蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第137話 強襲 ~穂高 1~

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 穂高が振り返ったとき、巧が城の中へ入ったのが見えた。
 そのまま壁沿いの窓に視線を移していくと、下から四つ上の窓に人影が見えた。
 きっと、あれを見つけたのだろう。

 穂高自身は既に、城壁の脇にあった小さな小屋の後ろに二人見つけて倒している。
 巧が窓の人影を倒せば三人。
 一体残っている術師は何人いるのだろう?
 また一人、起き上がってジャセンベル兵に向かっていくロマジェリカ兵の足を斬り払った。

(減らないな……)

 数は少ないけれど、息絶えているだろう兵士があちこちで起き上がるのは、何度見ても気味が悪い。
 大陸にいて常から戦っている相手同士だと、もうこれが当たり前と認識されているのだろうか?

 誰もがさして驚かず、冷静に対処しているから凄い。
 穂高のすぐ後ろになにかがどさりと落ちた音がした。
 足もとを見ると、ロマジェリカの兵が転がっている。
 首筋に指を当ててみると、もう既に事切れていた。

 落ちてきたほうを見上げると、城壁の上でピーターが二人目の胸に剣を貫いたところだった。
 その背後に近づく敵兵が見え、穂高は急いで胸もとからメモを出すと、勢い良く式神を飛ばした。
 敵兵が穂高の白鳩にまとわりつかれている隙に、ピーターが振り返ってそいつを斬り払った。

「この辺りには二人だけのようです! 俺はこのまま裏門のほうへ、上田さんは下からついてきてください!」

「わかった!」

 ピーターは城門のてっぺんに沿ってできている見張り用の窪みを駆けて行く。
 下からだと肩より下は確認できない。
 動く頭だけを見失わないように追った。

 初動のおかげなのか、元々残っていた人数の少なかった敵兵は、ほとんどが最初の時点でやられてしまっていて、大した時間もからずに裏門までたどり着けた。

 裏門のあたりには敵兵の姿もなく、ひっそりと森が広がっている。
 森の入口に近いところに誰かの墓標があり、盛り上がった土の上には甘い香りの花が捧げられていた。

「草も生えない土地だと思っていたのに……あんな花も咲くのか……」

 誰の墓だか知らないけれど、穂高には関わりのない人物だろう。
 そっと手を合わせた。

「穂高!」

 巧の呼ぶ声が聞こえ、周りを見渡しても姿が見えない。

「こっちよ!」

 また呼ばれて顔を上げると、巧は下から三番目の大きな窓から顔を出していた。

「巧さん! そんなところにいてなにかあったら……」

「こっちはもう、誰もいないわ。みんな上に向かったようよ」

「そうだ! 巧さんが見つけた人影は下から四つ上の窓にいた、その上の階だ!」

「そう。わかった。それより、もっとこっちに来てちょうだいよ」

 巧が手招きをしている窓の下まで走っていくと、巧はリュックを投げ落とした。
 またすぐに部屋の中に戻り、今度は女性の手を取って窓枠に立たせている。

「巧さん、その人は……」

「ここの女中さんなのよ。逃げ遅れたそうよ。あんた、下で受け止めて安全なところへかくまってやってちょうだい!」

「ええっ! ちょっと待って……」

 穂高が答えないうちに、巧は女性を窓から突き飛ばした。
 女性の着ている淡い黄色のドレスが広がり、ふんわりとゆっくり落ちてくるかのように錯覚してしまう。
 実際受け止めたときには物凄い衝撃で、腕がもぎ取れてしまうかと思ったほどだ。

「っつ~……」

「だ……大丈夫ですか?」

 恐る恐る聞いてくる女性に、なにも心配ないからと、リュックを拾ってから笑ってみせた。

「穂高! その人はねぇ、ここで麻乃の世話をしてくれていた人だそうなの! 制圧するまで絶対に安全な場所にいてもらってよね!」

 巧はそう怒鳴ると、窓を離れた。
 きっと上の階へ行くのだろう。
 裏門に人けがないとは言え、いつ、誰が来るともかぎらない。
 どうしたものか考えて、結局は自分のそばにいてもらうことにした。

 ほどなくしてやって来たピーターに事情を説明すると、どうやら国の行く末が決まるときまで、下働きの人たちを安全に暮らせるジャセンベルやヘイトの国境付近に住まわせることになっているらしい。
 事が済んだら、彼女もそこへ連れていくことに決まった。

「他に逃げ遅れた人に、心当たりはないですか?」

「はい……一階の隅……この近くですが、女官の部屋があります。奥まった場所の小さな部屋です。誰にも気づかれていなければ、恐らくはみんなそこへ」

「じゃあ行ってみることにしよう。案内をお願いできますか?」

 穂高の頼みに女性は小走りで城へ戻り、小さな潜り戸へと案内してくれた。
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