蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第133話 強襲 ~巧 1~

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 梁瀬が式神で上陸する浜を決めたいと言ってきた。
 正直なところ、巧はどこでも構わないと思っていた。
 帰れるのなら、どこでも、と。
 けれどその帰還方法が問題だ。

「私らは大陸の手を借りて帰るだけじゃなく、ジャセンベルと反同盟派のヘイト、庸儀も一緒に連れていくわけじゃない?」

「うん、しかも相当な数だよね」

「襲撃されている浜に、追い打ちをかけるように大軍を率いる形で帰るとなるとねぇ……」

 泉翔側は、間違いなく敵襲だと思うだろうし、混乱している最中、更に混乱させることになってしまう。
 巧たちが各浜について、ジャセンベル軍と反同盟派が敵ではないと知らせなければ。
 梁瀬は鴇汰を見つけ次第、西浜へ移動すると考えると、振りわけの頭数に入れることはできない。

「ヤッちゃんは鴇汰を探さなきゃならないから保留として……あとは……」

「巧さん、梁瀬さん、俺は西浜に行くよ」

「穂高……」

 どうしても修治が西浜に詰めていることが気になるのか、穂高は西浜上陸を頑として譲らないでいる。
 おまけに穂高からなにを聞いたのか、レイファーまで西側だと言い張っていた。
 レイファーにかぎっては、海岸で鴇汰と対面させると面倒になりそうだから、西浜が都合いいのかもしれないけれど……。

「問題は鴇汰よね……あの子がどっちにいるのか……」

「うん……僕も泉翔へ着く前にどうにかして調べようと思ってるけど、見つけてから移動するまで、時間にロスが出ちゃうと思うんだよね」

 梁瀬の沈んだ声の向こうで、鳥の羽ばたきが聞こえた。
 その直後、巧の横を鳥がよぎり穂高の肩に降りた。
 それは若草色の鳥だ。

「鴇汰くんがいるのは北浜だ」

「クロムさん!」

「鴇汰が北浜って本当ですか?」

 穂高と梁瀬が同時に大声を上げた。
 どうやら梁瀬のほうにもクロムの式神が届いているらしい。

「本当だ。北浜には鴇汰くんと穂高くんの部隊が、南浜には長谷川くんが、徳丸くんと巧さんの部隊とともに詰めているんだよ」

「私とトクちゃんの部隊が南浜……なるほどね。そうなるとシュウちゃんと麻乃の部隊が西浜なのね」

「それじゃあ僕は北浜に確定だ」

 そう言った梁瀬は、背後にいるらしい徳丸にどうするかを聞いている。
 なにやら話している様子が数秒続き、梁瀬が続けた。

「トクさんは鴇汰さんと穂高さんの部隊じゃ、自分より巧さんに任せたほうがいいだろうって。だから南浜がいいって言ってる」

「そう……うん、そうね。じゃあ私はヤッちゃんと同じ北浜ね」

「反同盟派の部隊は多くない。二手にわけるのは厳しいはずだ。上田は俺の船に乗せていく。中村、あんたはピーターと一緒に数部隊率いて北側の浜へ行け」

 いつからいたのか、レイファーがそう申し出てきた。
 確かにそれはありがたい。
 すぐに梁瀬に打診してみると、梁瀬はまた数秒黙った。
 恐らく反同盟派をまとめているサムとやらに聞いているのだろう。

「うん、こっちはそうしてもらえると助かるって。そうすれば僕の乗る船以外は全部、南浜に向かえるから」

「じゃあ、それで決まりね」

 迷いがないわけじゃないけれど、それぞれの決断が早い。
 まるでなにかに後押しされるようにことが運ぶ。
 本来ならギリギリまで手を拱いているだけだったはずの鴇汰の問題も、このタイミングでクロムが式神を送ってきたことで、あっという間に解決した。

「クロムさん、そのことを知らせるためにここまで……?」

「いや、私は梁瀬くんに少しばかり用があってね。そろそろ泉翔へ戻るころだろうと思って式神を使ったんだ」

「……僕に?」

「そういうわけだから、穂高くんと巧さんは、また泉翔で会おう」

 クロムが早口でそう言うと、穂高の肩から鳥がフッと掻き消えた。
 まるで普通に道や街中で会ったような軽い感じで、クロムは言った。

 クロムは一体、どんな風に泉翔と関わっているんだろう?
 今、高田とともにいるのだろうか?

 泉翔の避難場所にいるようには思えない。
 そんな場所から大陸へ式神など飛ばすことはできないはずだ。

「巧さん、庸儀が出航を始めた」

「この時間に?」

 きっと向こうも急いでいるのだろう。
 まだ外は真っ暗なままだ。
 空が白み始めるころには船体が見えなくなるだろう。
 明け方のまだ多くのものが寝静まっている時間。
 強襲を仕かけるにはピッタリのタイミングだ、そう思った。
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