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動きだす刻
第110話 謀反 ~レイファー 1~
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サムをジャセンベルとヘイトの国境にある入り江に下ろし、レイファーはそのまま一番近い港に入った。
ピーターが早いうちに帰港先を幹部に知らせてくれたおかげで、着いたときにはジャックが車で迎えに来ていた。
「今の状況は?」
「はい、ロマジェリカが庸儀とヘイトを伴って出航するのはあさって、物資は際どいところのようです。恐らく不足するぶんは、泉翔で調達するつもりかと」
「だろうな、そうでなければこんなに急に、当初の予定よりも早く動けはしないだろう」
「ええ。それに例の逃げた泉翔人が戻って防衛の準備でも始めようものなら、事によっては不利になると考えているのだと思います」
「まったく……おかげでこっちまで嫌でも急かされる……準備は今、どこまで進んでいるんだ?」
「つつがなく、いつでも動ける状態にまで、と言ったところでしょうか?」
運転をしながらのジャックとミラーで視線が合った。
ニヤリと笑った目もとと口もとは、すっかり準備が整っていると言っている。
恐らく今、城は人払いがされて、最低限の小間使いや、王と兄君たちの近衛程度しか残っていないだろう。
すべての兵は、三国それぞれの部隊に限りなく近い場所で陣を引いている。
長田がそれを目にしたようで、レイファーに喰ってかかってきたのを思い出した。
「馬鹿が……本当に思慮の浅いやつだ」
思わず呟いた言葉に反応したジャックに「なんでもない」と言って窓の外を眺めた。
サムに呼び出されて岩場に出かけた日、なぜあんな少数で出てしまったのだろう。
いや……なぜ、反同盟派の連中に紛れてしまわなかったんだろう。
なにか行動を起こしてさえいれば、こちら側に連れ帰れたかもしれないのに――。
悔んだところで過去を取り戻すなどできないのなら、今はすべきことを速やかにやり遂げるしかない。
「一秒たりとも無駄にできないな。城へ着き次第、まずはそうだな……末兄のところからだ」
「わかりました」
「ケインとブライアンはどうしている?」
「部隊の準備が整ったので、深夜には向こうを出て、明け方に城へ戻ってくる予定です」
「そうか」
一日ですべてを終わらせることは不可能だ。
五人のうち末兄と三兄、できれば次兄も今夜中にうまく誘い出してしまいたい。
そして明日には残りを……そうしなければ、どう考えても三国の出航までに間に合わない。
ジャックを急かし、城へと急いだ。
三人の兄たちはまだ一人身だ。
やり方さえ間違えなければスムーズに事が運ぶ。残る二人は妻を迎えているから多少の手間がかかる。
できることならレイファー一人でその咎を負いたいけれど、そうも言っていられないだろう。
子供がいないことがまだ救いではあるが――。
それに父である王も難しい。
傲慢で強引で国民への締め付けも強いのに、これまでそれがまかり通ってきたのは、王自身もレイファーと同じで、王族でありながら、かつては軍の上に立つほどの力があったからだ。
幼い日に母と二人、なにもわからないまま強引に城へ上げられて以来、おおよそ父親らしいことをしてもらった覚えなどない。
どんな目に遭っても庇われた記憶もない。
そばへ寄ることを許されても優しさのかけらも感じたことはない。
ただ、妙な威圧感を覚えただけだった。
母との間になにがあってレイファーがこの世に生を享けることになったのかは知らない。
けれど物心がつくまで城の外で暮らしていたことを考えれば、二人のあいだに特に強い結びつきがあったとも思えない。
それでも母は、王が軍勢を率いて出ていく際には、その身を案じて無事を祈っていた。
皇子であるころから軍に身を置き、率先して戦場へ出ていた王はその腕前もかなりのもので、戦果も十分過ぎるほど上げていたと、いつかルーンに聞かされたことがある。
唯一、敵わないままだったのが泉翔で、阻んだのは葉山だ。
レイファーがそれを知ったのは、葉山が亡くなる前の年だった。
なにか予感めいたものでもあったのだろうか?
