蓮華

釜瑪 秋摩

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動きだす刻

第113話 謀反 ~レイファー 4~

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 庸儀の部隊を見下ろせる高台に、長兄を連れてきた。
 先に車を降り、周囲の状況を説明した。

「今、あのあたりに見える部隊がすべてとの情報が入っています。城に残る兵数はこれ以下だということも……」

「一体、なにがあればそんな状況になるというのだ? あの国の王は頭が緩いのか?」

「残りの兵はすべて泉翔侵攻に向かうそうです。相当な兵数でしょうから、如何に泉翔の防衛力が高くても、今度ばかりは無事ではいられないでしょう」

「なんだと? おまえはそれを放っておくのか?」

 狭い車内だというのに、長兄は興奮気味に声を荒げる。
 いつものこととは言え、鬱陶しい。

「落ち着いてください。泉翔で激しい攻防があったのであれば三国の戦士も絶対数が足りなくなる。当然、そのために物資も相当使われる。そうなれば三国が大陸へ戻りたくても、十分な物資量を用意するには時間がかかります。すぐに戻ってくるなどありえません」

「だが……!」

「庸儀は今、空同然です。ここで一気に我々が攻め込む……ジャセンベルの兵力を以ってすれば、庸儀を落とすのはたやすい。それに――」

 レイファーが車のドアを開けて促すと、長兄はその身の丈よりも更に大きな男を三人引き連れて車から降り立った。

「出し抜いて手柄を挙げるには今がいいチャンスでしょう。できるならあなたに登り詰めていただきたい」

「フン……ずいぶんと殊勝なことを言うじゃないか。おまえにしてはいい判断だ」

 どこまでも偉そうな態度が鼻について仕方がない。
 見るほどに憎悪に近い感情が沸き立ってきてイライラしてしまう。
 長兄と先に逝った四兄の執拗さに、いつも苦しめられていたのだから。

 前を行くその背を睨みながらレイファーはそっと剣を握り、ブライアンとジャックに目配せをした。
 二人はうなずくと大男に斬り付け、長兄が驚いた表情で振り返った。

「きさま! なにを……!」

「今、あなたが想像したとおりのことが起きたのですよ」

「こんな真似をしてただで済むと思うのか!」

「済むも済まないも、他の兄上たちは先に送り出しました。あとはあなただけだ」

 抜き放った剣を振り上げ、身構えた長兄の肩口を狙って剣を走らせた。
 落ちたのは腕だけで、悲鳴に近い叫び声を上げて悶絶している。

「ちっ……」

 きびすを返して逃げ出そうとした長兄を追い越し、その前に回り込むと今度は勢いをつけて剣を横へ滑らせた。
 ドサリと大きな音を立てて転がり、草の根もとで止まった長兄の顔は、恐怖を浮かべて目を見開いたままだ。
 中途半端に開いた口からは、今にも恨み言が聞こえてきそうな気がする。

 長兄の伴ってきた近衛は体が大きいだけでなく、そこそこ使えるのか、ブライアンもジャックも苦戦を強いられていた。
 ブライアンの背中に向かって剣を掲げた男の脇腹へ、体当たりをするようにして剣を突き刺した。
 同時にブライアンも剣を交えていた相手を倒し、ジャックのほうもそのすぐ後に決着が着いた。

「すみません、ありがとうございました」

「いや、いい。たかが三人と侮っていたな」

「ガタイがいいだけだと思って油断していました」

 ジャックが車の中から濡らしたタオルを投げてよこした。
 受け取って顔を拭うと、砂埃と血に塗れている。
 それで初めて思ったより返り血を浴びていたことを知った。

 そのタオルで長兄の頭を包み、更に大きめの布切れで包んで車の後部席に放り込んだ。
 戻ろう、そう言おうとしたところでまた背中に視線を感じ、ハッと振り返った。
 当然、誰もいやしない。気配を手繰ってもなんの手応えもない。

「レイファーさま、式神が!」

 ジャックの声にレイファーは空を仰いだ。
 すうっと影を落として車の屋根に鳥が降りた。
 そう言えば明け方にも同じように視線を感じたあと、式神が来た。
 その気配のせいだろうか?

 こんなときに一体どこから連絡だというのか。
 城で他の対処を任せているピーターかケインであれば、ジャックたちだけでなくレイファー自身にもそれとわかる。

「……誰だ?」

「誰だ、とはずいぶんなご挨拶ですね」

 聞き慣れた声と口調、いつもの含み笑いだ。
 ジャックとブライアンもサムの声だとすぐにわかったようで、騒ぎ立てもしない。

「なんだ、きさまか」

「今日、国境沿いのヘイト軍は退かせました」

「そうか」

「これでヘイトは裸同然ですが……いざという段階になってヘイトへ雪崩れ込んでくる、ということはないでしょうね?」

 突然かけられた疑いに、ジャックとブライアンの表情がきつくなった。
 それをなだめてから問いに答える。

「当たり前だ。この期に及んでこれまでのすべてを曲げるような真似はしない。俺がいるかぎりはヘイトに被害が出るような事態などありえない」
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