蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第138話 強襲 ~巧 3~

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 巧はゆっくりと階段を上った。
 あわてて駆け出して術師と対面したときに、万が一にも術をかけられてしまうことがあったらまずい。

 穂高は下から四つ上の窓にいたと言った。
 巧自身は人影を見たものの、階数まで確認しないまま城へと入ってきてしまったから、居場所がわかって助かった。

 最後の段に足をかけ、壁に隠れて廊下の様子をうかがってみると、この階にもロマジェリカ兵が何人か倒れている。
 気配を感じて、いったん壁に隠れると、呼吸を整えてもう一度顔を覗かせた。

(いた……)

 そう離れていない大窓から下を見下ろし、杖を操っている。
 余程、集中しているのだろう。
 巧の気配に気づいている様子がまったくない。
 タイミングを見計らって飛び出すと、龍牙刀を抜き放ち、振り返った術師の左胸を貫いた。

 刀を引き抜いた反動で、術師の体は窓の外へと落ちていった。
 ピーターはためらわずに倒せと言ったけれど、なんの迷いもなかったわけじゃあない。
 ただ、そうしなければ自分の身が危ないのは元より、下で戦うジャセンベル兵たちもいつまでも不毛な戦いを続けなければならなかったからだ。

 窓の外を見下ろすと、動いているほとんどの兵はジャセンベル人で、術を掛けられているらしい兵はまだ少し目に入るものの、ずいぶん減ったようだ。
 残りを探して下へ戻るか上へ進むか迷う。

(下には穂高もピーターもいる――)

 他の兵たちも奇妙な術に関しては知識があるようだから、意識して術師を探して倒すに違いない。
 それならば、上へ進んでみよう。
 レイファーの状況も気になっていたところだ。
 急いで階段へと戻りかけたそのとき、咆哮に近い叫び声が廊下中に響き渡った。

「まさか……」

 階段を駆けあがり次の階へ向かう。
 あと数段のあたりで声は更に大きくなった。

 フロアに出ると通路は雄叫びを上げながら武器を掲げるもの、興奮覚めやらぬ状態で抱き合っているもの、様々だ。
 巧の耳に聞き慣れたレイファーの声が届いた。
 周囲の騒がしさに言葉が途切れ途切れにしか聞こえてこないけれど、どうやら制圧を宣言しているようだ。

「どいて……! ちょっと通してよ!」

 狭い廊下に広がる兵たちの中を掻きわけても、なかなか思うように進めずに苛立つ。
 中ほどまで進んだところで、兵たちが突然両脇に退き、視界が開けた目の前にレイファーが現れた。
 そのすぐ後ろには、体ごと両腕を縛られた老人がレイファーの幹部の一人に連れられている。

「なんだ。高みの見物でもしていろと言ったはずなのに、こんなところまで来ていたのか」

「いざってときには助けてやるって言ったでしょ」

「あぁ……そうだな。下のやつらはずいぶんと助かったことだろう」

「その人は……?」

「ロマジェリカ王だ」

 巧はもう一度老人を見つめ、ざわざわと身の毛がよだつ感覚を覚えた。
 王と言うには威厳もなく、骨と皮だけのように痩せこけている。
 王族なのに、こんなにまでやせ細るほど困窮しているのだろうか?

「不思議だろう? こんなにもやつれていても王であることが」

「ええ……そうね……」

 レイファーは王を連れた男をケインと呼び、そのまま兵を引き連れて下へと向かわせた。
 全員の姿が階段へ消えたところで、レイファーがぼそりと言った。

「あれはずいぶんと練った暗示をかけられていたようだ。しかも長いあいだ。あのマドルという男がいなければ、考えることすらままならない状態だ」

「私はさ、ずっと泉翔だったし……大陸へ来てもジャセンベルだったから、ロマジェリカの王を見るのは今日が初めてだと思うんだけど……」

 過去に蓮華だったものたちから耳にしたことがある。
 巧が幼いころには、ロマジェリカの王自らも侵攻に参戦していたと。
 強引で狡猾で嫌なやつだったと、元蓮華たちは口を揃えて言ったものだ。
 それがたった数十年で、ああまで変わり果てているなどと彼らも思っても見ないだろう。

「どうするのよ、このあと。あの王も、残った兵も」

「まずはしかるべき場所へ幽閉する。そのあとのことは、俺が戻ってからだ」

「……そうね……それしかないのよね」

「上田はどうした?」

「あぁ、穂高なら逃げ遅れた女性を安全な場所へ避難させているわ」

 周囲を見渡したレイファーは、なんの異常もないことを確認すると、巧を促して階段を下りた。

「ここへは信用のできるやつらを置いていく。後処理はそいつらがやるだろう。俺たちはこのまま、一番近い港へ移動するぞ」

「ロマジェリカから出航?」

「国に戻っている時間が惜しい。船は既にこっちの港へ向かっている。俺たちが着くころには、向こうも準備できているさ」
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