蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第134話 強襲 ~梁瀬 3~

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 水平線が赤らみ、空が濃紺から淡い青に変わり始めたころ、庸儀の港からすべての船が出航した。
 陽が射し鳥の囀りが響いてくる。
 遠くに小さく揺らいでいる船体が見えなくなる前に、ジャセンベルと時間合わせをしておいた。
 ついさっき、最後まで見えていた影が確認できなくなったところだ。

「……あと三分か」

 徳丸が腕時計に視線を落として呟いた。
 既に数部隊はサムが率いて城の裏手に回っている。
 庸儀の軍に正面から向かっていく反同盟派の兵たちに混じって時間を待った。

 戦うのはあくまで反同盟派の兵たちで、梁瀬も徳丸も援護に回るだけだけれど、それでも緊張のせいで手が汗ばんでくる。

「時間だ! 行け!」

 ハンスの声が響いたのと同時に、それぞれの部隊が一気に地下道から飛び出した。
 出航したその朝に攻め込まれるなどと、夢にも思っていなかっただろう庸儀の城はがら空きで、城門を破ったところで兵舎から雑兵が飛び出してきた。

 隙を衝いての先手はかなり有効で、先陣が次々に庸儀の兵を打倒していく。
 突然の出来事に右往左往している下働きの女性と子どもを見つけ、その周辺の敵兵を徳丸が散らしているあいだに、通用口から逃がした。

「梁瀬! こっちは俺一人でいい。おまえは城内の一般人を逃がせ!」

「わかった!」

 手近な入り口を探し、そこへ向かって全力で走ると、城内に控えていた敵兵が次々に出てきた。
 懐の杖を握り締めて応戦を覚悟したけれど、追って来た反同盟派の兵たちがすべて対応してくれた。

 押され気味になっているものに手を貸しながら、壁伝いに移動して他の入り口を探していると、城壁に弓兵が構えているのが見えた。
 今の状況で弓を放たれては、徳丸を含め、多くの兵が避けきれないだろう。

 焦りで術を選んでいる場合でもなく、ただ、皆を守りたいという思いだけで城壁に向かって杖を振った。
 途端に突風が吹き抜け、立ち並んだ弓兵を吹き飛ばし、何人かは城壁の向こうへ落ちていった。

「風だけであんなに……?」

 後頭部に視線を感じて振り返ると、城の中に入り込んだサムが、窓から杖を突き出した姿のままで梁瀬を見下ろしているのが見えた。

(そうか……サムが金縛りでもかけたんだな)

 反応は多分一緒なのに、咄嗟に繰り出す術がまるで違う。
 防衛するための術を出したのはサムだ。
 ハンスの家を訪ね、庸儀に襲われたときには、怒りに任せて火を出してしまった……。

 自分自身の中に強い攻撃性が見えた気がして恐い。
 両手でパンと顔を張り、気合いを入れ直して城の裏手に近い入り口から中へ入った。
 中へ入ると、廊下には、先に入ったサムの部隊が通ったことが、ありありとわかる状態だった。
 倒れ伏した庸儀の兵をまたぎ、付近に潜んでいる気配を手繰ってみた。

(あっちか……)

 サムたちが通り過ぎた曲がり角を行くと、その奥は質素な調理場があり、その更に奥には、保管庫らしき扉が見える。
 料理人の男が数名、ナイフや刃物を手に、梁瀬を睨んできた。
 この様子だと、保管庫には女性や子どもが隠れているのだろう。
  
「落ち着いて、僕は攻撃をしに来たんじゃあない。兵士以外には手出しはしません」

「そんな話しを信用できるか!」

 殺気立つその雰囲気は怯えているようにも見える。
 自ら好んで向かってくるよりは、後ろにいるものたちを何としても守ろうという意気込みを感じる。

 この場所にいれば安全かもしれないけれど、万が一にも城が壊れたりしたら危険極まりない。
 外へ避難させるには、多少なりとも手荒な手を使わなければならないのだろうか。
 ついに銃撃まで始まったようで、大きな音や大声が響いている。

「仕方ない……先に謝っておきます。あとでわかってくださると信じて……」

 軽く頭を下げてから男たちに金縛りをかけると、彼らの横をすり抜けて保管庫の扉を開いた。
 思ったとおり、中には女性と子どもたちが十数名もいる。

「手もとに袋があれば、それに持ち歩ける程度の食料を詰め込んでください。そうしたら、それを持って裏口から逃げます」

「逃げる?」

「この国はもう終わりです。次にこの国がどうなるのかはっきりわかるまで、できるだけここから離れた場所で、安全に暮らせるよう計らいますから」

 背後で男たちが言葉にならい声を上げている。
 きっと、信用するなとか信用できるかとか言っているのだろう。
 信じてもらうのはあとでいい。
 今は、とにかく巻き込まれないようにしてやらないといけない。

 女性たちが袋に食料を詰め終えるのを待って、一人一人に荷物を持たせると、城内まで侵入をしてきた反同盟派の兵を数名捕まえ、男たちを担がせて裏門へと向かった。
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