葉山はそれまでしなかった話しをいくつもしてくれた。
軍に籍を置くことになったレイファーに対して、憂いを帯びた目を向けながらも別れる瞬間までいろいろなことを学ばせてくれた。
そして翌年、中村に代わってやって来たのが藤川だ。
葉山が亡くなったこともそのときに知った。
それ以来、中村以外の泉翔人を見ていない。
毎年、誰か伴ってきていたようなのに、その相手と引き合わされたことは一度もなかった。
初めて会った日から、ずいぶんと変わってしまったレイファーの立場を思えば、それも仕方のないことだろうと納得している。
ピーターが早いうちに帰港先を幹部に知らせてくれたおかげで、着いたときにはジャックが車で迎えに来ていた。
「今の状況は?」
「はい、ロマジェリカが庸儀とヘイトを伴って出航するのはあさって、物資は際どいところのようです。恐らく不足するぶんは、泉翔で調達するつもりかと」
「だろうな、そうでなければこんなに急に、当初の予定よりも早く動けはしないだろう」
「ええ。それに例の逃げた泉翔人が戻って防衛の準備でも始めようものなら、事によっては不利になると考えているのだと思います」
「まったく……おかげでこっちまで嫌でも急かされる……準備は今、どこまで進んでいるんだ?」
「つつがなく、いつでも動ける状態にまで、と言ったところでしょうか?」
運転をしながらのジャックとミラーで視線が合った。
ニヤリと笑った目もとと口もとは、すっかり準備が整っていると言っている。
恐らく今、城は人払いがされて、最低限の小間使いや、王と兄君たちの近衛程度しか残っていないだろう。
すべての兵は、三国それぞれの部隊に限りなく近い場所で陣を引いている。
長田がそれを目にしたようで、レイファーに喰ってかかってきたのを思い出した。
「馬鹿が……本当に思慮の浅いやつだ」
思わず呟いた言葉に反応したジャックに「なんでもない」と言って窓の外を眺めた。
サムに呼び出されて岩場に出かけた日、なぜあんな少数で出てしまったのだろう。
いや……なぜ、反同盟派の連中に紛れてしまわなかったんだろう。
なにか行動を起こしてさえいれば、こちら側に連れ帰れたかもしれないのに――。
悔んだところで過去を取り戻すなどできないのなら、今はすべきことを速やかにやり遂げるしかない。
「一秒たりとも無駄にできないな。城へ着き次第、まずはそうだな……末兄のところからだ」
「わかりました」
「ケインとブライアンはどうしている?」
「部隊の準備が整ったので、深夜には向こうを出て、明け方に城へ戻ってくる予定です」
「そうか」
一日ですべてを終わらせることは不可能だ。
五人のうち末兄と三兄、できれば次兄も今夜中にうまく誘い出してしまいたい。
そして明日には残りを……そうしなければ、どう考えても三国の出航までに間に合わない。
ジャックを急かし、城へと急いだ。
三人の兄たちはまだ一人身だ。
やり方さえ間違えなければスムーズに事が運ぶ。残る二人は妻を迎えているから多少の手間がかかる。
できることならレイファー一人でその咎を負いたいけれど、そうも言っていられないだろう。
子供がいないことがまだ救いではあるが――。
それに父である王も難しい。
傲慢で強引で国民への締め付けも強いのに、これまでそれがまかり通ってきたのは、王自身もレイファーと同じで、王族でありながら、かつては軍の上に立つほどの力があったからだ。
幼い日に母と二人、なにもわからないまま強引に城へ上げられて以来、おおよそ父親らしいことをしてもらった覚えなどない。
どんな目に遭っても庇われた記憶もない。
そばへ寄ることを許されても優しさのかけらも感じたことはない。
ただ、妙な威圧感を覚えただけだった。
母との間になにがあってレイファーがこの世に生を享けることになったのかは知らない。
けれど物心がつくまで城の外で暮らしていたことを考えれば、二人のあいだに特に強い結びつきがあったとも思えない。
それでも母は、王が軍勢を率いて出ていく際には、その身を案じて無事を祈っていた。
皇子であるころから軍に身を置き、率先して戦場へ出ていた王はその腕前もかなりのもので、戦果も十分過ぎるほど上げていたと、いつかルーンに聞かされたことがある。
唯一、敵わないままだったのが泉翔で、阻んだのは葉山だ。
レイファーがそれを知ったのは、葉山が亡くなる前の年だった。
なにか予感めいたものでもあったのだろうか?
葉山はそれまでしなかった話しをいくつもしてくれた。
軍に籍を置くことになったレイファーに対して、憂いを帯びた目を向けながらも別れる瞬間までいろいろなことを学ばせてくれた。
そして翌年、中村に代わってやって来たのが藤川だ。
葉山が亡くなったこともそのときに知った。
それ以来、中村以外の泉翔人を見ていない。
毎年、誰か伴ってきていたようなのに、その相手と引き合わされたことは一度もなかった。
初めて会った日から、ずいぶんと変わってしまったレイファーの立場を思えば、それも仕方のないことだろうと納得している。
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