蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
517 / 780
動きだす刻

第106話 謀反 ~サム 2~

しおりを挟む
 やられた――。

 泉翔へ連れていく兵たちには、なんらかの術が施されているだろうと、サムも予想していた。
 けれど、まさか残していく兵にまで手をつけられていようとは……。

 ジャセンベルの兵力を以ってすれば退けるのは簡単だろう。
 しかしそのぶん、被害も大きく出てしまう。
 それになにより本当なら助けられる仲間を、むざむざと死なせてしまうことが許せない。
 ヘイト城の近くにある洞穴へ急いで戻り、側近を呼び立てた。

「上将、陛下のご様子は……」

「ご無事だった。体調が優れない様子だけれど、心配には及ばないだろう。きっとすぐに回復される」

 出奔して長いせいもあり、反同盟派の中ではなにより王の心配がされていた。
 何事もないと知って誰もが安堵の表情を浮かべている。

「喜ぶのは早い。取り急ぎ城の兵は抑えた。けれど国境沿いをやられてしまった。陛下の話しでは暗示にかけられていて呼び戻せないらしい」

「そんな!」

「取り急ぎ、まずはジャセンベルへ連絡を。それから爺さまにも繋ぎを……時間がないとは言え、なにか手がないか考えてもらわなければ」

 次々に動きだす仲間たちの背を横目に、サムは大岩に腰を下ろした。
 忌々しい。空に浮かぶ月を見てマドルの青い目を思い出し、怒りに震える。

 姑息なやりかたをする軍師がロマジェリカにいると聞いたときから、式神を使ってロマジェリカに探りを入れていた。
 それにも関わらず、王族の一人に妙な術をかけられてしまったことも、今度のことも、もっとサム自身が注意を払っていれば回避できたかもしれない。

 甘く見て会談のおりにも失態を犯した自分を悔いた。
 痣のある王族のものには、今回、見張りを付けてその動きを逐一把握できるようにしてある。
 それさえも温い手段と思えてくる。

(あの術を解く方法さえわかれば……それさえわかればなんの問題もないと言うのに……)

 幸いにも、国境沿いの兵たちが掛けられているのは、一般的な暗示だ。ただ、強い。
 サムの術で解くことは可能だけれど、如何せん数が多い。
 一人では手にあまる。

 仲間の術師たちの手を使うことも可能だ。
 しかしそれをすると、今度は庸儀の襲撃に障りが出てしまう。
 どうしたらいいのか、思いあぐねていると、側近が駆け戻ってきた。

「上将! 今、ちょうど爺さまのほうから連絡が入りました!」

「そうか! こっちから繋ぎが取れるまで時間がかかるところだった。ありがたい!」

 大岩を飛び降り、式神の着いた洞穴の入り口まで走った。
 ハンスがなにか言うよりも先にサムは今の状況を話した。
 話しを終えても式神は黙ったままだ。

「……爺さま? 聞いてるんですか?」

「ん? あぁ、すまんすまん。もちろん聞いておる」

「ジャセンベルへはすぐに連絡が取れますが、国境沿いでヘイトの兵だけに加減をしてもらうなど無理な話しです。なにかいい手はないものかと……」

「サム、例の術にかっているものは何人だと言った?」

「一人ですけど、それは今、考えても仕方がないことでしょう?」

 また、式神が黙った。
 いいタイミングで連絡をくれたと思ったのに、こちらの問いかけに答えるでもなく思うように話しが進まなくて苛立つ。
 なにか言いたいことでもあるのだろうか?

「……解けるよ、それ。時間がないから今すぐ動けるなら、だけど」

 すぐにその声が梁瀬のものだとわかった。
 それはともかく、今、なんと言った?

「解ける? 国境沿いの兵たちのことですか? そんなことは端からわかっています。ただ数が多いのと強いことが……」

「王族の人がかけられた暗示に決まってるでしょ。あぁ、もちろん国境沿いのほうも解けるけど」

「……あの術は、痣を取り除く以外、解きかたがまるでわからないんですよ?」

「だから、それがわかったんだって言ってるの」

「馬鹿なことを……そんなに簡単にわかるなら、私はなんの苦労もしませんよ」

 式神はサムからつと視線を反らし、わずかにうつむいて

「わからないやつだな……」

 と呆れた口調で呟いた。
 その仕草に、まるで梁瀬と対峙しているような感覚を覚える。
 良く見れば式神は爺さまのものではない。

 短期間で式神を使えるようになったのか。
 おまけにどうやって調べたのか、暗示の解きかたもわかると言う。
 梁瀬がどんな人間なのかは知らないけれど、とりあえず力はあるようだ。
 嫌でもサムのライバル心が掻き立てられる。

「わかりました……今は時間が惜しい。あなたを信用しましょう。解けると言うならその方法と、まずはなにをすればいいのか仰ってください」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...