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動きだす刻
第129話 布陣 ~梁瀬 4~
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ロマジェリカの城を離れたあと、サムの案内で海岸の見渡せる場所までやって来た。
忙しなく行き交う船員の姿、乗船を終えた兵士たちがデッキに見える。
「いよいよ、出航するか」
「思った以上の数ですねぇ……あれが西側の浜に上陸するとなると、私たちが着くころには海岸へ寄せることが難しいかもしれません」
「西浜は入り江になっているからなぁ。潮が引いていれば、遠浅になるから岸から遠くても問題ないけど」
物見台に上った船員の怒声が響き、一斉に汽笛が鳴った。
徐々に船が外海へと動きだした。
「ほぼ一日、先に出てしまって、侵攻のタイミングはどう計るんでしょうね?」
「普通に考えたらどこかで停泊するんだろうけど、大陸と違って泉翔じゃあ、そういうわけにも行かないと思うんだよね」
「一、二隻ならともかく、あの数では外海で停泊は無理でしょうね」
「ん……そうなると近隣の島か……でもなぁ、月島や枇杷島じゃあ、監視隊が気づかないはずがないし……」
「私たちがいくら考えてもわかりようがないですね。どのみち、泉翔へ一斉に乗り込むことに間違いはないのですし、あとはヘイトと庸儀の出航を待ちましょう」
「そうだね……」
遠ざかっていく船をこんな気持で見送るのは初めてだ。
船の中に麻乃の姿を見つけることもできなかった。
いつもは防衛を果たした高揚と満足感で見送るだけだった。
今は大丈夫だという思いと、わずかな不安がよぎる。
多分、ここからそう遠くない場所で、巧と穂高も船を見ているだろう。
二人はどんな思いでいるのか気になる。
「寄っていきましょうか?」
「いや……庸儀の様子も、もう目が離せないし、このまま戻ろう」
本当は二人に会っておきたかった。
けれど差し迫った状況になってきているのは承知している。
できるだけ早く戻り、二人に必要な情報を伝えることが先決だと思った。
サムより先に車へ戻って運転席に乗り込むと来た道をフルスピードで走った。
泉翔での馴れた道を走るのも良いけれど、これだけ広い土地の道ならぬ道を走り抜けるのも、こんなときだと言うのに楽しい。
それに、いつもなら誰かしらが文句を言い、途中で必ずハンドルを奪われてしまうのに、サムは平然と窓枠に肘を付いて外を眺めている。
おかげで不安な思いも吹き飛ぶほどだ。
地面の凹凸に車体が跳ねたのが四度目のときに、さすがにサムがぼやいた。
「梁瀬さん……いい加減にしてくれませんか? 少しは車を労《いた》わってくださいよ……」
「ごめんごめん。こんなに、なにもない道を走るのなんて初めてだから」
「まったく……爺さまの運転もひどいものですが、あなたも相当ですね」
「ハンスさんも? それじゃあこれは遺伝かもね」
思わず笑ってしまった。
良く考えてみると来たときのサムの運転に、物足りなさを感じることはなかった。
巧や徳丸、岱胡にしても、いつも助手席でじれったさを感じたのだけれど、それがないということは、サムの運転も梁瀬に似たようなものなのだろう。
次に車に乗る機会があったときは、徳丸は誰かに任せてサムと乗るのも良いかもしれない。
結局、スピードを落とさないままで走り抜け、反同盟派が構えた拠点には翌朝、陽が昇り始めたころに戻って来られた。
出迎えに来たサムの側近と一緒に、徳丸の姿も見える。
「早かったな」
「うん。かなりスピード出してきたから」
「そいつは災難だったな」
「いえ。いつものことですから、私は別に」
徳丸が眉を下げてサムを見た。
なんとなく考えていることがわかる。
きっと、サムも運転が荒いのだと思っているに違いない。
ニヤケて緩んだ顔が戻らないまま、徳丸のそばに寄り、小声で言った。
「サムが泉翔で鴇汰さんに会ったって」
「本当か! 驚いたな……遅く出ていったと思っていたが、間に合ったのか」
「元気そうだったらしいよ。空から降ってきたって」
「空だと?」
「サムに詳しく教えてもらえるように頼んだから、まずはその話し、聞いてみない?」
「もちろんだ。鴇汰の様子がわかれば、少しは安心できるってもんだしな」
離れた場所で雑兵たちと話しをしているサムに声をかけ、人の少ない場所に小さな薪を焚いた。
「さっきの話しなんだけど、鴇汰さんの様子、聞かせてもらっていいかな? それと……もし良ければそのときに話した内容を、言える範囲でいいから聞かせてほしい」
「構いませんよ。言えないことなど、今となってはなにもありはしませんから」
