらはあのままにしておいてくれ。それより海岸から敵兵が上がってくる。あんたたちは、敵兵を倒してくれ」
「それは……!」
「やつらが金縛りにかかってくれていたほうが、どちらも安全だ。庸儀の兵だけを相手にすりゃあいいんだからな。それに口で説明するより話しが早くなる」
「なるほど……わかりました。では、そのように」
サムは雑兵たちに速やかに指示を出し、すぐに飛び出せるよう準備させた。
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