蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
550 / 780
動きだす刻

第139話 強襲 ~巧 4~

しおりを挟む
 下へ降りると、レイファーはまず部隊をいくつかにわけ、残る兵と泉翔へ向かう兵とに振りわけた。

「ほどなく国境沿いへ出ているジャックの部隊が戻ってくる。ケインの部隊はサムたちと庸儀側から出航する。戻るまではブライアンとジャックに従い、あとのことを頼む」

 まだ高揚したままの兵たちは返事の代わりに雄叫びを上げている。
 個々は荒い気性のジャセンベル人も集まれば互いを認め合い、助け合う気持ちは持っているのか……。

 それとも上に立つものがレイファーであるからなのか、それは巧にはわからない。
 ただ、どちらにしろ強い絆でまとまっているようだ。

「港へ向かう部隊は、すぐに移動を始めるように。着いたら速やかに乗船、そして出航の準備を」

 兵たちは門の外に並んでいるトラックに次々に乗り込み、走り去っていった。
 何台目かを見送ったところで、ようやく穂高とピーターが戻ってきた。

「穂高! あの人はどうなったの?」

「うん、他にも逃げ遅れた女官が多かったから、彼女たちと一緒に安全な場所へ移動させたよ」

「移動先はあらかじめ決めてある場所です。問題が起こるようなことはありませんから、心配しないでください」

 ピーターにうなずくと、穂高は周囲を見渡して呆れたように言った。

「さすがに人数でものを言わせると、事が早いね。まさかこんなに時間をかけずに済ませるとは思わなかったな」

「そうね……それより、すぐに一番近い港へ移動するようよ。私たちもトラックに急がないと」

 二人を促して手近なトラックへと乗り込んだ。
 走りだしてしばらくしたころ、梁瀬から式神が届いた。
 庸儀のほうも、無事に制圧を果たし、これから港で出航の準備を始めると言う。
 行き先を再度確認し合って、出航の時間を合わせた。

「いよいよ泉翔か……戻ったとき、状態はどうなっているんだろう?」

「そうねぇ……最悪、ってところじゃないかしら?」

 きっと大丈夫だと信じていても、不安が付きまとう。
 未だ経験のない数を迎えて、誰かが欠けているかもしれないのが怖い。
 大体、海を渡るにもアクシデントがないとは言い切れないのだから……。

 後れを取って三国が中央までたどり着いてしまっていたら、そう思うと家族のことも心配でしょうがない。
 穂高も比佐子は東区にいると言っても、まったく安全だとは言い切れないせいか、表情を曇らせている。

 どのくらい長い時間、トラックに揺られていたのだろう。
 道中、気が休まることはなかった。

「見えてきた」

 誰かの呟きに巧も穂高も手荷物をしっかり抱えた。
 穂高はリュックまで背負っている。

「そのリュック……」

「あぁ……これ。麻乃のものらしいね。中に読みさしの本が数冊と、着替えが入っているって」

「そう……戻ったら渡してやらないとね」

 トラックが停まり、幌が開けられた。
 吹き抜ける風は潮を含んでいて心地よい。
 船は既に準備が済み、先に着いていた兵たちは乗船をしている。

 ここからは、穂高とも別行動になる。
 巧はレイファーのそばへ行くと、最初に穂高のことを良く頼んでおいた。
 そしてかばんの中から一通の封書を出すと、レイファーに手渡した。

「なんだこれは?」

「それはね、あんたのお父さまからあずかったのよ。無事、大陸を制圧できたら渡してくれって言われてね」

「……王から?」

 レイファーは受け取ると緊張した顔つきのまま封を開けた。
 中から一枚の手紙を取り出し、それを開くと顔をしかめた。

「どうかした?」

 巧の問いかけに、レイファーはなにも言わずに手紙をこちらへ向けてみせた。

「――白紙だ」

「白紙?」

「見てのとおりだ。なにも書いちゃあいない」

「そう……へぇ。白紙ねぇ……」

 思わずニヤリとしてしまった。
 レイファーの目がキッと鋭くなる。
 封筒と一緒になにも書かれていない手紙を巧の手に押し付けてきた。

「中村……あんた王に担がれたんだよ。あの王が俺になにかを残すなど、あり得ないからな……」

「そうかしら? まぁ、今のあんたにはその意味がわからなくても仕方ないわね」

「意味? こんなものにはなんの意味など……」

「いずれ、わかるわ。いや、わかってくれなきゃ困るわね。これは、そのときまであんたが大切に持っていなさい。捨てることは絶対に許さないわよ」

 封筒に手紙を戻し入れ、レイファーの胸のポケットへ捻じ込んだ。
 レイファーはなにか言いたそうにしながらも、最後の有無を言わせない物言いに、大人しくポケットへしまい直した。

(これから……ここからが正念場よね。きっと……)

 船の準備が終わったことを知らせる鐘が鳴り響いた。
 それを潮にレイファー、穂高と別れ、ピーターとともに船へと乗り込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...