サムは周辺から人払いをすると、まずはどこから話しましょうかね、と数分考え込んでしまった。
忙しなく行き交う船員の姿、乗船を終えた兵士たちがデッキに見える。
「いよいよ、出航するか」
「思った以上の数ですねぇ……あれが西側の浜に上陸するとなると、私たちが着くころには海岸へ寄せることが難しいかもしれません」
「西浜は入り江になっているからなぁ。潮が引いていれば、遠浅になるから岸から遠くても問題ないけど」
物見台に上った船員の怒声が響き、一斉に汽笛が鳴った。
徐々に船が外海へと動きだした。
「ほぼ一日、先に出てしまって、侵攻のタイミングはどう計るんでしょうね?」
「普通に考えたらどこかで停泊するんだろうけど、大陸と違って泉翔じゃあ、そういうわけにも行かないと思うんだよね」
「一、二隻ならともかく、あの数では外海で停泊は無理でしょうね」
「ん……そうなると近隣の島か……でもなぁ、月島や枇杷島じゃあ、監視隊が気づかないはずがないし……」
「私たちがいくら考えてもわかりようがないですね。どのみち、泉翔へ一斉に乗り込むことに間違いはないのですし、あとはヘイトと庸儀の出航を待ちましょう」
「そうだね……」
遠ざかっていく船をこんな気持で見送るのは初めてだ。
船の中に麻乃の姿を見つけることもできなかった。
いつもは防衛を果たした高揚と満足感で見送るだけだった。
今は大丈夫だという思いと、わずかな不安がよぎる。
多分、ここからそう遠くない場所で、巧と穂高も船を見ているだろう。
二人はどんな思いでいるのか気になる。
「寄っていきましょうか?」
「いや……庸儀の様子も、もう目が離せないし、このまま戻ろう」
本当は二人に会っておきたかった。
けれど差し迫った状況になってきているのは承知している。
できるだけ早く戻り、二人に必要な情報を伝えることが先決だと思った。
サムより先に車へ戻って運転席に乗り込むと来た道をフルスピードで走った。
泉翔での馴れた道を走るのも良いけれど、これだけ広い土地の道ならぬ道を走り抜けるのも、こんなときだと言うのに楽しい。
それに、いつもなら誰かしらが文句を言い、途中で必ずハンドルを奪われてしまうのに、サムは平然と窓枠に肘を付いて外を眺めている。
おかげで不安な思いも吹き飛ぶほどだ。
地面の凹凸に車体が跳ねたのが四度目のときに、さすがにサムがぼやいた。
「梁瀬さん……いい加減にしてくれませんか? 少しは車を労《いた》わってくださいよ……」
「ごめんごめん。こんなに、なにもない道を走るのなんて初めてだから」
「まったく……爺さまの運転もひどいものですが、あなたも相当ですね」
「ハンスさんも? それじゃあこれは遺伝かもね」
思わず笑ってしまった。
良く考えてみると来たときのサムの運転に、物足りなさを感じることはなかった。
巧や徳丸、岱胡にしても、いつも助手席でじれったさを感じたのだけれど、それがないということは、サムの運転も梁瀬に似たようなものなのだろう。
次に車に乗る機会があったときは、徳丸は誰かに任せてサムと乗るのも良いかもしれない。
結局、スピードを落とさないままで走り抜け、反同盟派が構えた拠点には翌朝、陽が昇り始めたころに戻って来られた。
出迎えに来たサムの側近と一緒に、徳丸の姿も見える。
「早かったな」
「うん。かなりスピード出してきたから」
「そいつは災難だったな」
「いえ。いつものことですから、私は別に」
徳丸が眉を下げてサムを見た。
なんとなく考えていることがわかる。
きっと、サムも運転が荒いのだと思っているに違いない。
ニヤケて緩んだ顔が戻らないまま、徳丸のそばに寄り、小声で言った。
「サムが泉翔で鴇汰さんに会ったって」
「本当か! 驚いたな……遅く出ていったと思っていたが、間に合ったのか」
「元気そうだったらしいよ。空から降ってきたって」
「空だと?」
「サムに詳しく教えてもらえるように頼んだから、まずはその話し、聞いてみない?」
「もちろんだ。鴇汰の様子がわかれば、少しは安心できるってもんだしな」
離れた場所で雑兵たちと話しをしているサムに声をかけ、人の少ない場所に小さな薪を焚いた。
「さっきの話しなんだけど、鴇汰さんの様子、聞かせてもらっていいかな? それと……もし良ければそのときに話した内容を、言える範囲でいいから聞かせてほしい」
「構いませんよ。言えないことなど、今となってはなにもありはしませんから」
サムは周辺から人払いをすると、まずはどこから話しましょうかね、と数分考え込んでしまった。
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