蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第120話 覚悟 ~レイファー 5~

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 十字に重なった剣の向こう側にいるのはルーンではなかった。
 目を反らしてから向き直るまで、ほんの数秒だったのに、ルーンとの間に立ち塞がっているのは中村だ。

「どうしてあんたがここに……」

「動くな」

 首筋にひやりとなにかが触れた。
 声には聞き覚えがないけれど、切っ先の感触でそれが剣ではないことがわかる。
 背後の間合いから考えて斧でもない。
 泉翔の戦士を消去法で考えると、恐らく槍使いだ。

 槍を反らして避けるのは簡単だけれど、そうなると目の前の中村が動くだろう。
 かと言って中村の剣を先に弾けば、容赦なく槍が動くに違いない。

(八方塞がりじゃないか。時間がないと言うのに)

 斬り結んだままの格好で睨み合い、互いに力を緩めることもできないままではどうしようもない。
 気を反らすことができれば、隙をついてこの状況を抜け出せるかもしれないと、口を開きかけたとき、先に中村が呟いた。

「まずは、この切っ先をどうするつもりだったのか、お言い」

 手を緩めては斬られてしまう可能性がある以上、レイファーは力を込めたままでいるのに、剣がぐいと中村の刀に押し上げられた。
 そのことにも驚いたけれど、なによりその質問の意図がわからず戸惑い、答えに詰まった。

「答える気はない? それなら今、この剣をどこへ向けようってのかをお言いよ」

「…………」

「それも答えるつもりはないようね」

 なんのつもりでそんなことを聞くのか。
 中村には恩があるが、ジャセンベルの中……特にたった今、ここで起きた問題に関わる事情を話してやる義理はないはずだ。

 中村の力が不意に緩み、刃がレイファーの剣を巻き取るように滑ると、そのまま切っ先を床にたたき付けられた。
 剣を刀に抑えられる形になったうえに手首まで返され、おまけに背後に槍を突き付けられている。どう考えても分が悪い。

「あんた、この人を斬ろうとしたわね? 殺すつもりだったの?」

「……違う!」

「しらじらしい……」

 後ろの槍使いが舌打ちをしてそう言う。
 中村の視線が背後に移り、目配せをしてから更に問いかけてきた。

「あの勢いであの位置から斬り付けたら、どう考えたって無事じゃ済まないことくらい、わからないあんたじゃないわよね」

「一振り目は外すつもりだった。俺がルーンを殺すなんてありえない」

「一振り目は外しても、二振り目で斬ろうと? 死なない程度に?」

「そうじゃない!」

「口ではなんとでも言えるわね。だったらどうするつもりだったのか、ハッキリ説明なさいな」

 ただでさえ焦りを感じているときに、前後から次々に問いかけられて苛立ちが募る。
 いっそ多少の怪我を覚悟してでも槍を払って、二人を退けようかとも思った。
 けれど今は無駄に怪我を負うわけにもいかない。
 答えずにいると中村が深い溜息をついた。

「まただんまり? あんたねぇ……」

「……髪を切るつもりだった。それだけだ」

 王への忠誠心も未練も断ち切れないというのなら、後ろで束ねられたルーンの長い髪を切り落とし、王のそばへその思いごと置いていかせようと思った。
 そしてあて身で気を失わせてから連れ出せばいい、と――。

 ルーンを納得させる説明など、ロマジェリカへ移動するあいだにいくらでもできる。そう考えたのだ。

「髪を? フン……まぁいいわ。それでそのあとは大陸統一?」

「そのことは、あんたにはなんの関わりもないはずだ」

「そうね。確かに泉翔は大陸と一つではない。ここでなにが起きようが知ったこっちゃないわ」

「だったら……」

「あんたは、そのあとは泉翔だと言った。私らは大陸でなにが起きようが構いやしない。けれど事が泉翔にまで及ぶとなれば話しは別。黙っちゃいられないわ」

 中村の語気が強まった。
 泉翔で長田たちに会ったときと同じ反応だ。
 やつらも大陸でなにが起ころうが特に興味を示さなかったのに、泉翔へも手が及ぶ可能性を感じ取った途端、頑なな態度を見せた。

「そう思うのなら、あんたたちはなんだってこんなところにいる? 船を奪ってでも戻ろうとしないのはなぜだ? 自分たちの置かれている状況を知りもせず、こんな場所で……」

「そんなことは言われるまでもなく十分過ぎるほどわかっているわ!」

「だったらさっさと帰ればいい。船なら出してやる。これ以上、この国の問題に首を突っ込むな」

「これほどの地を持ちながら育み、豊かにしようともせず、未だ泉翔へ乗り込んで来ようと目論んでいるなら、それを放っておけないわね。私も葉山さんも、そんなことをさせるためにいろいろと教えてやったわけじゃない」

 刀の柄を握る中村の手に力がこもった。
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