蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第3話 生還 ~徳丸 3~

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 サムは突然の申し出に判断を迷っている表情を見せた。
 先に海岸の状況をうかがえるのは、サムにとっても反同盟派の連中を動かすのに有利になるに違いない。

 ただ、これから各浜と時間を合わせて上に陸をしなければならないときに、反同盟派の連中から離れるのが不安なようだ。

「なんだったらボートでも構わない。今すぐ俺だけでも先に……」

「馬鹿を言わないでください。こんな場所からでは時間がかかり過ぎます。動きによっては、あなたが着くころには私たちも到着するでしょう。それに、あなたになにかあっては、私は梁瀬さんになんと言えばいいのです」

 サムは大声でそう言ったあと、ハッとしたように視線を海上に移し、突然式神を放った。

「今は時間がないんだ。この船を動かすことが無理なら俺一人で……」

 言いかけた言葉をサムに片手で制され、二の句を継げずに立ち尽くした。
 十数分待つと式神が誰かに届いたのか、サムはなにやら話しを始めた。
 その表情があまりにも神妙で、周辺にいる雑兵たちも落ち着かない様子でそのやり取りに耳を傾けている。

「……はい、それじゃあ、あとはお願いします。ええ……もちろんそうしますよ。ではまた後ほど」

 手摺を握ったサムの手にはグッと力がこもり、その目はしっかりと前を見つめ、口もとに笑みを浮かべていた。
 なにかを吹っきったようにこちらを振り返ると、そばに集まっていた雑兵たちに、次々に指示を出し始めた。
 雑兵たちはテキパキと動き、デッキの上はあっという間に徳丸とサムだけになった。

「正直なところ、この船を泉翔へ先に進めると、あとのことが覚束なくなるのでは、と心配でした」

「だろうな。他の船にも雑兵ばかりなのだろう? 指揮官クラスは全員が泉翔へ上陸しているだろうからな」

「ええ……他に任せることのできるものも数人はいますが、ここは海上です。陸地とは勝手が違う」

 うまく他の浜との連携が取れなければ、三国同盟に立ち向かうのさえ難しくなってしまうだろうと、サムはそう言う。
 けれどどうやら状況が少し変わり、南浜と北浜は先に上陸することになったらしい。

 ぐらりと船が揺れ、進路が変わったのがわかった。
 今までは良く見えなかった月島の影が、大きく真横に広がっている。

「もうこんなところまで……」

「このまま小島と大島のあいだを通って、南側の浜から少し離れた岩地に向かいます」

「そうか。ありがたい。その辺りまで見つからずに動ければ上等だ」

「私たちもある程度、島の周辺の地理は目にしていますが、野本さんの行こうとしている場所まではわかりません」

「ああ、俺が責任を持って船を着けられる場所へ案内する」

「他を待つ必要はなくなりましたので、ここからは最速で進みます。到着は夜が明ける数時間前になるでしょう」

 夜明け前――。

 徳丸が向かおうとしている場所には、これまでの経験からすると岱胡の部隊が詰めている。
 岱胡の場所を下った雑木林には、梁瀬の部隊が。

 すぐに敵兵がやって来るような場所じゃないが、なんせ相手は大軍だ。
 これまで鼻にもかけなかった相手にまで、手を出してくるかもしれない。
 敵の手が伸びてこなかったとしても、高台から浜の様子がすべて見て取れるのは好都合だ。

 それになにより、岱胡たちの部隊に反同盟派のやつらを少しでも早く引き合わせておけば、そこから戦士たちへの伝令も可能だ。
  
(うまくやれる……)

 根拠などなにもないのに、必ずなにもかもが有利に動き始める。
 近ごろずっとそう感じてならない。

「到着したら、まずは俺が上がる。サムは残りのやつらを率いて、少しだけ距離を取っておくんだ。いいな?」

「近づいたら危ない、ということですか?」

「その場所へ詰めているだろううちの戦士たちに、少なからず説明が必要だろう? 俺の目の前であんたたちに手を出させるわけには行かないからな」

 サムはいつものように不敵な笑みを浮かべ、徳丸を値踏みするような視線を向けてくる。
 そう言えば梁瀬も、最初のころは徳丸を観察するような目で見ていた。
 恐らく、どこまで徳丸が信用できるか、自分たちのために動くのかを観察しているのだろう。

 こっちもいろいろと手伝わされたとは言え、帰るために彼らの手を借りている。
 本来であればこれで貸し借りはなしだ。
 けれど、人の感情などそんなちっぽけなところじゃ収まらない。

 ともにしてきた行動と、これから彼らがしてくれるだろうことに報いるためには、徳丸自身も全力で彼らを守ってやりたいと思い始めていた。
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